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誰もが憧れるこの異世界で、無力な俺は主人公になれない  作者: 赤め卵
四章 行動する愚者は、操られていることすらわからないままにある
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第94話 行く先とピエロ


 コロシアムーーそれは、格闘をするために作られた専用の闘技場のようなものだ。 

 地球の中ならば、古代ローマのコロッセオが有名だろう。


 それとほぼ同じ形のコロシアムの中に、今俺たちはいる。


 彼女の言っていた通り、この場は人で溢れていた。

 その全員が、これからの戦いの幕引きを心待ちにしている。


 始まる前から、熱狂が、声援がこの広い空間の中に響き渡っていた。

 それらの声の勢いに、隣に座るミルナさんと会話することすら困難だ。


「とりあえず、言われた通りに選手のチケットを買ってきたんですけど……なんでチケット買うのに選手を選ぶ必要があったんですか?」

「そのチケットはね、このコロシアムの観戦チケットナノと同時に、その選手への賭け金になってるんだよ」

「よくできてますね」

「だから選手によって払う金額が違ったでしょ? それが倍率に反映してあるんだー」


 その説明を受け、今1度俺が買ったチケットに目を移す。


 『ランチャス・ポレカータ』


 買うときも思ったけど、どっかで聞いたことある気がするんだよなぁ。

 でも、それがいつ、どこでの聞いたものなのか思い出せない。

 それほどの有名人なのだろうか?

 でも、別にこのチケットは周りの選手と比べて高くはなかったからなぁ。

 

「君は結構意外なところに賭けたねー」

「そうなんですか?」

「いや、私が聞いたことないだけ」

「じゃあ、やっぱマイナーな選手なんですかね?」

「いや、私あんまはこういうのやらないから、中でも有名な3人しかわからないや」

「めっちゃ経験者みたいなこと言ってたのに」

「だから私は知ってる選手に賭けたんだ。どうだ! 私が賭けたこの選手は!」


 そう言いながら、彼女はチケットを俺に見せびらかしてきた。

 名前の欄には、こう刻んである。


 『チェイス・アバランガ』


 うん。誰?


 全く知らない人だ。

 聞き覚えすらない。


「ちなみに、いくらぐらいしたんですか?」

「君のちょうど倍ぐらいかな。1番高かったよ』

「うわ、本気で勝ちに行ってるじゃないですか!」

「ふふふ、ミカワくん。これが大人のやり口なのだよ」


 もちろん、このチケット代および掛け金は、当たり前ながらお互いポケットマネーだ。

 俺は何もわからなかった故に安めで聞き覚えのある選手の名前のものを買ったのだが、ミルナさんはガッツリとギャンブルも楽しむらしい。

 まぁ、本人が楽しそうなら何よりだ。


 ちなみに、チケットを買うときに追加力金を払うことによって賭け金を追加できる。

 こうすることにより生粋のギャンブラーお大満足というわけだ。

 本当に怖いぐらいによくできている。


 それよりも、俺の買ったチケットに刻まえているこの名前がどうしても気になる。

 誰でも知っているような選手には聞き覚えが無いのに、どうしてミルナさんが知らないような選手の名前に聞き覚えがあるのだろうか?

 もしかして、会ったことがあるのだろうか?

 いや、でも帝国の人と合うはずがないしな。

 ダメだ。思い出せない。


「ほら、はじまるよ!」


 隣の席からミルナさんが語りかけ、そこでようやく闘技場の変化に気づいた。


 ステージ中央部に、いつの間にか司会者らしき人が立っていた。

 その人が色々と説明などをしてくれているがーー正直、周りから聞こえてくる声がうるさすぎて半分ぐらい何を言っているのか聞き取れない。


 頑張って聞こうとしているうちに、中心部に人が集まってきた。

 どうやら、彼ら彼女らが今回戦ってくれるメンバーらしい。


 選手たちが出てきたことにより、観客たちが少し静かになった。

 そのおかげで、やっと司会の言葉が伝わってくる。


 1人1人を司会が名前を呼んでいく。

 名前が呼ばれた直後は、客からのすごい声援が飛び交った。

 そして、それらが更に会場の雰囲気を盛り上げていく。


 呼ばれていく選手たち。

 熱狂する観客たち。


 いつしか、俺もそのうちの1人になっていた。


 少しずつ、期待が膨らんでいく。

 彼らが、どんな戦いをしてくれるのか。

 どんな物語を観せてくれるのか。


「さぁ! 今回はどんな奇抜な戦い方を見せつけてくるのかぁあ! 予測不可能の鉄人、ランチャス・ポレカータァァあ!!」


 旨を踊らせながら聞いていると、ついにあの名前が呼ばれた。

 そして、他の選手と同様の拍手と歓声が送られる。


 見た感じ、体つきはふくよかでお世辞にも戦いが得意には見えない。


 だが、実際に見て確信した。

 あの人……やっぱりどこかで見たことがある気がする。

 どこだ?


 必死にこれまでの記憶をめぐり、心当たりを探り出す。

 会ったことがあって、名前も聞いたことがあって、でも帝国にいる可能性のある人物ーー


「あ!!」


 ようやく思い出せたと同時に、かなり大きめの声を出してしまったーーが、幸いなことに客の歓声によりかき消された。


 唯一、隣に座っていた知らないおじさんとミルナさんには気づかれてしまったが、今は気にしないでおこう。

 知らないおじさんごめんなさい。


 一方、ミルナさんは不思議そうな顔でしばらく俺の方を見ていたが、俺が何事もないように観戦に戻ったので何か言葉を残して再び前を向いてしまった。


 ただ、声こそ聞こえなかったもののーー


「あとで私にも何があったか教えてよ」


 と口ではいっているようだった。


 だから、終わったら彼女にも教えよう。

 俺は、ここで戦う1人と実際に会ったことがあるのだ。


 やっと思い出せた。

 やはり話したこともあるし、さらに彼が運転していた龍車に乗せてもらったこともある。


 そう。俺が会ったランチャス・ポレカータは龍車の御者、タクシーで例えるところの運転手だったはずだ。 

 なぜ、こんなところにいるのか。

 そもそも、彼は戦うことができるのか?


 などと考えているうちにと、あっという間に選手たちは控え室へと戻っていき、いよいよ試合が始まろうとしていた。

 先程まで騒いでいた観客も今は固唾を飲んで試合を待っている。 


 そして、ようやく一通りの確認を終えた司会者が対戦相手の発表を始める。


 お、どうやら、俺が賭けたポレカータさんは1番最初に戦うらしい。

 彼がこの場にいる経緯はわからないが、戦えるということなんだろう。 

 ならば、俺も応援しよう。


 予選で対戦する相手が全て発表ところで、彼と対戦相手が広いコロシアムの中央へと出てきた。

 その姿を改めて確認し、決して見間違いなんかではないことを確信する。 

 間違えなく、あの時の龍車の運転手だ。

 どんな戦いを見せてくれるのだろうか?


 2人が距離を空けて睨み合い数秒。 

 そこで、ようやく司会から初めの掛け声がかかる。


 その瞬間に動きがあった。

 まず動き出したのは対戦相手の方だ。


 その大きく構えた大剣を片手で振り回し、ポレカータに向かって一直線に走る。

 魔法に頼らずともかなり速い。

 故に、2人の距離が縮まるのは一瞬のことだった。


 加速しながら振り下ろす大剣から、金属音が響いた。

 見ると、その体験を受け止めているのは2つの短剣ーー俗に言う双剣というやつだ。


 ポレカータがその短い腕を器用に突き出し、あの大剣による一撃を受け止めたのだ。


 これには、観客席も大いに盛り上がる。 

 俺も、簡単の声を漏らしてしまった。


 まさか、あの体格で使う武器が双剣なのか。


 一般的に、ゲームなどにおいて双剣はスピードに特化させたビルドで役に立つ武器のはずだ。 

 その常識は、この世界でも変わってないだろう。


 そこから、しばらくは魔法なしの攻防だった。

 対戦相手が振りかざす剣を、ポレカータが受け止める。

 その動きが互いに洗練されていて、俺を含む観客はどんどんその試合にのめり込んでいた。


 選手に賭けているからこそより臨場感が出て、思いが強くなる。

 だからこそ、そんな一回の攻防ですらこんなにも白熱してしまう。


 対戦相手のアクロバティックな動きに守りを固めている一方だったポレカータだが、ついに双剣でタイミングを合わせ、攻撃を弾いた。


 それを機に、彼の戦い方が大きく変わる。


 突如、使っていた双剣を相手へと投げたーーかと思えば、どこからともなく杖を取り出す。 

 そのまま対戦相手が完全に着地し終わる前に自身の下に魔法陣を発動させーー


「……え?」


 次の瞬間、会場は困惑の声で溢れた。

 対戦相手を応援する声も、ポレカータを応援する声もこの瞬間はなくなり、おそらく全ての観客が目の前で起きた光景を理解するのに必死だっただろう。


 ポレカータの体が、数倍の大きさになっていた。

 その身長は、観客席の最前列に迫る勢いだ。


 対戦相手も唖然としている。


 これは、なんだ?

 魔法ってこんなこともできるのか?


 慌てて魔法に詳しいミルナさんに解説を願ったが、彼女すらもその光景に見入っていて、何が起きたかを必死に考えているところだった。


 だが、試合はこれで終わりではない。 

 ポレカータはゆっくりとその大きな足で対戦相手へと詰め寄り、大きい手のひらに魔法陣を浮かべる。

 このまま、一気に仕留めるつもりらしい。


 ……いや、待てよ。

 

 なんで体を巨大化させたのに、トドメは魔法なんだ?

 その巨大化した腕を振るうだけで決着はつくはずなのに。


 ーーきっと、対戦相手も同じ思考に至ったのだろう。

 ポレカータの足元へと、その大剣を振り回しながら突進し出した。

 一か八かのアタックだ。


 その動きに反応し、魔法陣からも光が漏れ出す。

 だが、対戦相手の方が上手だった。

 

 走るスピードに乗りながら、剣を右手で後ろから思いっきり前へと振りかざし、あえてその剣で空気を切り裂く。

 剣を振った時の反動でさらに勢いをつけたのだ。

 

 さらにその瞬間に剣を左手に持ち替え、今度こそポレカータの足元へと狙いを定める。


 わずかな差だった。

 魔法が発動するのと、剣が振り下ろされる瞬間が。


 しかし、結局魔法が発動することはなく、代わりに何かが破れるような音がした。

 その瞬間、ポレカータの体が元の大きさに戻る。


「そこまで」


 審判により判断が下される。

 結果、やはりランチャス・ポレカータの負けであった。


 コロシアムでの戦闘は、相手に明確な一撃を与えることが勝利条件である。

 しかし、この先頭による負傷者は出ることがない。 

 それはなぜなのか。


 答えは、彼らの使っている武器にある。

 

 具体的にどのような原理になっているのかは公開されていないが、このコロシアムで使う武器には強大な一撃を身代わりにしてくれる機能があるらしいのだ。 

 逆にいうと、攻撃を喰らえば先に武器が壊れるわけだ。

 

 剣士なら剣が、魔法使いなら杖が。

 ちなみに、素手で攻撃するのは禁止されているほか、杖は該当者の魔力を一時的に吸い取るしくいらしいので武器が無くなった場合は攻撃手段がなくなるわけだ。 

 よくできている。


 とりあえず、痛々しくないのは見ていてもありがたい。

 もしも普通の殺し合いなのなら、絶対に俺は楽しめていなかった。 

 いや、そもそもこのシステムがなければこの国の名物となるほど発展もしていなかっただろう。


 試合は終わり彼は負けてしまったが、それでも観客席からは拍手や声が止まない。

 対戦あいてへの賞賛の声、ポレカータへの励ましの声、熱い戦いを見せてくれたお礼などと様々だ。


 俺の賭けは初戦で敗走が確定したが、それも今や大した問題ではない。

 それより、この素晴らしい戦いを見れて、本当に良かった。



 *********************



「いやー、惜しかったなー」

「やっぱり有名な選手ともあって、決勝まではいい調子だったんですけどね」


 結局、ミルナさんの賭けた人も決勝で敗退してしまった。 

 かなり惜しいとこまではいったのだが、あれに関しては優勝者があっぱれだったとしか言いようがない。


 賭け金は優勝者にしか入らないので、俺たちは2人して残念な結果ではあった。 

 それでも、あれらの戦いを見れただけでも満足度はかなり高い。


「そういえば、試合が終わっても帰らない人が結構いたんですけど、この後も何かあるんですか?」

「実はこの後にとある競技があるんだよねー。ほんとはそれも見たかったんだけど、今日に限ってそのチケットが売り切れでさー」

「そんな人気なんですか」

「人気ではあるけど、普段なら売り切れになるほどではないんだよね。だからまた明日来よっか」

「俺は帝国に何があるかまったくわからないんで、どこに行くかはお任せます。でも、このコロシアムでの戦いは最高でした。また来ましょう!」

「そうだよねー。私は戦うことはあんま好きじゃないんだけど、怪我人が出ないあの戦いは見てて迫力があるし、楽しいんだ」

「特に、最初の戦いとかびっくりしました。魔法ってあんなこともできるんですね」

「そうみたいだね。私も驚いちゃった。でも、流石にどうやってるのかまではわからないなー」


 互いに感想を語り合いながら帰路に着く。 

 この後に競技が始まるからか、来たときと比べて明らかに人が少ない。


「あ、ごめん。トイレ行ってくる。そこのベンチで待ってて!」


 話が落ち着いたところで、彼女はそう告げて公園へと走っていった。

 公園の中をよく見ると、少し離れた場所に公衆トイレがあった。


 さすが帝国。

 公衆トイレが設置してあるとか、かなり治安がいいんだな。


 王国ですら、まだ公園などでの公衆トイレ設置は実行段階まで行けていないらしい。そこからして、この帝国の発展具合が垣間見える。


 ……さて、暇になってしまった。

 俺はコロシアムにあったトイレを使えたが、思い出してみれば女子トイレには長い列があった気がする。

 かと言って、トイレの前で待っているのもどうなのだろうか。

 なんか配慮に欠けている気がするな。


 そう思い、とりあえず何かないか見渡した。

 正面に広い公園があるが、実はこの場所は高さにして建物の3階はありそうなぐらいの高所なのだ。 

 テキトーに階段や坂を降りてしまったら、簡単にはこの場所へ戻って来れなくなりそうだ。

 ……いや、それはこの階でも同じか。


 高低差すらも入り組んだこの場所は、まるで巨大立体迷宮にいるような感じだ。


 ーー大人しく待つか。

 

 今一度その結論に至り、彼女に言われた通りに道の端にあるベンチへと歩く。


「あいたた……」


 だが、そこには先客がいた。

 薄い桃色の髪を持つ、穏やかそうな少女だ。

 

 そんな彼女は、両手で足を押さえながらその目に涙を浮かべていた。

 足を怪我しているらしい。


「あの、大丈夫ですか?」


 その弱々しい姿を見てしまえば、放っておくことはできなかった。


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