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誰もが憧れるこの異世界で、無力な俺は主人公になれない  作者: 赤め卵
四章 行動する愚者は、操られていることすらわからないままにある
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第95話 ピエロと愚か者


「あの、大丈夫ですか?」


 そう声をかけると、その女性は顔を上げた。 

 綺麗でサラサラな髪に整った顔立ち、抜群のスタイルはまるでモデルのようだった。


「だいじょーー痛っ!」


 必死に涙を堪えながら答えるその姿は、どう見ても大丈夫には見えない。

 そこで、少し聞き方を変えてみる。


「どうされたんですか?」


 そこで、ようやくその女性はゆっくりと話し始めた。


「実は先ほど転んでしまってーーそれから足に痛みがあるんです。……情けないですよね。本当に大丈夫ですから」


 そう言いながら、彼女は無理やり笑顔を作った。

 できるだけ他人に迷惑をかけないようにと振る舞う姿からは、彼女の優しさが垣間見えた。

 だが、俺だってここで折れるわけにはいかない。


「いや、情けなくないし、大丈夫でもないですって。もうすぐ治癒魔法が使える知り合いがきてくれるので、その人に頼んで治してもらいましょう」

「そんな……申し訳ないです。これ以上ご迷惑をおかけするわけには行きません」

「それでも放っておけません。それに、もしも捻挫とかしてたら1人だと危ないです」


 すると、俺の気持ちが伝わったのか、彼女はまさに今開きかけていたその口を閉じ、静かに俯いた。

 そして、我慢していた涙をその瞳から流す。


「ごめんなさい。その……私、怖くてまだ傷を見れてないんです。だから、こんな私に付き合ってもらうなんてーー」


 実際、怖くて自身の傷を見れない人は一定数存在する。

 他にも、傷を見た途端に痛みを感じると言う話もあるぐらいだ。彼女の反応も、か弱い女性ならおかしくもない。


「なら、俺でよければ確認しますけど」


 そう言うと、彼女は再びその顔を上げる。

 瞳にはまだ涙が浮かんでいるが、少しだけ口角が上がっていて、先ほどよりも自然な笑みをしていた。


 わかりやすいぐらいに感情が表情に出てしまう人だな。


「いいんですか? ごめんなさい。こんな見たくもないものを」

「いえいえ、気にしないでください。とは言っても、俺には知識とかないんで見ただけじゃ和辛いかもしれませんけど……」

「お気になさらないでください。むしろ、こんな無理な頼みを聞いてもらってありがとうございます」


 そう言い終わると、彼女は膝下まで伸びていたスカートをたくし上げた。


 ……なんか、めっちゃいかがわしいことをしてる気分だな。


 出来るだけ余計なことを考えないようにしながら、少しずつ露わになっていく彼女の足に目を通す。

 すると、ちょうど膝の上に赤黒く変色した傷が見えた。

 見るからに痛々しい。


 でも、なんだ……?

 少し違和感があるな。

 いや、この人に伝えるのが先か。

 

「やっぱり擦りむいた感じですね。けど、パッと見捻挫とかはしてなーー」


「そこから離れてミカワくん!!」


 突如、少し離れた場所からミルナさんの声が耳に入った。

 目の前にいる女性のことが一瞬頭を過ったが、共に行動してきたミルナさんのことを信じて体を動かす。

 

 体のバランスを取ることも忘れて地面を蹴り、無理やりベンチから距離を取った。

 しかし、離れても特に音や衝撃は特にない。


 一体何が起こったというのか?

 その答えを得るべく、俺は女性の方に目を向けた。


 ーーチッ、


 だが、視覚で情報を受け取る前に、音として耳に聞こえてくるものがあった。


 ……王国で一緒に冒険をした誰かさんのせいで、すっかり聞き慣れてしまったそれは。

 この場で聞こえるはずのなかったそれは。

 見るまでもなく、俺がさっきまで見ていた光景が嘘だったということを知らせてくれた。

 

 だが、それを受け入れる力は俺にはない。

 故に、何が起こったかこの目で確かめよとしてしまう。

 

 それが最善でないことぐらい、わかっているはずなのに、その事実を疑うことができなかった。


 そしてようやく桃髪の女性が視界にに入った。


 ーーだが、それは俺が知っている姿とはまるで別人だった。


 穏やかで、優しさに溢れていた笑顔はもうどこにもない。

 面影すらも感じられない。

 顔はグシャリと歪み、不気味で狂気とも取れるような別の笑みを浮かべている。


 瞳には涙の跡など残っておらず、代わりに殺気付いた瞳で俺のことを睨んできている。


 さっきまでの姿は、どこに行ってしまったのかーー


「うーわっ、まーじで言ってんの? あの距離から気づくか? 普通」


 その声すらも、さっきまでの優しさや品のある言葉使いが消えていた。

 

 別人だと思った。

 この僅かな瞬間で入れ替わったとすらも思った。

 そう、思いたかった。


 だが、それを信じることすらも許されない証拠がそこにはあった。


 桃髪の女性が今にも振り下ろさんと握っているそれはーーナイフだ。

 ちょうど俺の頭があった位置に、ナイフの刃があったのだ。


 それらのピースが合わさり、自然と1つの事実が突きつけられる。

 

「騙してたのか!?」

「バカだなぁ、騙される方が悪いんだよ」


 そう言いながら、彼女は服の中から短剣を取り出す。 

 

 これで、完全に否定することができなくなってしまった。

 ーー彼女は、最初っから俺を殺すつもりだったのだ。


 怪我をした優しそうな少女を演じ、俺の気を引いて完全に油断させーー足の怪我に夢中なっている間に、あのナイフで俺を切りつけ、殺す。

 それこそがシナリオだった。


 たまたまミルナさんの声が間に合ったからよかったものの、あと少し遅れていたら死んでいた。

 あっさりと、殺されていたのだ。


 ……全てが嘘だったのか。

 その優しさも、礼儀の正しさも、笑顔も、涙も、弱気な性格も、怪我すらも!


 コイツは、最初っから敵だったのだ。


 その桃髪の女は素早くベンチから立ち上がり、短剣を構ながら真っ直ぐ俺へと向かってくる。

 それが見えた瞬間、再び地面を蹴ってどうにかその攻撃を避けた。

 体制が悪かったことで、運良く予想できないような方向に避けることができた。


 そしてそのまま反射的に剣を取ろうとするがーー普段鞘を掛けている場所には何もなく、ただ空気を掴むだけとなった。


 俺たちは、観光をしにきたのだ。

 当然、剣などの防具もホテルに置いてきている。

 今この瞬間、俺は完全に無防備なのだ。

 戦う手段はない。

 

 それを瞬時に把握し、把握体制を立て直しながら辺りを見渡す。


 武器になりそうなものはない。

 そのうえ、ミルナさんとの距離も100メートル近くはありそうだ。


 ーーどうする?

 

 やはりミルナさんと合流するか?

 でも、コイツを近づけたらーー


 急いで俺の方へと走ってくるミルナさん、次こそは俺に攻撃を当てようとしている女、そして狙われている俺。

 だがその時、この戦場に変化が起きた。


 ーーっ!


「ここは危ない! 逃げろ!」


 女の奥にある建物の扉。そこから、ローブを着た男が出てきたのだ。

 

 俺だけならまだしも、他人を巻き込んではならない。

 人通りが少なくなっていたせいで、その可能性に気づけなかった。

 しかも最悪のタイミングだ。


 コイツなら、口封じのためにこの男を殺してもおかしくない。

 だから、何よりも先に男に危険を知らせる。


「お前、面白いぐらいにバカだなぁ。ーーやれ」


 女がそう指示すると、男は何もない空間からいきなり剣を取り出す。

 そのまま止まることなく、俺にそれを振り下ろしてきた。

 男は一般人ではなく、コイツの仲間だったのだ。


 しかも、速い。

 全く予期していなかったこともあり、避けるのが間に合わないーー


 そうわかった瞬間、反射的に魔法陣を展開する。


 俺の少ない魔力で作れる、初級魔法のブラフだ。

 これで、少しでも避ける時間を稼げればーー


 だが、俺の策略は叶わなかった。

 この魔法陣に少しも怯むことなく、男は突っ込んできたのだ。

 時間稼ぎにすらならなかった。


 そして、あっという間に距離を埋められる。

 かと思えば、対応もできないまま剣が振り下ろされた。

 

 頭上に、剣先が映る。

 こうやって、何もできないまま死んでいく。

 目を閉じることすらも間に合わないまま、その運命を見届ける。


 ……次に目に映った光景では、男は剣を完全に振り下ろしていた。


 だが、意識は無くなっていない。

 血も流れていなければ、痛みすらも感じない。

 ただ風を切り裂く音が耳に入ってきただけだった。


 よく見ると、男が握っている剣の剣先が存在していない。

 

 ……生きてる、のか?


「ミカワくん、いいから走って!」


 またもや声が聞こえ、考えることを放棄した。

 方向転換することもなく、男を横切って走る。


 直後、真後ろから金属音が鳴り響いた。


「あははっ、お前の適正は風か? 厄介だなぁ。けど、そんな魔力を無駄遣いしちゃって、本当にいいのかなぁ?」

「うるさい! お前らこそ、なんでこんなことを!」

「言うと思った? てか、お前ら揃いも揃ってバカだなぁ。お前に用はないから、素直に従ってくれたら見逃してやるよ」

「誰が従うもんか! ここでお前を倒す!!」

「あはは、いいねぇ。やれるもんならやってみろよ。その間、あのバカはたった1人で逃げることになるけどなあ!!」

「ーーっ!」


 後ろからは絶えず戦闘の音が鳴り響いている。

 ミルナさんが戦ってくれているのだ。 

 俺を逃すために。


 しかし、現実はそう甘くはなかった。

 きっと、コイツらは確実にこのタイミングで俺の命を奪いにきてる。

 計画犯だ。


 だから、この程度で逃げきれるわけないのだ。

 その証拠に、前方からは武器を持った新たな2人の人物が俺へと向かってきていた。


 どうすればいい?

 魔法陣ブラフは効かなかった。

 しかも、今度は2人同時による攻撃だ。

 避けられる可能性も限りなく低い。


 武器を奪うか? ダメだ。現実的じゃない。 

 ならそれ以外に方法はあるのか?

 逆方向に逃げるか? いや、それだとあの女の餌食になって終わりだ。


 この狭い通路だと、できることも限られてくる。

 やっぱり、どうにか武器を奪うしか……ないか。


 向かってくる2人はどちらも間を握っており、1人は上から振り下ろし、もう1人は横に降っていた。

 左右上下、逃げ場がない。

 もう、ダメだ。


「ーーっ!!」


 しかし、俺が諦めても、ミルナさんは俺の前に立ち塞がった。

 そして、2人の攻撃を同時に一本の剣で裁く。

 上から来る攻撃は剣に斜めに力をかけることで軌道をずらし、横からの攻撃は受け止めて、弾き返した。

 その後にも隙を見せず、俺の方をギラついた眼で睨みながら左手に魔法陣展開。

 そのまま俺のすぐ後ろへと風の矢を飛ばす。


 刹那、真後ろから男のうめき声が聞こえた。

 それでも、振り返れない。

 前に走るしかない。


 四方八方から狙われている。


 もう絶えられない。

 こんなの、限界が来るに決まっている。

 このやり方だと、ミルナさんがただ消耗して終わりだ。

 どう考えても無茶だ。


「君は逃げーー」


 俺を安心させようとしたのか、彼女は短く告げるーーが、その言葉すら最後まで言い切られることはなかった。

 

 流石に3方向を相手にすることは厳しかったのだろう。

 先ほど剣を弾かれた奴の剣先が、彼女の脇腹を抉ったのだ。


 それを、俺は目の前で見ていた。

 ただ逃げながら。


 剣が抜けたそこからは、鮮血がこぼれ落ちていく。

 ミルナさんは怯んでこそはいないものの、僅かに動きが止められた。

 そこへ、すかさずもう1人が剣を振ろうとしている。


 もう、限界だ。

 それはもはや、誰の目からも明らかだった。


 ならーー


 俺のせいでミルナさんが、殺されてしまうぐらいならーー


「降参だ!! 俺の負けでいい! だから彼女には手を出さないでくれ!!!」


 この場にいる全員が確実に聞こえるように、叫んだ。

 その声を聞き、彼女へ剣を振り下ろそうとしていた人の手が止まる。


「ダメ、ミカワくん……」


 そんな悲痛な声を無視して、体から力を抜いた。

 そして、膝を地面につける。


「ようやくちょっとは賢くなったようだな。動くなよ? そうすれば望みを叶えてやるかもな」


 瞳からは涙が溢れている。

 でも、これでいいんだ。


 これで、彼女が殺されることはない。


 桃髪の女が近づいてくる。

 その顔は気味の悪く笑っている。

 そこには優しさなどカケラも感じられない。


「じゃ、ちょっと痛いと思うけど我慢しな」


 そう聞こえた。

 俺は黙って、その瞬間を待つ。


 ……結局、日本には戻れないまま終わるのか。

 何も叶わなかったな。


 視界には、男に取り押さえられたミルナさんの姿がある。

 だが、その瞳はまだ諦めていないようだった。


 ーーミルナさん、ありがとうございます。

 でも、もういいんです。

 ミルナさんのおかげでこの異世界も少しは悪くないって思えたんです。


 最後まで悪いことしか起こらなかったけど、それでも楽しいことはあった。

 ミルナさんに、レイナと、ゲイルとユカと。

 

 完全に心が折れなかったもの、そんなみんなのおかげでした。


 だから、俺のことなんて気にしないでください。

 生きてください。

 お願いします。


 心の中で、そう思った。

 でも、ミルナさんには伝わっていないだろう。

 

 ただ、そんな俺の姿を見て何かを感じ取ったのか、1度目を瞑った。 


 これで、彼女は救われる。


 ーーそう、思った矢先だ。


 ミルナさんが、取り押さえている男の足を思いっきり踏んだ。

 そのまま肘で男の胸を思いっきり殴り、掴まれていた手を解く。


 そして、落としていた剣を拾いーー隣にいた男へも投げた。

 剣が回転しながら飛んできたのだ。流石の男も、この攻撃からは避けようとしていた。


 その作り出した隙で、両手を使って魔法陣を展開する。


 だが、それを防ごうと桃髪の女が短剣をミルナさんへと向かって投げ飛ばした。

 さらに、後ろに待機していた数人の人物たちも彼女へと襲いかかる。


 しかし、それら全ての攻撃が当たる前に、ミルナさんは魔法を発動させた。

 彼女の前方に展開された魔法陣から青白い光が発せられ、次の瞬間風が巻き起こった。


 それはまるで竜巻のように渦を巻き、その威力を高めていく。

 女な投げた短剣も吸い込まれ、やがて俺の方へと向かってきた。


 膝をついている俺がそれから逃げれるはずもなく、あっという間に攫われた。


 数秒にわたって、凍えるような冷たさと酔ったような気持ち悪さが襲う。

 体が回転し続け、上下感覚もわからない。


 しかし、すぐにそこからも解放され、地面へと投げ出された。


 目を開けた時にはあの竜巻は消えており、目の前には巻き込まれた短剣が落ちているだけだった。

 だが、消えたのはあの風だけではない。


 人が1人もいない。

 あの女も、男も、ミルナさんすらも。


 ……いや、よく見ると景色が違う。


 俺が疑問に思っていると、この真上から金属音が響きわたった。

 しかも、何回も何回も絶え間なく。


 そこで、ようやく理解した。

 ここは、さっきまでいた場所の1つ下の階だ。


 この周辺の通路は、同じ構造の廊下が3階分建っている。

 ビルのベランダとほとんど同じような感じだ。


 どの階も柵や1メートルほどの柵や壁が設置してあるだけなので、そこを乗り越えればこうやって下の階に行くことも可能といえば可能だ。


 そして、あの時ミルナさんが発動させた魔法で、俺は下へと降ろされたのだ。


 そこで、彼女の意図を汲み取った。

 

 やったことは、俺と同じだ。


 ……自己犠牲だ。


 ーーなんでだよ、

 俺が死んで、全部終わったじゃないか。


 なんで……



 怒りとも悲しみとも似つかないその疑問は、答えとならず頭の中を木霊するだけだった。


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