第3話 下等な人間と花の国の同盟
移動した部屋には中央に大きな円卓が配置されている。円卓の表面は薄い苔が覆っていて緑色をしていた。
「どうぞ、おかけください」
ヒラリに促され、一同は椅子に腰かける。椅子も円卓と同様に苔が生えており、柔らかい感触を肌に伝えた。
「わー、柔らかーい!」
「円卓の表面も手触りがいいね」
喜色を浮かべてネイロが足を振り、メノウは円卓の表面を撫でて頬を緩めている。
「さ、どうぞ。ご遠慮なく召し上がってください」
「は?」
スバルが紺碧の瞳を怪訝そうにヒラリへと向ける。ヒラリは背中のツタを地面に突き刺しており、そのツタは何かを吸い取っているのか膨張したり収縮したりしていた。
「ここは賓客用のお部屋で、特別に栄養のある土を用意しているんですよ。厳選した各地の土を混ぜ合わせて、水分の含有量もバッチシ管理しています」
「バッチシじゃなくてさ、俺たちは地面から栄養なんて吸えないよ」
スバルの指摘を聞いてヒラリが両目を見開き、その頬に手を当てて驚愕する。
「まあ、忘れていました! 人間ってば、大地から栄養の一つも得られない不便で下等な生物だということ! 失念して失礼しました!」
「失礼なのはそこじゃないと思うんだが」
眉根を寄せたスバルの指摘にも気付かず、ヒラリは手を打ち鳴らす。
「精たち、お客様に哀れな人間用の食物をご用意してください!」
「はーい!」
華やかな花の精たちの返答が響き、すぐに野菜で作られた料理とお茶が運ばれてきた。ジダイたちを案内した花の精が案内係なのか、料理を円卓に並べていく。どれも野菜を使った料理で花の国らしい彩りである。
「こちら花の国特製の野菜御膳です。ごゆっくりどうぞー」
「ありがとうございますー。ネイロはネイロって名前なんですけど、何てお名前なんですか?」
「わたしですか? ユルリと申します」
「ユルリさん、ありがとうございました」
花の精のユルリは一礼すると、一度地面に潜ってから壁際に現れる。ヒラリが料理を進めるように掌を差し出した。
「お話はお食事をしながらにしましょう」
「わあ、いただきます!」
「うまそーだな」
「いただきます」
ネイロたちが肉叉を手に料理を口に運び始める。ジダイも静かに食事を始めた。
「まずは魔族の宣戦布告に対し、この花の国に応援にいらしてくれたこと、この国を代表して感謝致します」
緊張がほぐれた頃を見計らってヒラリが謝辞を述べ、ジダイが返答する。
「とんでもないです。恐らく魔族の狙いは勇者であるネイロの生命。ネイロを誘き出すために花の国が狙われたのでしょう」
「そうだとしても、魔族にとって花の国の戦力が脅威なのは事実です。いつかは狙われていたことでしょう。十三年前もそうでした」
「そうでしたね」
過去の話題になると口が重くなるジダイに代わり、口の周りを汚したネイロがヒラリへと話しかける。
「任せてください。きっとネイロたちが花の国を守ります。スバル君もメノウちゃんも、それにジダイさんも頼りになりますから」
「ええ。知っています。ですが、弱いうえに下等な人間に任せてばかりでは、花の国の名が廃ります」
「え」
涼しい顔でヒラリが吐く暴言にネイロの目が点になる。
「私たち花の国の住人は、人間よりも上位の存在。私たちだけでも十分ですが、今回は人間の顔も立てましょう。この私たちと人間如きとはいえ手を組めば、きっと手強い魔族も倒すことができます」
「は、え、はあ……」
ぎこちない返答しかできないネイロを横目に、スバルとメノウが言葉を交わす。
「このヒト、さりげなく口が悪いな」
「言うほど、さりげない?」
「花の国の住人は人間よりも上手く霊力を扱えるし、自然に近いだけ生存力も強いからな。上等なのは確かだ。口が悪いのは、花の国から出ない世間知らずのせいで悪気はない」
ジダイの擁護も意味はなく、スバルは肩を竦めるばかりだ。
「ヒラリ様。今回の敵は魔王の配下でも最強と言われるクライクライです。十三年前、セイギと俺も戦って仕留めきれませんでした。油断できない相手です」
「セイギさんでも倒せなかった? そうかもしれませんね。クライクライは三百年前まで五十六万の軍勢を率いていたという、魔族の公爵の地位にあった存在。神との戦いで勢力を失ったとはいえ、その実力は計り知れないものがあります」
ヒラリが眉をひそめて頷く。横から純粋な声を上げたのはネイロだ。
「その、セイギさんて誰なんですか?」
その問いかけが卓上に落とされたとき、時が止まったような静寂が訪れる。
ヒラリはジダイの顔色を窺うように口を噤み、ジダイは少なくとも表面上は穏やかに答える。
「セイギは、俺の昔の仲間だ。十三年前、魔族と戦って死んでしまったがな」
「……ごめんなさい」
「気にしなくてもいいんだよ。そのうち話しておこうと思っていたんだ」
常とは違うジダイの優しさを含んだ口調にネイロも安心したようだ。
「みなさん、お疲れでしょう。明日は魔族が攻めてくる日。今日はお休みになって英気を養ってください」
花の王、ヒラリの言葉に一同は首肯した。
花の王は口が悪い。
花の化身から見ると人間は不便なのかもしれませんね。悪意が無くても事実として下等生物扱いしてしまうのかもしれません。
この花の国の人たちは口が悪いというのはお気に入りでもあります。




