第96話 愚か者と未来
狭い通路の一角。
さっきまで戦っていた場所のちょうど真下。
そこで、どうにか上へと上がる方法を模索していた。
……まだ、間に合うかもしれない。
今からでも俺が向かえば、ミルナさんの命だけは助けてくれるかもしれない。
だが、近くにはエレベーターらしきものもや階段も見当たらない。
だからと言って、この高さを柱を登っていくのはとても現実的ではない。
未だ、上からは戦闘の音が聞こえてくる。
激しい金属音に、なんの音か見当もつかない轟音。
時間は残されていなかった。
その時だ。
前方から人が迫ってきているのに気づいた。
上では見かけなかった2人組だ。
そして、その片方は杖を、片方はハンマーにも似たメイスを持っている。
この近くに上の階と行き来すること方法がないのは確認済みだ。
それに加え、上では見るなさんが戦っているおかげで下まで降りてくる余裕はないはずだ。
それなのに、この場に敵が現れた。
まさか、こうなる可能性も視野に入れて、別の階にも潜ませていたと言うのか……。
敵だと判断した瞬間、体を動かす。
咄嗟に目の前に落ちていたあの桃髪女の短剣を拾った。
それを落とさないように右手で強く握り、奥の通路へと走り出す。
ここから見える範囲だと、追ってきているのはあの2人だけだ。
だが、他にも待ち伏せしている可能性もある。
そこで、出来るだけ入り組んでいる道を積極的に選んで逃げることにした。
コロシアムでの競技のお陰で人が少ない上に、道が様々な所から分岐しているから追い詰められにくい。
逃げるならば、もってこいの場所だ。
武器がなかったさっきと比べれば、だいぶ状況は良くなった。
……けど、心配なのはやはりミルナさんだ。
今の俺に追ってきているあの2人をこの短剣だけで打ち勝つような実力はない。
だから、ここから逃げるしかない。
それつまりーーミルナさんからも離れるということになる。
どうか、無事でいてほしい。
あんな別れを認められるはずない。
俺のことを助けたのだったら、自分自身のことも助けてほしい。
そしてまた、一緒に笑いながらお店を回ったりするのだ。
そのためにもーー俺はここから逃げなければ。
もう、俺だけの力でことを終わらせるのは不可能になってしまった。
俺の決断を、ミルナさんの決断が上書きしたのだ。
シャッターの下りた家の前を走り、ガラス張りになった店の角を曲がり、分岐している道の中心を通っていく。
出来るだけ広い道を通ることを意識しながら、曲がれる限りの曲がり角を曲がって敵を撒く。
しかし、後ろからの足音が止むことはなく、さらにーー
「うわ!」
壁や目の前の地面に突如現れる魔法陣からは、多種多様な魔法が飛んでくる。
ある魔法は、俺が通ろうとしていた狭い通路の地面から炎を吹き出し、近くの寛容植物に引火。それで無理やり通路を塞がれた。
またある魔法は、俺の足元に砂でできた棘を出現させ、直接動きを止めようとしてきた。
間一髪で掠っただけで済んだものの、ただ逃げるだけではないということを頭に植え付けられた。
道を探しながら、魔法も避けながら、敵のいる場所も頭に入れておかなければならない。
……やっぱり、この階へ落とされてからでも降伏しておくべきだっただろうか?
こんな無謀な賭けに出るより、確実にミルなさんだけでも助かる方法を取っておいた方が良かったのではないか?
むしろ、今からでもそうした方がいいのではないだろうか?
俺を殺すのが目的なら、この剣で、俺の喉を切ってしまえば、見るなさんを襲う理由もなくなるはずだ。
この剣でーー
『死んじゃったら、それで全部終わっちゃうんだよ? ミカワ君はーー君は、これで終わっちゃっていいの?』
それは、この世界に来てすぐの時に言われた、ミルナさんの言葉だ。
彼女とこうも親しくなった理由の1つであり、俺を救ってくれた言葉だ。
ーーなぜ、彼女は俺を救ってくれたのか。
いや、この疑問は正しくない。
彼女が助けてきた人は、俺だけではないのだから。
ーーなぜ、彼女は人を助けるのだろうか?
そんなの決まっている。
きっと、俺と同じだ。
俺がミルナさんを助けようとしたように、彼女もまた俺を助けようとしただけなのだ。
他の人が傷ついているところを見たくないから。
何を迷っていたんだ。
俺がすべきことは、逃げるのみ。
彼女のことを信じて、ただひたすらに。
ーーパシャ
「ーー!?」
思考に気を取られすぎていたのか?
いや、違う。
俺に気づかれないように、俺の少し後ろで魔法を発動させたのだ。
後ろから広がった小さい水たまりに、片足がついていた。
その光景が、少し前のことをフラッシュバックさせる。
人が溶けた水たまり。
禁術を使用した者の末路を。
ーーやめろ
今は考えるな。
逃げるのに集中しろ。
必死に邪魔な思考を排除しながら、狭い通路を抜けた。
休憩なしの全力ダッシュに、度重なる魔法での攻撃。
そのうえ、追われているという精神的負担。
それらのせいで体力的には限界が来ていた。
いくらこの間の冒険のおかげで少し体力をつけたにしても、そんな一気に増える者でもない。
自然と、頭は逃げることよりも隠れることを考えていた。
後ろを振り向く。
そこには、思った通り誰もいない。
まだ、俺が通ってきた狭い通路には奴らは辿り着いていないようだ。
それを確認したところで、次は隠れられる場所を探す。
だが、そんなものが都合よくあるはずもなかった。
この場所にも、あるのは人気のないまっすぐな道と、扉と格子窓がついた家だけだった。
いっそ、この家のどれかに入ってしまおうか?
そうすれば、一時的にでも敵を撒くことができるかもしれない。
ーーいや、ダメだ。
それだと他人を巻き込む可能性がある。
自分が逃げるためなら、他人を犠牲にしてもいいていうのか?
いいわけないだろ。
理性を働かせ、疲れによって出てきた甘い考えを捨てる。
結局、俺にできることは逃げ回るだけなのだ。
もう一度当たりを見回しても、解決方法は見当たらなかった。
だから、走り出す。
呼吸が乱れたまま、脇腹が痛み苦しいまま。
さっきよりもペースが落ちていた。
正直、もう足を上げるのですらきつい。
でも、止まるわけにはいかない。
その足を使い、少しでも進む。
いつ戦闘になってもいいように、握った短剣をいつでも触れるようにする。
最後に確認として、敵がまだ追いついていないかを確かめる。
元々、それなりに距離が開いていたのだ。
まだ追いつかれていないとは思うがーー
そんな考えは、一瞬にして崩れ去った。
いた。
ーーいたのだ。
振り向いた先、3メートルぐらい先の場所に少女が立っている。
色が抜けてしまったような白い髪でツインテールにしている少女は、じっと俺の方を見つめていた。
背は小さめで、もしかすると年下かもしれない。
そんな少女の姿を見た俺は、どんな顔をしていたのだろうか。
驚きか、はたまた絶望か……
「靴を脱いで。今すぐ」
すると、少女は小声でそう言い放った。
これは、投降しろという合図か?
この少女の姿は今初めて見たが、ここで待ち伏せをしていたのかもしれない。
ーーだとしても、ここで諦めるわけにはいかない。
そうでないと、ミルナさんの決意が無駄になってしまう。
もう、諦めるわけにはいかない。
それに、武器すらも出していない相手に降伏など、どうかしてる。
俺は、右手に握られた短剣を彼女へと向けた。
「待って! あんたの味方だから」
だが、少女は対抗しようとするどころか、この短剣に怯えて無防備に腕で顔をガードした。
どう考えても、それでは攻撃を防ぐことはできない。
「お願い。あんたも死にたくないでしょ? 言う通りにして」
再び小声で言葉を発した。
小声なのは、奴らに見つからないようにしているからだろうか。
どちらにせよ、考えている時間はない。
単純な話だ。
信じるかーー信じないか。
だが、俺一人で逃げ切ることはもはや不可能なのもわかっていた。
これを断れば、もう助かる可能性すら残っていない。
結局、俺にはこの提案を断る選択肢など残っていなかったのだ。
すでに、来た道からは複数の足音が響いていた。
そこで、返事を返す代わりに急いで少女の言う通り靴を脱いだ。
揃えることもなく、ただ単に脱ぎ散らかす。
そこで、ようやく気づくことができた。
ーー足跡が!
見ると、掠れてはいたが俺の通った場所には足跡が残っていた。
さっきの水たまりは、このために作ったものだったらしい。
まんまと嵌められていた。
これでは逃げても隠れても無意味になっていただろう。
そうすると、新たにに疑問も出てくる。
ーーこの少女は、何者だ?
今の行動で、少女が敵である可能性はほとんどなくなった。
だが、納得はいかない。
「なんでーー」
「いいから、着いてきて」
質問を遮りったかと思えば、俺の手首を掴む。
そして速い速度で、しかし弱い力で俺のことを引っ張った。
その先は、敵が迫っている通路から1番近い家の扉だ。
そのまま少女は素早く扉を開けて、俺の体を押し込む。
投げ出されるように入れられた俺は、当然バランスを崩す。
これで、すぐには動けなくなってしまった。
次の少女の行動で、俺の運命は変わる。
足音ははっきりと聞こえるようになっていて、すぐそこに敵がいることがわかる。
そんな中、少女は焦りながらも扉に手をかけた。
体重をかけて素早く扉を引っ張り、金具と合わせる直前で止めて音を立てないように注意しながら完全に閉め切った。
そのすぐ直後、2つの足音が扉の前を過ぎていった。
ーー助かった、のか?
あまりにも突然のことで、全く実感が湧かない。
また戻ってくるかもしれないので、油断もできない。
だが足音が過ぎ去った後、扉に手をかけたままだった少女が息を吐きながら脱力した。
ゆっくりと座り込み、ホッと息を吐く。
それを見て、俺も少し安心できた。
「こ、怖かった……」
「そんなに怖かったなら、なんでーー」
そう言うと、少女は俺の方を向いて再び口を開いた。
「あたしはイーグル。一足先に未来を見てきたの」
お久しぶりです!
補足のコーナーになります。
前回の最後に竜巻でミカワケイトくんが短剣と一緒に飛ばされていましたが、読んだ方の中にはこんな疑問が出てきた人もいるかと思います。
ーー竜巻の中にナイフがあったら刺さるんじゃね?
はいそうです。
多分刺さります。
しかしミルナ・ラーレスクはそれも想定済み。
彼女はミカワケイトを竜巻の渦の中心に入れ、ナイフを外側の風で運んだのです。
しかし、そんな繊細な動作をするにはかなりの魔力を消費します。
それでも彼女は無事なのでしょうか?
以上です。
駄文失礼しました。
ではまたの機会にお会いしましょう!
(訳:文書力がないので、またこのコーナーがあると思います)




