×ツンデレ→〇ツンツンな幼馴染
春は良い。
家の玄関先で胸いっぱいに暖かい空気を吸い込む。
鼻をすすって、くしゃみを一つ。
花粉が飛ぶのは残念だけど、それでもこの陽気は心地好い。
軽やかな足取りで桜並木を歩きながら想像する。
春──出会いの季節。
ショートカットが似合う小柄な女の子とぶつかって、"大丈夫ですか?”と大きな瞳で顔を覗き込まれる。
その子は僕と同じ学校の制服を着ていて、校舎内で偶然再会した僕たちは恋に落ちる──。
走ってきた女の子に体当たりをされて現実に引き戻された。
僕と同じ学校の制服を着ている彼女は長い黒髪を靡かせる。
「タケルがぼーっとしてるから」
ぶつかってきたのはサキなのに、開口一番文句を言われた。
「パンツ見えてる」
「五月蝿い。さっさと立ちなさいよ」
頭を引っぱたかれて、踏んだり蹴ったりとはこのことだと思う。
「着いて来ないで」
僕の前を歩くサキは一見機嫌が悪そうに見えるけれど、新しい生活のはじまりに緊張しているだけだろう。
僕の前ではいつもふてぶてしいから忘れがちだけれど、人見知りで猫を被れば大変可愛らしい女の子だったと思い出す。
「しょうがないでしょ、同じ学校なんだから」
「高校こそはタケルと違うところに行くはずだったのに」
「それ、3月だけで10回は聞いた」
「彼氏が出来なかったら、タケルの所為だからね」
心配しなくても、サキはモテるからすぐに出来ると思う。
「大丈夫。高校での僕たちは他人なんでしょ?」
電車を1時間も乗り継いで通う高校に行く物好きは、同じ中学で僕たちだけだった。
"だから言わなければ幼馴染ってバレないでしょ”とサキに言われていた。
「学校では話しかけないでよ」
念を押すように言われたけれど、少なくとも中学の3年間で僕からサキに話しかけた記憶は無い。
「分かってるよ」
僕も無駄に目を惹くサキとは他人でいた方が好都合だった。
身に覚えの無い色恋沙汰に巻き込まれなくて済む。
「僕と他人でいたいなら、電車の中でも喋らない方が良いと思うよ。誰が見てるか分からないし」
到着した電車に乗って僕は僅かに空いている席──サキの斜め前に座った。
スマホでバイブのアラームを電車が到着する3分前にセットして目を瞑る。
今朝は早くに目が覚めてしまって未だ眠気が残っていた。
緊張しているのは僕も同じかもしれないと思いながら意識を手放した。
時間通りに目を覚ますと車内は満員になっていて、その中にちらほら同じ学校の人が混ざっていた。
ホームに降りて歩けば、彼らが皆保護者と二人一組であることに気づく。
高校生にもなって入学式に保護者同伴は無いだろうと思っていたのは間違いだったらしい。
来たがっていた母親に、この様子は秘密にしておこうと心に決める。
改札口を出て混雑が緩和されたところで、後ろからサキが駆け寄ってきた。
「やっぱり今日は一緒に行こ?」
「うん」
心細くなったのだろう、サキの母親は仕事で来られなかったに違いない。
お喋りをしている親子たちと一緒に、サキと僕は無言で歩いた。
「あーあ。また同じクラスだよ」
残念そうに言われても僕にクラス編成を変える力は無い。
「先に教室行ってて。ちょっとトイレ」
サキが了承したのを確認して行きたくも無いトイレを探す。
今日は新入生のみ登校しているらしく、少し歩けば自分の足音が響くほど静かになった。
少し進んでみたものの、引き返して壁に貼ってある矢印に従って教室へ行った。
教室の中は賑やかだった。
早速友だちづくりが始まっているのか、それとも同じ中学出身者なのか、数人ずつで集まって喋っている。
五十音順に書かれた座席表に従って自分の席に座る。
サキは前の席に座っている人から無事に話しかけられたらしい。
ここからは時折相槌を打つように揺れる後頭部しか見えないけれど、愛想笑いを浮かべているのが容易に想像出来る。
教師が開けっ放しの出入口から教室に入ってきて、談笑タイムが終了した。