第1話 魔族に襲われる少年と少女
なろう要素無しの昔ながらの冒険ファンタジーを目指して書いてみたお話です。
青年が少年少女を見守りながら冒険し、バトルやコメディ要素の強い内容です。
もしよろしければお付き合いいただけますと幸いです。
「二人とも、早く逃げろ!」
ジダイは、雑草に覆われた丘を駆け下りながら大声を放つ。
その声が届かなかったのか、五体の魔族と向き合う少年は剣を構えたまま動かない。そこから少し離れた場所に少女が立ち尽くし、祈るように両手を組んでいた。
少年と向き合う魔族は〈クロマル〉。小柄な大人ほどの体格をしており、人間と同じ四肢を有している。黒い肌にボロ布をまとい、頭部には一対の赤い眼球があるだけだ。
クロマルの武器はその鋭利な爪であり、人間の肉体など簡単に切り刻める脅威を秘めている。魔族としては最下級の存在だったが、人間の命を奪うことは容易い力を持っていた。
ジダイの視界のなかで、魔族の一体が少年に接近する姿が映る。
「逃げろ!」
成すすべなく叫んだジダイの目が、次の瞬間には驚きで見開かれる。
無防備に近寄ったクロマルに向け、少年が踏み込みながら剣を一閃。陽光を弾き返しつつ振るわれた刃に胴体を斬られ、クロマルが末端から黒い塵と化して消えていく。
予期しない少年の反撃に動揺したのか動きを止めるクロマルの隙を突き、肉薄したジダイが横手から攻撃を仕掛ける。腰の革帯に吊るしていた籠手を両手に嵌め、疾走の勢いを乗せた右拳をクロマルに突き込んだ。
ジダイに気付いていなかったクロマルの頬に拳が炸裂。瞬時に頭部が爆砕し、遅れて身体が塵となる。
いきなり現れた第三者にクロマルだけでなく、少年も驚いたようだった。
柔らかなハチミツ色の頭髪の下から、碧眼が驚愕と怪訝を浮かべてジダイに向けられている。ジダイは少年を庇うように進み出ながら声をかけた。
「ここは俺に任せておけ」
ところが、それに返される言葉は不遜なものだった。
「俺は大丈夫だよ。おっさんこそ、怪我しないように気をつけなよ」
「おっさ……⁉」
ジダイが口元を痙攣させる。そこへクロマルが爪を振りかざして突進したが、少年への怒りを込めたジダイの右拳が顔面に直撃。仰向けに倒れたクロマルが灰塵へと化していった。
三体の仲間を失って逆上したクロマルが甲高い声を発する。喋るときだけ、顔の下に牙の生えた赤い口腔が出現していた。
「何だ、お前は⁉ 邪魔をするな!」
「子どもが襲われているのに、放っておけるわけないだろが!」
クロマルの声を掻き消すジダイの怒号とともに、その右足が跳ね上がった。その爪先に顔面を蹴り上げられ、弾き飛ばされたクロマルの五体が爆散する。
「死ねー!」
足を下ろしたジダイの横から、最後のクロマルが決死の攻撃を仕掛けた。鋭い爪を振りかざして迫るクロマルに対し、ジダイは余裕を持って向き直る。
突如、両者の間に割って入った少年がクロマルを斬り捨てた。
悲鳴をその場に残してクロマルが虚空に消え去ってから、少年が振り返る。初めてジダイと少年が面と向かった。
少年が相好を崩して口を開く。
「いやあ、危ないところを助けたからってお礼はいりませんよ」
「別に危なくも無かったし、俺が助けた側だと思うんだが」
釈然としないジダイだが、少年の戦いに慣れた様子を見ると確かに無用な手出しだったようだ。
「スバル君、大丈夫?」
離れた場所で祈っていた少女が小走りに近寄ってきた。十二、十三くらいの少女で、年頃は少年と変わらない。
赤っぽい茶髪を後頭部でまとめ、白地に赤い紋様が描かれた貫頭衣を着用していた。茶色の瞳には、興味と不審を等分に配合してジダイに注いでいる。その表情にはやや怯えの色が浮かんでいた。
「ああ、どうってことないよ」
「よかったあ。その人が助けてくれたの?」
「うん。まあ、悪い人じゃなさそうだけど」
そう応じる少年も訝しげにジダイを見返している。
少年の青い瞳に映るのは黒髪と黒瞳を有し、やや長身で均整の取れた体格をした二十代中盤の男。紺色の衣服は旅で汚れているし、無精ひげも生えている。
見た目だけでは善人には見えないだろうと、少し悲しみを覚えながらジダイは口を開いた。
「俺は怪しい者じゃない。君たちがクロマルに襲われているのを見て、助けようと思っただけだ。ま、余計なお世話だったかもしれないが」
ジダイが両手の籠手を外して腰の革帯に戻しながら言うと、少年も剣を鞘に差して小首を傾げた。
「で、おっさんは……」
「おっさんじゃない! 俺にはジダイって名前があるし、それにまだ二十六だぞ!」
「俺の倍の年だと、おっさんにしか見えないよ」
「こんのクソガキ……!」
歯軋りするジダイを宥めるように、少女が両掌を胸の高さに上げた。
「あのー、ごめんなさい。スバル君は正直なんです」
「言い訳になってないだろが」
「あはは。あの、ネイロと言います。こっちはスバル君です。危ないところを助けてくれてありがとうございました」
全然危なくなかったのに礼を言える辺り、スバルという少年よりも話が分かるらしい。ジダイは、容貌は端正だが表情に締まりのないスバルから目を離し、ネイロを会話の相手に選んだ。
「君たちはこの辺の子か? 多少は戦えると言っても、子どもだけでは危険だって分かるだろ?」
「えっとー、ネイロたちは旅をしているんです」
「旅? 君たち二人でか⁉」
ジダイは両目を見開き、ネイロとスバルに視線を往復させる。
不器用に笑顔を浮かべるネイロと、両手を後頭部に当てて気の抜けた表情を向けているスバルを見て、ジダイは思考を巡らせる。
スバルは剣の心得があるようだが、それだけで魔族を退けられることなどできない。特にネイロは戦闘手段など皆無のようだし、二人が無事に街まで辿り着けることは難しいだろう。
仕方が無いが、ジダイが街まで連れていく方が賢明だ。
「よし。俺が君たちを近くの街まで連れていこう」
「え? そこまでしてもらわなくても、いいんですけど」
「だが、子どもだけで次の街に辿り着けるとは限らないだろ」
ジダイは腰を曲げてネイロを見下ろした。
そのとき横で話を聞いていたスバルが指先を上げ、思わずジダイが仰け反る。少年のくせに有無を言わせぬ迫力でスバルがジダイを見上げた。
「チッチッチ。俺たちを舐めてもらっちゃあ困るなあ。俺たちはこう見えても、『勇者一行』なんだよ」
「勇者⁉」
「そう見えないかもしれないですけど、一応そうなんです」
ネイロが補足するのを聞きながら、ジダイは疑い深くスバルを眺める。
腑抜けた笑みでジダイを見返すスバルが勇者などとは、にわかには信じがたい。
『勇者』は、魔界と神界の狭間に位置するこの平界での特別な人間である。魔界と神界からの過剰介入を退けるための世界防衛存在。
まさか、それが目の前のクソガキであるとは思えなかった。
「スバルか。お前、年齢は?」
「俺? 十三歳だけど」
「まあ、年齢はおかしくないか」
ジダイは自分だけに聞こえるように呟くと、頷いてスバルとネイロを見やる。
「とにかく、次の街までは送らせてもらう。仮にお前たちが勇者一行だとしても、さっきみたいに魔族に襲われたら人手は多い方がいいだろ」
ジダイの提案を聞き、ネイロとスバルが顔を見合わせる。
「どうする? このおっさん、悪い奴じゃなさそうだし、利用するのも手だな」
「うん。見た目ほど悪い人じゃなさそう。きっとお人好しよ」
「声に出てるぞ」
二人は揃って一歩下がると愛想笑いを浮かべる。
仕切り直すようにスバルが咳払いして言葉を続けた。
「ごほん。カッコいいお兄様、ぜひとも……」
「白々しい。ジダイと呼べ」
「ジダイ。そこまで言うなら一緒に行こうかー」
「ジダイさん、よろしくお願いしますー」
ネイロも笑みとともに頭を下げる。
こうしてジダイは、ネイロとスバルと行動を共にすることになったわけだった。
まだ二十六歳なのに年下の仲間から「オッサン」と呼ばれながら冒険していきます。
ジダイの名前は「次代」ということで、年少の仲間たちに魔王討伐の夢を託す立場です。