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勇者様の保護者  作者: 小語
第2章 クレナの盆地の聖女
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第6話 聖女の旅立ち

「さぁーて、あとはあなたたちだけど、どうする?」

「あまりこのプトレマイナを見くびるなよ、人間。私が本気を出せば、聖女だろうが人間一匹相手になるものではない!」

「おう! その意気だ、プトレマイナ! やってしまえ!」

「はッ!」


 ネコジタがメノウを指差し、プトレマイナが頭上に両手を掲げて攻撃の姿勢を取る。


「ふーん。平和を守るためには仕方がないわねえ。惨めに死ぬのは魔族の定めというもの! 〈断罪の方舟〉」


 メノウの声が虚空に溶けると、遥か上空で遠雷が響いた。思わずネコジタとプトレマイナが頭上を見上げる。


 上空では雲が渦を巻き、その中心では稲光が閃いていた。ふと、渦の中心から巨大な影が現れる。ゆっくりと下降して全体を露わにしたのは、一つの街ほどもある大きな木製の船だった。


 ピンと張られた純白の帆は陽光を浴びて眩しく、船主には女神を模した像が刻み込まれている。船体の横には幾つもの砲門が並び、絶え間なく回転している数多の櫂がその揚力のようだ。


 ネコジタとプトレマイナは呆然と視線を頭上に注ぐしかできない。


 空を埋めつくような大きさの方舟が旋回、プトレマイナに対して砲門を向ける。


 一門の大砲がプトレマイナを照準、その砲口から深紅の閃光が照射されて地に突き立った。(あか)き閃光は木々と大地を削りながら突き進み、その射線上に立ち尽くしているプトレマイナの肉体を飲み込む。


「え……?」


 方舟から照射される光の柱は、森を突き抜けて彼方の大地にまで一条の窪みを穿って消え去った。削れた地面からは焦げた匂いと白煙が立ち上り、プトレマイナの肉体は瞬時に蒸発して跡形も現世に残っていない。


 先ほどまでプトレマイナが立っていた場所、今はその墓標ともなった深い溝からネコジタが目を逸らす。首が錆びついたかのような、ぎこちない動きでメノウを見やった。


「次はあんた。平和の名のもとに、残酷に残虐に始末してあげる」

「フ、フハハハハハ! 舐められたものだな! 我が魔装筐体(まそうきょうたい)を見ろ!」


 ネコジタが叫ぶと、その周りに現れた金属が連結して円盤状の乗り物が形成された。すでにその円盤に搭乗したネコジタは、高笑いを放ちながら上方に浮遊していく。


「聖女、お前の実力は見せてもらった! 次こそは……!

「黙ってクタバレ!」

「うわ、ちょっと!」


 方舟から連続して放たれる光条から逃れ、脱兎の如くネコジタは円盤で離脱する。ネコジタから外れた攻撃が森の各所で爆発を上げたため、やっとジダイは木陰から飛び出た。


「メノウ、もう止めろ。逃げられちまったよ」


 ジダイに肩を掴まれたメノウは、ゆっくりと振り向いた。紅く染まった頬と虚脱したような表情に年齢に不相応の魅力があったが、それはジダイを目にした途端に引いて行く。


「あ、ここにいたのかー」

「二人とも無事ですか⁉」


 スバルとネイロの声が聞こえ、二つの足音が近づいてきた。


「ああ。そっちも無事だったんだな」

「はい。あの霧に飲まれて道に迷っちゃったんですが、すぐにスバル君と会えて。メノウちゃんとジダイさんを探していたんです」

「そしたら、さっきの騒ぎだろ。慌てて駆けつけたってわけさ」

「スバル君、ネイちゃんも無事でよかったね」


 メノウが静けさを取り戻して二人に向き合う。そこには先ほどまでの猟奇的な表情は微塵も感じられなかった。


「メノウちゃんも大丈夫?」

「うん。あれくらいの敵なら、どうってことないから」

「へぇー。聖女って呼ばれるだけあって、凄いな」


 スバルの賛辞にメノウが再び両頬を染める。それにも気付かず、スバルは言葉を続けた。


「メノウが一緒に来てくれたら助かるんだけどな」

「え?」

「俺たち、魔王を倒すために旅をしているんだ。それで、メノウみたいに強い子が仲間になってくれると頼りになるんだけどな」


 メノウは逡巡する様子を見せたが、静かに首を横に振った。


「ごめん。わたしはカクレアを守らないといけないから」

「そうだな。変なこと言って悪い」


 スバルは笑いながら謝辞を口にする。カクレアへと歩き出したメノウには心残りがあるようだった。





 カクレアに戻った一同は教会でメノウと別れていた。


 来たときとは反対の通路から階段を上り、カクレアの北へとジダイたちは進路を取っている。森のなかに伸びる街道に三人の影が並び、ゆっくりと地面を滑っていく。


「メノウちゃんと出会えてよかったね」

「んー。もう少しカクレアに滞在してもよかったんだけどな」

「苦しむ人々のために、早く魔王を倒す必要があるんだろ?」


 ジダイの指摘にスバルは肩を竦めて応じる。ネイロは仲良くなったメノウと別れがたかったようで、いまだに残念そうな素振りを見せていた。


「メノウちゃんが来てくれると、心強かったんだけど」

「しようがないさ。メノウにだって立場があるんだ」


 ジダイの言葉にもネイロを慰める効果は無く、その表情の曇りは晴れない。


「そう言えばさ、戦闘中のメノウはどうだった。何か様子が変じゃなかった?」

「ああ、気付いていたか。メノウは魔族と戦うときに豹変してな。魔族に憎しみをぶつけるような戦いだった」

「メノウちゃんは、昔からカクレアの聖女として振る舞わないといけないから、日頃から窮屈な思いをしていたそうです。きっと、その鬱屈した気持ちを魔族にぶつけていたんです」


 ジダイは戦闘中のメノウを思い返す。


 カクレアでの静かな振る舞いとは裏腹に、魔族を前にしたメノウは異常なまでに攻撃的だった。それが日常の鬱憤を晴らすためだと考えると、納得できなくも無い。


 幼いころから、近隣の平和をその身に背負ってきた代償なのかもしれない。


「メノウにとって、あのままで良かったんだろうか」

「どうしたの、ジダイさん?」

「いや……」


 思わず口から零れた一言を糊塗するようにジダイが首を横に振る。


 何となくメノウのことが頭から離れない一行が森を進んでいると、その行く手に立ち塞がる小柄な人影があった。


「メノウちゃん?」


 薄緑色の巻頭衣(ローブ)という服装は変わらないが、メノウはその手に車輪のついた旅行鞄の柄を持ち、もう片手には本を抱いている。急いで旅装を整えたといった出で立ちだ。


 紺碧の瞳に疑問の色を浮かべたスバルが問いかける。


「どうしたんだ、その荷物?」

「一緒に来ないかって、誘ってくれたでしょ? 少し考えて、わたしも行こうって思ったから」

「どうして、急に」

「両親から言われていたの。わたしの力はカクレアだけを守るんじゃなく、もっと多くの人を助けるために使うんだって。……わたしと同じように人々を助けるために魔族と戦う存在がいるから、その人と一緒に魔王を倒すんだって」

「魔族と戦う存在?」

「そう。世界で唯一、魔族や神族と対等に戦える存在、勇者。その人が、いつかわたしを迎えに来てくれると言っていた」


 メノウは、にやあ、と砕けた笑顔をスバルに向ける。


「今日、そのときが来たんだもの。見逃すことなんてできない」


 スバルは困ったように曖昧な笑みを浮かべた。当然だろう。自身が勇者と勘違いされているのだから。


「ちょっと、スバル君、どうするの。メノウちゃん、勘違いしているよ」

「まあ、早いとこ誤解を解いとけ。メノウを怒らせたら、どうなるか分からんぞ」

「う、うーん」


 スバルは頬を掻きながら進み出る。


「実はさ、俺は勇者じゃないんだ」

「えッ⁉」


 両目を見開いたメノウの瞳が、スバルからジダイへと向けられる。一瞬後、メノウは驚愕で面を彩ってジダイを指差した。


「ま、まさか、わたしが今まで待っていたのは、このおっさんってこと⁉」

「ジダイさん、な。あと、人を指差すな……!」


 歯軋りしながら応じるジダイに代わり、ネイロが回答する。


「あ、ううん。ジダイさんは勇者じゃなくて、ただの凡人だよッ!」

「ぼんじ……!」

「じゃあ、勇者一行というのは嘘なの?」


 怒気を放ち始めたメノウの問いに、ネイロが冷や汗をかきながら応じる。


「ううん。えっと、このネイロが勇者どぇーす!」

「ネ、ネイちゃんが勇者どぇーす……?」


 自身を指差しながらおどけて言ったネイロを目にし、メノウの目が点になる。


 幼少のころから父母に言い聞かせられ、自身を聖女という仮面から解き放ってくれると期待していた存在が、まさかのネイロだったのだ。白馬の王子様を夢見ていただろうメノウにとって、衝撃的な真実であることは疑いない。


 メノウはその表情に葛藤を浮かべていたが、数秒後には決着がついたらしい。


「女の子でもいいっかぁ! 行きましょ、わたしの勇者様!」


 メノウは強引にネイロの腕を組むと並んで歩き出す。同性の少女が肩に顔を預けてくるという状況に思考停止したネイロは、歩くたびに首を左右に揺らすほど放心している。


「なあ、ジダイ。これって?」

「丸く収まったんだから、何も言うことないだろ」


 腕を組んで歩く二人の少女を眺めながら、頭で手を組むスバルがメノウへと声をかける。


「カクレアのことを気にしていたけど、そっちは都合がついたのか?」

「うん、気にしなくていいよ。〈分別の鉄槌(てっつい)〉を出しっぱなしにしてきたから。そこらの魔族なら、あれでダイジョブ」


 その言葉を聞いたジダイが振り向くと、カクレアの上空に鉄槌(ハンマー)を持った巨大な手が空間の割れ目から出現しているのが見えた。


 耳を澄ますと、微かに人々の混乱と叫喚が余波となって響いてくる。街を守ってくれるとは言っても、あの怪異が頭上に現れれば平然としてはいられないだろう。


 ジダイは見なかったふりをすると、新しく仲間に加わったメノウに続いて歩を進めていった。

聖女メノウが新たな仲間として加わりました。

一方的に魔族を倒せる実力を有しており、魔王を倒すには頼もしい仲間です。

今まで閉じ込められていたメノウが仲間を得て、これから旅をしていく様子も見守って頂けるとうれしいです。

個人的にネイロの「ただの凡人だよ!」が好きです。そう言うしかないけども。


ここで第2章は終わりとなります。

次は迷宮の洞窟を舞台に、ネイロとスバルの出会いが分かるお話です。

ありがとうございました。

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