第4話 保護者、ジダイの悲哀
「みなさんはこちらでお休みくださーい」
花の精、ユルリに案内されたのは屋外。ヒラリの住居である巨大花を出て少し離れた場所に位置する花の前だった。
「え、野宿なの?」
「そんなわけないですよ。私たちの王は、下等な人間であってもそんなことをさせません」
「あなたも口が悪いのね」
無感動なメノウの声に笑顔を返すと、ユルリは花を指差した。開いた花弁のなかに大人が横たわれそうな大きな花である。雄蕊や雌蕊が無く、花の中央は平坦になっている。
「聖花は王の住まいで、旅人は泊まれません。代わりに、こちらの食肉植物を品種改良した『花の寝台』でお休みになってもらいます」
「食肉……。大丈夫かよ?」
「俺も昔はこの花で寝たんだ。見かけよりも居心地がいいぞ」
ジダイの言葉を聞いてもスバルは半信半疑のようだった。
「まあ、ご遠慮なさらず」
「遠慮はしてな……、うわ!」
いつの間にか背後に移動していたユルリに突き飛ばされ、スバルは花に倒れ込む。すると、花弁が閉じてスバルを飲み込んだ。
「うわー⁉」
「きゃー、スバルくーん!」
閉じた花にネイロが縋り、花弁を開かせようと引っ張るも無駄な努力だった。次第にスバルの悲鳴が静まっていき、感嘆の声が漏れる。
「おー⁉ 意外と寝心地がいいぞ!」
「ほんとー? ネイロも寝てみる!」
そう言ってネイロが花に飛び込み、閉じられた花弁のなかでネイロのはしゃぐ声が響いた。
「すごーい! 柔らかくて、いい匂い!」
騒ぐスバルとネイロを尻目にユルリはジダイに向き直る。
「気に入ってもらえたようですね。ジダイさんは知っていると思いますが、聖花の横の泉で入浴もできます。ご用がありましたらおもてなし係である、このユルリをお呼びください」
「手厚いもてなしに感謝します」
「下賤で愚かな人間相手でも、久々のお客様で王は嬉しそうでした。これくらい当然です」
その暴言とは裏腹にユルリは笑顔で地面に潜っていく。
ジダイは肩を竦めてメノウに顔を向けた。
「メノウも早く休むんだぞ。明日は強敵との戦いだ」
「うん。その前に、ネイちゃんと水浴びしてくる」
「分かった」
まじまじとメノウに見つめられ、訝しんだジダイが尋ねる。
「どうした?」
「覗かないでね」
「覗かねーよ……!」
薄ら笑いを返したメノウがネイロのいる花へと近寄っていく。やがて、ネイロとメノウが楽しそうに泉の方へと駆け出していった。
自身も後で水浴びをしようと、花弁に腰かけて夜空を眺めていると、スバルが隣に座った。
「なあ、ジダイ。ネイロたちが水浴びをしている間にしかできない話をしたいんだ」
「話? なんだ?」
「覗きに行こーぜ」
「覗かねーよ……!」
仲間たちが寝静まった頃合いを見計らい、ジダイは『花の寝台』から出て夜のなかを歩いていた。今夜の月は細くて光源となるには頼りないが、花の王の住まいにも咲いていた光る花が点在して視界は明るい。
花の国は王であるヒラリの霊力に満ちており、気温も湿度も一定に保たれている。その気温も周期的に変化し、暑い季節や寒い季節に咲く花や植物が入れ替わって景観が変わるのだ。今は温かい時季で夜でも肌寒さは覚えない。
淡い光に包まれたジダイは、先ほど水浴びした泉の縁で腰を下ろした。
「セイギ……」
懐かしい名前を聞いて、ジダイの押し隠してきた記憶が蘇っていた。それは疼痛を伴い、ジダイの胸を苦しめている。
セイギ。かつてジダイと幼少期をともに過ごし、必ず魔王を倒すと誓い合った少女。
十三年前までセイギとジダイは一緒に各地を旅していた。今、ジダイと一緒にいる仲間たちのように。
お互いに信頼し合い、固い絆で結ばれた二人だった。少なくとも、ジダイはそれ以上の感情も少女に抱いていた。
ジダイの心の奥底に住まわせていた少女を失ったのが十三年前。ジダイが、スバルたちと同じ年代のときだ。それからジダイは胸に空虚を抱いて各地を遍歴し、その痛みのせいで捨て鉢に生きてきた。
「そうして、あいつらと出会った」
ジダイは年少の仲間たちを思い浮かべる。
奇妙な成り行きで魔王を倒すために同行することになったが、ネイロたちは自分のことをどう思っているかとジダイは考える。
セイギは正真正銘の仲間だった。子どもの頃からともに修練し、旅に出てからは幾多の危険を乗り越えてきた仲だ。少し前に偶然出会ったあいつらとは違う。
ネイロたちとは年齢も離れているし、一緒に過ごした時間も短い。ネイロたちにとって、ジダイは都合のいい『お人好しのおっさん』でしかないのかもしれない。
「それでもいいか。俺はあいつらの保護者だ」
そう呟いたとき、後ろに足音を聞いてジダイは振り返った。
「ジダイ。眠れないのか」
「みんな、どうしたんだ?」
スバルとネイロ、メノウまでが歩み寄ってくる姿が微かな光に照らされている。
「ジダイさんの様子が変だったから気になって……」
「落ち込んだおっさんが一人で水場に向かったら、気になるのはしょうがないでしょ」
「知らない間に心配かけちまってたか。保護者失格だな」
ジダイが苦笑いしていると、年下の仲間たちは並んで泉の縁に腰を下ろした。
泉の水面に淡く照らされる四人の姿が映り、幻想的な色合いで揺れていた。
「すまなかったな。昼間、変な空気にさせちまった」
「ううん、あれはネイロが……」
ジダイはネイロの頭に手を置いて反論を封じる。
「話しておこうか。俺の相棒だったセイギ、先代の勇者のことを」
あらすじとかには書いていますが、ジダイが先代の勇者の相棒だったというのは作中ではここが初出になります。
一応、本作の主人公であるジダイの過去です。すぐ終わります。
ここで出てくる「花の寝台」もお気に入りです。楽しそうで寝心地も良さそう。
この辺は花の国っぽさが出ていて、書いていて楽しいですね。




