対峙①
ガタゴトと荷馬車が揺れる。まだ整備されていない荒れた道を延々と、静々と進んで行く。
何となく、息がしづらい。濁ったような、そんな感覚が森に近づくにつれ強くなっている。
でも、周りの隊員は何も思ってなさそうで。これが気のせいなのか、只瘴気に敏感なだけなのか。
王都を出て2週間。聖魔の森が存在するラグネルス領に入って4日。団長と幾度とない喧嘩を起こしつつも、着々と聖魔の森に近づいている。
「ねぇ隊長。気になることを報告してもいいかな?」
「なんだ?」
「なんか、聖魔の森に近づくにつれて瘴気が濃くなってる気がするんだけど」
「そんなの当たり前だろう、何が気になるんだ?」そう、魔物がうじゃうじゃといる聖魔の森に近づいているんだ。瘴気が濃くなるなんて当たり前。でも...
「まだ聖魔の森迄何十キロもあるじゃん。でも、瘴気が薄っすらだけど感じられるの。異常事態じゃないかなぁって思って。」
「そうか......だそうだがどうする、団長」
「まだ薄っすら感じる程度なんだろう?なら、もう少し先迄行ってから宿を探そう。流石に瘴気を感じられる場所での野宿はマズいだろう。」
「たしかにね...」
聖騎士に瘴気は危険だもんね。と言いかけたとき、
「…あの、街あったけど、泊まる?まだ進む?」
と、副団長が言った
「お、なら宿探すか。」
団長は、さっそく一旦休息の判断をしたようだ。
「ねえエリー、話の途中で入ってこないでよ」
副団長ことエリーは私の幼馴染にあたる人物でもある。私同様“貴族令嬢”のしがらみから逃げた人だ。
団長はよく呼ぶが、隊長がエリーと呼んでるところは見たことが無い。まぁ愛称じゃなくて本名で読んでるところも殆ど見ないないけど。
「おい二人とも!もう行くぞ!」
「隊長声大きすぎ~」
「それはすまん!!」
森の中だから本来声は吸収されやすく、木や鳥の囀りに邪魔されて声などいつもより小さくなるのが当たり前だが、隊長は元から声がでかいから場所なんてあまり関係なさそうだ。
「エレノア、ラエル様、ユリ、今日泊まれそうな宿が4人部屋らしい。4つに分かれるか俺ら4人か、どちらがいいと思う。」
「もしもの奇襲に備えて実力がある人を固める訳にはいかないと思う。」
「私も賛成。みんなの剣術はよく見てるから、私で良ければ実力が偏らない様にチームを組むこと出来るよ。」
「ならそうしてくれ、ユリ。・・・あと、ラエル様に護衛つけるか?」
「いや、うちの隊は入団に一定条件があるから、俺よりもまだ慣れていない新人を守りたいだろう。抑々(そもそも)自分の身は自分で守れる。」
「分かった。ならユリ、変にラエル様の所に偏らせるなよ。」
「は~い。」
「一応出来たけど...どうかな?」
隊員を4つに分けて書いた紙を渡した。
みんな口々に「いいじゃん」的な事を呟いた。
「なら決まり~私みんなに伝えてくるね。」団員に其々の部屋割りを伝え、もしもの注意点を伝えた。
第2部隊は隊員が聖騎士で構成されているせいもあるが、少数精鋭を軸とした構成を行っているため、他の部隊に比べ人数が少ない。其の為、本来20~30人で構成される部隊だが、第2は15人しか今現在隊員は存在していない。
団長は私たち4人(団長、副団長、隊長、私)の中で一番の実力を持つため、今年入隊した団員と同じ部屋になって貰った。副団長と私はどうしても女性騎士の少なささから、元は4人部屋だったものを5人部屋にしてもらうことになり、同じ部屋となってしまった。人数の問題から、どうしても余ってしまう2人は実力が団長と私を抜いて1位のセスと3位のルイスにした。あの2人なら、例え襲撃があっても生き残れるだろう。
_____翌日_____
襲撃もなく、安全に一夜を超えることが出来た。
朝食をとり、早く森に行くため、そそくさと宿を出る。
まだ、時計は朝の7時を指し始めたところだった。なるべく早く森に到着したいのも分かるけど、欲を言えば、もう少し休みたかった。
だがそんな訳にもいかず、街を出て、再び山道に入った。
2、3時間毎に小休憩を挟みつつ、聖魔の森に近づいていく。森迄あと5キロというところに差し掛かり、漸く『この先立ち入り禁止』の看板と、結界石が見えてきた。この結界を超えると瘴気がどっと濃くなり、子供だと2時間程で命に危険が及ぶこともある。大人でも5時間も居れば死亡率が劇的に上がり、万一生還出来ても不治の後遺症に悩まされる事となる。
聖騎士でも長居は危険なため、前線基地には2重の結界が施され、瘴気の侵入を最小限に抑えている。
基地に着き、荷解きをする。今回の遠征は、魔族との戦闘よりも、魔獣の討伐がメインになる。
最初の2日程は周辺の情報収集をする。魔獣の巣や行動範囲、個体数などの討伐時の編成を組む為の情報収集だ。魔族が管理している魔獣と違い、野良の魔獣は知能が低く、図体がバカでかい狼という認識も出来る程だ。しかし、魔族が管理する魔獣は知能、力共にとんでもない程に増えている。人語や魔族語等の様々な種族の言語を理解するため、操るモノというよりも、共に戦うモノという認識の方がまだ理解できる。
聖魔の森4日目、今日から野良の魔獣狩りが始まる。一応、近辺に住まう魔族との遭遇を危惧し、防護結界石を其々(それぞれ)2つ装備することにした。
...魔獣の首から剣を抜くと同時に血が大量に噴き出した。顔に付いた血を拭う。もう半日以上魔獣を狩り続けているから、体中魔獣の血でベトベトだ。早くお風呂に入りたいと言いたいところだがここには冷たい水が流れる川しか存在していない。
「嗚呼...早く帰りたいな」そう零しながら目線を上げると、目の前に1m先すらも見えない程濃い霧が壁を作っていた。
霧の中に入ってみようかと思い、手を突き出す。すると、本来ならば霧は空気だから腕は何事も無く霧の中に入る筈なのに、何故か霧が「壁」となっていて、入ることが出来なかった。
同時に、此処から立ち去れと言わんばかりの強風が吹いていた。
「___其処で、何をしているのですか?」