第89話 遁走と終局
強さとは何か?
この世界に来てから、何度か考えることがあった。
力があることが強さなのか。
技術があることが強さなのか。
勝者こそが常に強いのか。
ここまで候補を出しといてなんだが、俺も強さが何なのか未だにわかっていない。
そもそも、不透明な基準を持ち出すのは良くない。
では一度、俺があった中で強いと思った人を挙げていこう。
ミルナさんにユカさん、そしてゲイル。
レイナは一旦保留しておく。
彼らは実力もあり、技術もある。
戦闘においてはうまく立ち回ることができる。
間違いなく強者だ。
だが、真にそう思った理由はそれではない。
俺が本当に強いと感じられたのは、このような状況で立ち向かうところを見てからだ。
俺が龍車でどうするか迷っている中、民衆が逃げている中、彼らは迷うことなく行動していた。
それは決して実力があったからではないはずだ。
誰かのために立ち向かう。
その姿こそが、俺の考えていた強さの答えかもしれない。
対して、俺には実力がない。
どうにか工夫し、頭を使い、偶然にも生き残ることができたただの一般人でしかない。
魔法も碌に使えず、剣ですらまともに当てられるかどうか。
きっと、俺が別れを告げた騎士の人も実際に戦うと強かったのだろう。
騎士団の入団試験は半年に一回、候補者で総当たりの模擬戦を行い、最終的に勝ち上がった数名のみしか入団できないらしい。
きっと、彼もそこで残ったうちの1人なのだ。
だが、どんなに戦うことが得意であってもその剣を振るうタイミングがなければ意味がない。
誰かを守り、誰かのために戦える、それが本当の強さだ。
彼は動けなかった。
そして、少し前までの俺も動けなかっただろう。
止まっていれば足は震えるし、逃げたくなるほど怖い。
どこまでも弱く、なんの役にも立たないであろう俺という存在。
たまたま勝ってきただけの場違いな存在。
わかりきったことだ。
俺は弱い。
完全なる弱者。
この世界じゃ、きっと相当な努力をしても彼らに並ぶことはできないだろう。
でも、せめて……心だけは強者でいたい。
彼らのように誰かを助けられるような、そんな。
誰かを救え、自身の願いを諦め内でいられるような、そんな強者でいたい。
……それにしても、どれだけ走ればいいんだよ。
元運動部だったとはいえ、長距離走は苦手だ。
この真っ直ぐな道の終点となる突き当りは見えている。
見えているが、全然近づかない。
どんだけ決意を固めたとしても、身体能力には限界がある。
こればっかりはしょうがない。
頼ってくれることは嬉しいいが、もう少し俺の体力のことも考えてほしかった。
かと言って、諦めるわけにも行かない。
苦渋の決断でペースを落としつつ、息抜きとして後ろを振り返った。
あの騎士はもういない。
きっと、俺が去ってからすぐにミルナさんを運んでくれたのだろう。
戦えなくとも、役割は果たしてくれるならそれでいい。
あんな別れ方をした以上、俺も役割を果たさないと次あったときになんて言われるかわかったものじゃないな。
できるだけ息を整えつつ、ひたすらに続く道を進んでいく。
いつの間にか、人の悲鳴は聞こえなくなっていた。
道に残された人だったものの残骸だけが道にある。
あの活気あふれた街景色はどこへ行ってしまったのか?
歩いていると人々の話し声が、店の前をあるといい匂いが、広場に目をやると魔法が。
そんな景色はどこへ行ってしまったのか。
少し目を話した隙に、変わってしまった。
……また、あの景色が見れるのだろうか?
進む距離が長いと、ついつい余計なことを思い出してしまう。
以前の景色が今の景色と重なり合い、悲壮感を強調させる。
この街にいたのはたかが数日。
それでも、こんなにも苦しいものなのか……。
剣はまだ抜かない。
片手に重心がよると、走りにくくなるからだ。
犯人は、戦うのではなくひたすらに逃げているようだった。
つまり、俺と同じできっと戦いは得意ではない。
それに、ユカから頼まれたことは、捕まえるではなく間に合わせろだった。
俺の役割は逃げ道を塞ぐこと。
ユカの思い通りに誘導できればクリアだ。
そこから予想するに、すぐには戦闘にはならない。
俺が犯人に立ち向かう時点で、強いと思わせることができる。
盛大なブラフ。
それが、この状況では大いに役に立つ。
少しでも時間稼ぎをする。
そうすれば、託すだけだ。
再び正面に意識を戻すと、やっとこの道にも終わりが見えた。
どうやら間に合ったらしい。
そこでふと、どの方向から追い詰めるのか気になって周りを見渡してみる。
ま、左右が家に囲まれているせいでどうせ見えないと思うがーー
……あ、いた。
予想に反して、その姿はすぐに見つけられた。
なぜならーー
「屋根の上であんな追いかけっこするか……?」
思わず、声に出してしまった。
それほどまでに現実離れした光景だったからだ。
暗めの衣装で身を包んだ犯人は家から家へと飛び移り、魔法を使って短時間浮遊し、煙突などの障害物を使って華麗に攻撃を交わしている。
そんな犯人に遅れを取ることなく着いていき、魔法と手に持った槍を起用に使って攻撃を仕掛けながら追いかける。
思っていたより立体的だ。
俺にどうにかできるのか?
……というか、追いかけてるのはレイナか!
ユカが仲間と言っていたから、てっきりゲイルがいるのかと思ったが、あの槍、そしてこの世界では珍しい茶髪は間違いなく彼女だった。
思わないサプライズがあったが、俺のやることは変わらない。
彼女たちを信じてここで待つだけだ。
レイナがいるのなら、俺があんな3Dな動きができないのはわかりきっているだろう。
だから、何かしらの策があるはずだ。
それを確認するためにも、その壮大な追いかけっこから目を離さない。
魔法陣を展開し、矢のようなものが犯人に向かうが、即座にかわされて家の屋根に刺さる。
すると、どこから出てきたのかいつの間にか矢に繋がっていたロープみたいなものを引き、レイナはきれいな孤を描くように屋根の斜面を下り、犯人へと急接近する。
その勢いのまま槍を大きく振り、攻撃を仕掛けた。
だがそれも、大きく上へと跳んで交わされてしまう。
それだけで終わらず、着地の瞬間に振り続けられている槍へと足を置き、勢いに乗っかり前に大きく跳んだ。
レイナの攻撃が逆に利用されてしまった。
犯人はその勢いのまま隣の家の屋根へと手を伸ばしーー
直後、急に魔法陣を目の前に展開させ、自身へとものすごい風量の風を一瞬にして発動させた。
そのまま、足場のなくなった体は落下していく。
家の屋根から、地面へと。
犯人がそんな行動を理由は、すぐにわかった。
まさに今、飛び移ろうとしていた家の上にユカの姿があったのだ。
レイナから逃げるのに必死なあまり、彼女の存在に気づけなかったのだろう。
高いところから落ちてしまい、犯人の姿が手前にある家に隠れてしまった。
だが、すぐにユカ、続いてレイナが飛び折れたことから、無事に着地して逃げ回っているのだろう。
そして、3人が向かっている方向はーー
来る!!
逃さないように、道の真ん中に立ちながら、指先に魔力を込める。
この世界の魔法は、必ず魔法陣が形成してから発動する。
そして魔法陣が出るタイミングは、発動場所の指定が完了してからだ。
つまり、位置の指定をしたまま魔力を外に流さなければ、魔法陣は出現したまま。
俺が実際に使おうとしている魔法はお話にならないような貧弱噴水魔法(今適当に名付けた)だ。
犯人の足止めすらできないだろう。
だが、なんの魔法かなんて関係ない。
重要なのは、魔法陣を展開すること。
相手に、ここを逃げ道と認識させること。
最後に、手にためた魔力を放出しないまま剣を抜く。
これでバッチリだ。
そして、聞こえる足音が大きくなりーーついにその時は来た。
薄汚れた暗いローブを着て、顔が隠れるくらいに深くフードを被った犯人が、俺の目の前に現れた。
やはり、動きが早い。
だが、もはやそれすらも関係ない。
犯人は、瞬時に状況を理解したのか、体の方向を90度かえて、残された道へと走っていく。
何もない行き止まりへと。
その行動を見届けた後、手に籠もった魔力を開放しながらその後ろ姿を追う。
待ち伏せをしたおかげで、2人よりも犯人との距離は近い。
それに、3人ならすぐに追いついてくれる。
俺は、剣を構えながら全速力で走り出した。
長距離走は苦手でも、短距離走は得意だ。
2人が屋根の上の戦いで時間を稼いでくれたおかげで、体力はある程度回復できた。
このチャンスを逃したりはしない!
その暗い後ろ姿を見逃さないようにしながら、全速力で追いかける。
ここで、ようやく犯人も逃げ道が無いと悟ったのか、目の前に建っていた家の扉を魔法で壊して中へと侵入する。
だが、無駄だ。
この家の窓は、格子で覆われている。
そう簡単に出ることはできない。
遅れて、俺も壊された扉をくぐった。
ゾンビがいたとしても、犯人が襲われるだけだ。
どのみち、もう逃げ場などない。
そう確信し、土足のまま上がり込む。
その瞬間、玄関に続く扉を犯人が締めた。
……無駄なことを!
閉まる隙間から見えた。
奴は、左にある小部屋へと入っていった。
きっと、俺が違う部屋に行くことに賭けて隠れたのだろう。
だが、運悪くそれを目撃していた。
もう逃げられない。
すぐに部屋の目の前まで行き、いつ襲ってきてもいいように剣を構える。
そして、ドアノブを下に下げ、その扉を開くとーー
予想していた攻撃はなかった。
切られることもなく、魔法が発動することもなく、何もなかった。
……そう。
何もなかったのだ。
俺が部屋に入って見えたものはーー
まるで、最初からいなかったかのように、犯人は忽然と姿を消していた。




