第6話 最強魔族クライクライの策動
「夜が明けたら、花の国に総攻撃をしかけます」
クライクライの一言を聞いて、ネコジタは首を何度も縦に動かした。
人間大の猫の人形のような外見。頭の上にはピンと立った耳があり、片方の耳は先が欠けている。大きくて丸い両目を有し三本のヒゲが生えていた。
薄紫色の綿のような体表をした猫人形型の魔族。魔王の腹心を自称する魔族、ネコジタ。
これまでフルフル平野、クレナの盆地、迷いの山でことごとく勇者に後れを取ってきたネコジタは、ついに最強の魔族であるクライクライと協力して勇者を倒すために動き出していた。
「いやあ、クライクライ卿と我輩が揃えば勇者といえども問題無いでしょうな」
これまでネコジタが会った魔族と異なり、クライクライは自他ともに認める魔王配下最強の魔族である。ネコジタも下手に出るしかない相手だ。
「ネコジタ殿、油断はなりません。勇者の力は私もよく知っています。それに聖女も仲間に加わっているとなれば、簡単な戦いにはなりません」
そう言ったのはクライクライ。空中に浮いている黒い長方形の棺がその姿だった。
魔族の軍勢は花の国の入り口である森の手前に展開し、夜を明かそうとしている。
クライクライの手勢は三十体。かつては五十六万の軍勢を率いた魔族としては寂しい戦力だが、神族との戦いで減らされた大切な残存兵力だ。
数としては少ないものの、クライクライとネコジタがいれば十分に勇者を倒せる算段をつけているらしい。
月明りに照らされる不吉な影を従えた棺桶のなかから、中年男性の苦み走った声が上がる。
「ネコジタ殿のお話では、すでに勇者は〈千射のランガナタン〉、〈影師のプトレマイナ〉、〈不死のププロンとポポロン〉を滅しているとのこと。運だけではこの者どもを倒すことは不可能です。それなりの力を有しています」
「はあ、まあ……」
正確に言えば、プトレマイナは聖女に瞬殺され、ププロンとポポロンはネコジタの下命を断った後に知らぬ間に滅ぼされたらしい。どちらにしろ、勇者一行の実力に違いないが。
「ですが、私には勝機が見えています。すまないが、明日はネコジタ殿も私の指示に従い、勇者と一戦を交えて頂きます」
「け、結構です。我輩も魔王様の腹心。その程度の覚悟はできています」
「頼もしい。それに此度の戦いは、私たちには有利なものなのです」
「は、有利とは?」
ネコジタが問いかけると、棺が振動する。ネコジタの耳に届いたのは笑声だった。
「当代の勇者ネイロはネコジタ殿のお話を聞く限りでは、間違いなく歴代で最弱の勇者です。臆病な心、戦闘の心得の無い拙い技術、霊力を溜めるまでの隙、そして人間が〈決戦型〉と呼ぶ持続力の無さ。実に御しやすい」
クライクライの声に嘲弄が混じる。
「最弱の勇者。この存在は私たちにとっても都合が良い。……ネコジタ殿、勇者の最も厄介な点は何だと思います?」
「それは、やはりその人間にしては強い霊力かと」
ネコジタの回答にクライクライの声が返される。
「もちろん、間違っていません。ですが私が考えるに勇者の目障りな点は、殺したとしても何度も現れることです」
「はあ、何度も?」
「魔王様は前回の勇者を倒しましたが、十三年という短期間で再び勇者が現れています。今度の勇者を倒したとしても、またすぐに勇者が現れることでしょう」
クライクライはネコジタの反応を窺うように言葉を区切った。ネコジタはまだ要領を得ない表情だった。
「つまり、勇者を殺すのではなく、捕まえて魔族の管理下で生かしておくのです。そうすれば数十年は邪魔な勇者が現れずに済む。魔王様の力ならば、魔族と融合させて半永久的に生かしておくこともできるかもしれない」
「ほー。なるほど!」
「最弱の勇者ならば、捕獲して閉じ込めておける可能性は高い。これは私たちにとっては好機なのです。成功すれば、きっと魔王様の覚えもよくなるでしょう」
「さすがクライクライ卿! 見事な筋書きです!」
ネコジタが両目を見開いて賛辞の声を上げる。
夜の闇に同化しそうな不吉な棺は、それから静寂を保って朝を待った。
ついに強敵クライクライの登場です。
ここは短いですが重要な回です。
まずはネイロが歴代最弱の勇者である点です。クライクライが説明してくれていますが、本当に強い魔族から見るとネイロは弱点だらけのようです。
そして魔族の狙いが、その最弱勇者のネイロを捕獲して魔族の管理下で生かしておくこと。
どうせ殺しても再び勇者が現れるなら、閉じ込めて生かしておけばいいじゃない!魔族的な発想です。
勇者が弱いからこそ考えられた作戦、ネイロは生き延びられるのでしょうか。




