第8話 それぞれの戦い
一方、魔族側も言葉を交わしていた。
「どうするのですか⁉ 一気に手勢を減らされてしまいましたが……」
「慌てることはございません。予定通りです。見ていてください」
クライクライの前方から暗黒の波動が放出され、前方の地面を抉りながら突き進む。波動はカブトごと花の精を吹き飛ばし、その身を大地から引きはがした。
空中に巻き上げられた花の精の下半身は球根のような形状だった。カブトは塵になって消え去り、花の精は地面に打ちつけられて力なく横たわる。そのなかに気絶したユルリの姿を見出し、ジダイの拳が握りしめられた。
「よくも、私の愛する精を!」
ヒラリの左右に五本ずつ植物が伸び、その花弁の中央には鋭い棘が生えていた。花弁が高速回転すると棘が矢のように連射される。
「うわ! クライクライ卿!」
ネコジタの叫び声が響くなか、クライクライを急襲する棘はその直前で透明な壁に阻まれたように弾かれていた。
「ここからが本番だ。ワルグチ、参れ!」
クライクライがそう言うと、棺が開いてなかから大きな影が飛び出す。
優に大人の三倍以上はある巨躯で、球体のような頭部から直接太い両手足が伸びている。頭部には血走った円の双眸と、頭の半分まで切れ込みの入った口から鋭い牙が覗いていた。
「ギャハッ、クライクライ様ァ、どいつを殺していいんでェ⁉」
「皆殺しだ」
「かしこまりィ!」
ワルグチ、と呼ばれた魔族は大口から涎を垂らしつつ、ヒラリへと驀進する。
「痴れ者が」
ヒラリが呟くとその前面のバラが迎撃の動きを見せるが、飛来した黒い円錐の一撃でバラが四散する。ヒラリの左右に並ぶ花へも円錐が殺到し、破壊された花の破片が飛び散った。
「クライクライ、小細工を!」
ヒラリが吐き捨てたとき、すでにヒラリの眼前までワルグチが達していた。反応できないヒラリへとワルグチが拳を振り下ろす。
虚空を砕きつつ迫る拳がヒラリに当たる直前、両者の間に飛び込んだジダイがワルグチの大きな拳を受け止めた。霊力を込めた両腕を交差させて防御するも、ジダイの足元の地面に亀裂が入るほどの圧力。
全身を押し潰すような衝撃に耐えながら、ジダイがワルグチを不敵に見上げる。
「躾がなってねえな。女性に対する礼儀を叩き込んでやる!」
「ジダイさん、助かりました」
「この魔族は俺が相手を……」
ジダイが言い終える前にワルグチが巨大な口を開いた。ジダイを一飲みにできるほどの広さで、赤く濡れた口腔内の鋭い牙が獰猛な光を放つ。
「旨そうなエサぁ!」
「でぇ⁉」
咄嗟に横っ飛びで退避すると、先ほどまでジダイの上半身があった空間を砕く勢いでワルグチが噛みついていた。ヒラリからワルグチを引き離すべく、ジダイは後退していく。
「来やがれ、三下!」
「逃げんなよぉ! エサちゃぁん!」
逃げるジダイをワルグチが追撃するのを目にし、ヒラリが援護しようと手を伸ばす。
「花の王よ。私と踊って下さらないか」
「その棺から出てきてから、もう一度お誘いなさい……!」
知らぬ間に接近していたクライクライにヒラリが向き直る。クライクライが黒き波動を放射し、ヒラリは瞬時に掌から剣を生み出していた。
細い刀身の両刃の剣で、柄の部分は手の甲を守る籠手になっている。その刃には花のような文様が浮かんでいた。
「〈白百合の剣〉!」
ヒラリは剣で暗黒の波動を受け止めた。ヒラリの背後には倒れている花の精が位置し、避けるのではなく受ける戦いを強いられる。
「謀りましたね!」
「どうやら、踊るのはあなただけのようですな」
ヒラリは防戦一方のまま、その場に釘付けにされる。
「くッ! 花の王!」
ジダイもヒラリの窮状に気付いたが、ワルグチの猛攻を防ぐため手が回らない。焦燥を露わにするジダイを見兼ね、スバルが支援のため走り出そうとしたときだった。
「待てーい!」
スバルは足を止めて声の主を見やる。
「やーやー我こそは魔王様のふくし」
「ネコジタだろ」
「最後まで名乗らせろ! クソガキめがー!」
地団太を踏んで悔しがるネコジタをメノウが冷ややかに見つめる。
「あ、この前わたしが始末し損ねた魔族」
「なあ、ネコジタちゃんよー。俺たちお前の相手をしている場合じゃないんだ」
「バカにしやがって! 今日こそお前らに我輩の恐ろしさを教えてくれる!」
ネコジタが掌を差し出すと、その先の虚空から鈍色の物体が出現。その鉄はどんどん増殖していき、金属質の連結音を上げながら巨大化していく。
「おお⁉」
驚いたスバルが視線を上向ける。
三メートルほどの巨大な人形のような物体が構成されていた。鈍く光る鋼鉄の表面、直線的な身体の輪郭、肩と肘と膝の関節部は球体になりそこから伸びる太い両手足。胴体の上に頭部は無く、そこにはネコジタの上半身が乗っていた。その手が棒のような物体を握っている。
「見たか。我が魔装筐体、〈汎用型白兵型番ラセツ〉の威容を! ハァーッハッハッハ!」
「ネコジタのくせに強そうだな」
「勇者を頂く前に、お前らはブチノメス!」
ネコジタが棒を前後左右に動かすと、ラセツが急発進。歩くのではなく、背中から炎と黒煙を吐きながら地を滑るように高速前進してきた。
ラセツの右腕が振るわれ、その標的となったスバルが慌てて回避。外れた拳は地表に打ち込まれ、天高く土砂を巻き上げる。
砂埃を浴びながら転がったスバルがネイロを庇って立ち塞がった。
「こんな話、聞いてないぜ……!」
ジダイたちは完全に分断され、個々の戦いを余儀なくされた。
珍しくネコジタがやる気になっています。
魔装筐体、ただのロボです。この世界では異質な存在ですが、さすが魔王の側近。
ワルグチという中ボスも出てきました。
ここでジダイのタイマンや、ジダイなしの子どもたちの戦いが始まります。




