第2話 空から降る矢
その後、三人は連れ立って平野を歩いていた。
穏やかな風が吹いて雑草がたなびき、緑のなかの彩りとなっている花が揺れる。中天近くまで昇った太陽が、余すところなく平野を照らしていた。
流れる雲を見上げていたジダイが視線を戻し、先ほど連れ合いとなった少年と少女を見やる。勇者一行と自称した二人は、ジダイに並んで歩を進めていた。
「お前たち、どこに向かうつもりなんだ」
「うーん、とりあえずはヤワタリ村かな。地図によると、ここから一番近い村みたいだし」
後頭部で両手を組みながらスバルが応じる。
「そこから先はどこに向かうんだ?」
「そりゃ最終目的は魔王の元に決まってるだろ。勇者ですから」
「魔王……」
魔界の長である魔王が復活しそうになっていることは周知の事実だった。だが、魔王といっても、五百年前に魔王の肉体を分割して乗っ取った魔族の成れの果てらしい。
その魔王の一体はこの大陸に封印されているため、勇者一行を自称するこの二人が目指すというのは奇異なことではない。
「お前たち二人で魔王を倒そうってのか」
「ま、勇者ですから。な、ネイロ」
「え? う、うん」
ネイロが慌てて首肯するが、やや不安の色があるのをジダイは見逃さない。
「お前たちくらいの年齢の子が二人だけで旅ってのは危険だぞ。悪いことは言わないから、もう少し成長してからにしたらどうだ?」
「心配はありがたいけどさ、俺たちは遥々チャキ村から旅しているんだ。これまでも危険なんか二人で乗り越えてきたのさ」
「チャキ村?」
スバルが背負っている麻袋から地図を取り出し、ジダイに指でその一角を示した。
「ほら、ここ、ここ。俺の生まれた村なんだ。それで言うと、ネイロなんか俺に合うよりも前から旅をしているんだから慣れたもんさ」
「ほう? 随分と遠いところから来たんだな」
現在、三人が歩いているフルフル平野は大陸北部に位置しており、交通の要ともなる地域だ。ここは東側寄りで平野に入ったばかりの場所である。
スバルが指差すチャキ村は大陸西端に位置している。子どもの足でこの平野に辿り着くまでには、軽く見積もって四ヶ月はかかるだろう。
「確かにこの距離を旅してきたのは見上げたもんだが、この辺は魔族の動きも活発だからな。君たちだけってのは、やはり危険だぞ」
「心配性だなあ。俺とネイロなら問題ないけど、一緒に来たいって言うならヤワタリ村までついてきてもいいけどさ」
「そうか。ありがとよ」
ジダイは吐き捨てるように返答すると、視線を前方に向ける。
苛立ちながらも二人を見捨てられないジダイが自身の奇特さに呆れていると、突如として視野の一角で閃光が弾けた。
「何だ⁉」
ジダイが駆け出し、その背にネイロとスバルが続いて走り出す。
三人の目前で幾度も視野を白く染める眩い光が炸裂。その度に衝撃で雑草が慄くようにざわめいた。
「どうなっているんだ?」
「スバル君、あれを見て!」
ネイロが空を指で空を差している。
ジダイとスバルが目を上空に向けると、光の尾を引いて落ちてくる一条の輝く矢が見えた。矢は地上に突き立つと、七色に光る粒子とともに衝撃を放つ。
「空から矢が降ってくるだと?」
「あれだけじゃないみたい」
ネイロの言う通り、光る矢は何本も降って来る。至るところで閃光が弾け、雑草や花が千切れ飛んだ。
「わあ、キレー」
「そんなこと言っている場合じゃないぞ、ネイロ! 早く逃げよう!」
スバルがネイロの手を引き、ジダイも走り出す。そのとき、走る三人の周囲に矢が突き立ち始めた。舞い散る草の破片と衝撃に翻弄されつつ三人は足を動かす。
「うわ! 俺たちを狙い始めたみたいだ!」
「怖いよー!」
「とにかく、ヤワタリ村はもうすぐだ! それまで頑張れ!」
スバルとネイロが息せき切って駆ける後をジダイが続き、しばしの時間が過ぎると平野のなかに村が見えてきた。
「村が見えた!」
閃光を放つ矢に追われながら疾駆する三人が村に辿り着く。ヤワタリ村は白いレンガ造りの建物が主流のようで、四角い家屋に木製の玄関や窓が設けられていた。
村に入ったジダイたちは、玄関が開け放たれている大きな建物に駆け込んだ。ネイロは息切れして床に手を着き、大きく肩を喘がせている。スバルが額の汗を拭いながら口を開いた。
「助かったー!」
「この建物はレンガ造りだし、あの矢にも耐えられるだろう」
定期的に衝撃が建物を揺るがすが、頑丈な造りをしているようで倒壊の心配は無さそうだ。
「こ、この建物は?」
少し落ち着いたのか、ネイロが立ち上がって室内を眺める。
外壁はレンガ造りだが内装は木製だ。広い室内には幾つも木製の円卓が配置され、奥の壁際にはカウンターがあった。カウンター脇には二階に続く階段が伸びており、どうやら宿屋であるらしい。
ジダイたちの声が聞こえたのか、奥にある扉が開かれて人影が現れた。
「おやおや、珍しい。お客様ね」
そう言ったのは四十代ほどの女性だった。癖毛の金髪と碧眼を有する恰幅のよい体格をしていて、白い前掛けを着用している。
「こんにちは。この宿の女将です。お客様なんて久しぶりだこと」
「こんにちは。わたしはネイロと言います。こっちはスバル君、あっちはジダイさんです」
「可愛いお嬢ちゃんね。……お泊めしたいところなんだけど、実はこう見えて満室なのよね」
困ったように眉根を寄せる女将に向き合い、ジダイが疑問を投げかける。
「いったい、この矢が降る事態はどうなっているんです?」
「それがね。一年前から平野に住み着いた魔族の仕業なんですよ」
「魔族……!」
ジダイが顔をしかめて呟いた。
無精ひげを生やして薄汚れた身なりをしたジダイの剣幕が変わり、女将が僅かに身を引く。相手の反応に頓着せずにジダイが口を開いた。
「その魔族、俺が倒しましょう」
「え、お兄さんが?」
お兄さん、と呼ばれたジダイは気を良くして頷く。
「俺はこれまで何体もの魔族を滅ぼしてきました。慣れたものです。それに、後ろの二人も自称『勇者』ですからね」
「勇者⁉」
女将は驚いて二人を見やる。スバルとネイロはその視線に気付くと、揃って頭に手をやって照れる素振りを見せた。
表情に締まりのない少年と普通の少女がどのような印象を残したか、女将が溜息を吐いたことからも察せられる。
「いや、そのお気持ちは分かりますが、とにかく魔族について聞かせてもらえませんか? お役に立ってみせます」
「分かったけど、私は詳しいことは知らないの。村長さんから話してもらうから、ちょっと待っていて」
そう言うと女将は玄関に近寄り、顔だけを外に出すと大声を放つ。
「そーんちょおー!」
その大声に身を竦めていた三人へと女将が振り向く。
「もうすぐ村長が来るから」
女将はお茶を用意すると言い残し、奥の部屋へと戻っていった。
「お前らなあ、勇者一行を自称するなら最低限の威厳てものをな……」
顔をしかめながらジダイが苦言を呈すると、スバルが親指で自身を指す。
「自称じゃない。勇者一行さ」
「本題はそこじゃなくて、少しはマジメにしておけ」
「はーい、気をつけまーす」
ネイロが笑みを浮かべ、ジダイが息を吐いて身を引いた。
そのとき玄関が開く音がし、三人が顔を向ける。
「呼びましたか?」
扉から現れたのは、鍋を被った老人だった。
「鍋?」
ジダイたち三人は異口同音に呟いた。
魔王を目指して旅をしながら各地で敵である魔族と戦っていきます。
今回の敵は平野に矢を降らせる魔族。マリオRP……
完全オリジナルなお話です。