弟87話 兆候と示唆
「それで? 洞窟での冒険はどうだった?」
「本当に大変でしたよ。中で会った2人組の冒険者には殺されかけるし、レイナにも殺されかけるし」
「え!? レイナがミカワくんを!? ……後でめった刺しにしなきゃ」
「そんな物騒なことしないでくていいです! ……まぁ、完全に許せたわけじゃないですけど、結局、俺もレイナを刺しちゃったんでおあいこってことです」
「君さー、たった数日の冒険でなにが起こったのさ。それで、最初の2人はどうしたの?」
「なんやかんやあって、一緒に行動しました」
「ほんとに何があったの!? まー、とりあえずレイナには言っておくよ」
そう呆れながら、ミルナさんは剣を取り出した。
「じゃー、右はお願いするね!」
そう言い残して、彼女は前方へと走り去る。
前から来ているゾンビは3体。
その全てが、ミイラのような姿になっている。
左側には2体、右側に一体。
左側にいる方はどちらも腕が欠損しているので、彼女なら大丈夫のはずだ。
そして、俺が任された方にはほとんど肉がついていない。
というか、ほぼ骨だ
ゾンビというよりスケルトンだ。
関節が皮一枚で繋がっているような感じで、筋肉もあるように見えない。
それでも、俺がやることは変わらない。
今まで通り、素早く剣を振る。
すると、きれいに首に入り込んだ。
そのまま少しの抵抗があった後に、皮から剣が抜けた。
切り離された頭が落下し、頭蓋骨が割れた音がした。
遅れて、胴体も地面に倒れる。
「墓地はもうすぐ見えてくるはずだよ」
「なら、見えたら教えてください」
そして、戦闘とも言えないただの作業が終わったら、また進む。
……これに、慣れてしまった。
もっと重いものを手にかけてしまったからだろうか。
たくさんの命を奪ったからだろうか。
いつの間にか抵抗がなくなり、罪悪感も薄れていた。
この世界に来てから、ほとんど人としか戦っていない気がする。
どんな物語でも、最終的な敵は人であることが多い。
そして、俺が転移した原因も誰かにあるのだろう。
もし、そいつと出会った時……俺は俺のままでいられるのだろうか。
倒すたびに、なんだか感情がなくなっているようで、それがたまらなく怖い。
慣れても、薄くなっても、消してはいけない。
この感覚を。
もう、誰かを切りたくないんだ。
「ほら、見えたよ! みんないる」
「……」
「あれ? ミカワくん?」
「あ、いや、やっとですか」
彼女に言われ、やっと前へと目を向ける。
……なんというか、墓地というより広場だな。
墓標もなく、特に何もない草原のような場所。
どう見ても広場だ。
しかし、そこには十人あまりの騎士団が集合していた。
その中に、見知った後ろ姿もある。
「あ、セレシアさんだ」
「流石は団長と副団長、到着が早いね」
「え? 団長って?」
確か、セレシアさんの役職は副団長だったはずだ。
だったら、団長はーー
「ほら、セレシアの隣りにいる赤い髪の人。あれが私達騎士団の団長だよ!」
大柄で、真っ赤な目立つ赤い髪をもつ男。
彼からは並ならぬオーラが出ているようで、一際存在感があった。
たしかに、団長と言われれば納得する。
「それより、ここに騎士団が集まってるってことは……」
「そう。この奥が墓地。騎士団は、その手前にある広場に集まってるはず」
「やっぱここは墓地じゃないんですか。……ならなんで騎士団はここに集まってるんですか?」
「おそらく、使われた禁術によって半分近くの遺体がゾンビになったの」
「……はい」
「その中でも古い遺体はね、腐ったせいで足がなくなったりまともに歩けないものがたくさんあるんだ。そんな人達を1人ずつ倒すのは、あまりにも時間がかかるし危険もある。そこで、騎士団が打ち出した作戦はーー」
彼女の話を簡単にまとめるとこうだった。
前提として、ゾンビだけをころす魔法など存在しない。
そこで、周辺の生き物をすべて殺せる魔法を使うこととなったらしい。
そのために、まずは生存者の救出をミルナさん率いる救護隊が中心となってやっていた。
その間に、セレシアさんたち含む討伐隊は、魔法の展開をする。
今はその途中らしい。
近くまで来たので見てみると、地面には恐ろしく巨大な魔法陣が描かれていた。
しかも、さらに周りに線が足されていき、より大きくなっている。
どんな魔法を使うんだ?
「こちら救護班副長 ミルナ・ラーレスク、ただ今到着しました」
「へぇ、思ってたよりも早ぇな。ま、悪くねぇタイミングではあるか」
広場まで辿り着くや否や、ミルナさんは団長に報告しに行った。
一方、そんな団長の方はかなり口が悪く、普通に怖い。
俺だけでも離れてていいかな?
などと1人で考えているうちに、2人の話は進んでいく。
「首謀者は?」
「んや、共犯がいたのかすらわかってねぇ」
「決行までの時間は?」
「少なくとも20分はかかっちまう。よって15分後には撤退だ。それまでお前らは墓地周辺を調べろ。首謀者が隠れてるとしたらもうここしかねぇ」
「了解しました」
そして、彼女は団長の元を後にした。
いつも明るいミルナさんだが、こうして団長と話してると騎士としての凛々しさがあるな。
とりあえず、早く怖い団長様から離れよう。
と、ゆっくりその場を後にしようとするがー!
「お前か。異世界人っつう爆弾は」
「っ! ……は、はい。そうです」
「へぇ、ここに来てんのはちと予想外だったな。ま、思う存分見といてやる」
「何を……ですかね?」
「ちょっと考えりゃわかるだろ。言っとくが、お前は首謀者に疑われても不思議じゃない立場なんだからな? っつうわけで、活躍を期待させてもらうぜ」
……は?
俺が、首謀者だって?
そんなことするわけないだろ。
俺だって……
頭の中で全力で否定するが、彼の言っていることもまた事実だった。
あまりにも、俺という存在は怪しすぎる。
故に、この否定を口に出すわけにはいかない。
今は、我慢する時だ。
「ミカワ君が、そんなことするはずありません!」
「残念だが、決めるのは団長である俺だ。お前は上の命令を聞いておけばいいだよ」
そう言われ、彼女も引き下がる。
……彼女は俺のために訴えかけてくれたのに、何も言うことができなかった。
だが、彼女はそれを気にすることもなくーー
「大丈夫。私が君を犯人にしたりはしないから。さ、行くよ!」
と、笑顔で言い残してくれた。
そして、何事もなかったかのように走っていく。
……やはり、ミルナさんは強いな。
俺なんかとは違って。
広場から見える墓地は高さ1メートルほどの壁で囲まれていて、規則的に出入り口となる通路が空いている。
その内の1つから中へ入る。
ーー景色が変わったのは、それからすぐだった。
……薄々わかってはいたが、塀の中はひどい有様だ。
等間隔で建っていた墓石? のようなものはそのほとんどが倒され、破壊されている。
道の周りに咲き誇っていた花は何度も踏まれ、遺体が埋まっていたと思われる場所には、ちょうど人が入りそうなほどの穴が掘り返されている。
その上、所々に腕や指などという体の部位が落ちている。
……それだけなら、まだ良かった。
花畑の中、道の真ん中、墓石の上。
それらのあらゆる場所に、足や下半身が欠損した動く死体があったのだ。
残った腕で地面をひっかき、生きている人をくらおうと迫ってくるソレら。
片腕しか残っている四肢がなく、起き上がることすらできなくなったソレら。
中には、土から顔だけを出しているのもいる。
「私たちにはもう時間がない。ゾンビとの戦闘はできるだけ避けて。生存者が隠れてるとしたら、壊れてない墓標が並んでるところのはずだがら、そこを中心に!」
それから、ひたすらに探した。
墓地の中を2人で走り回り、いるかもわからない生存者を、ずっと探した。
だが、いるのはゾンビばかり。
たまに、ゾンビ化に失敗したのか、干からびたゾンビですらない死体が落ちていた。
途中、すれ違った冒険者にも聞いた。
「生きてる人はいましたか?」
「いや、見た限りではもう手遅れでした。僕はこっちを探しますので、あなた達はあちらをお願いします!」
思いの外広い墓地の中を、探し回って。
走って、走って。
ーービチャ
「なんだ? ……水たまり?」
地面にあった水たまりすら、気づかないほど必死に探していた。
……だが、この水たまり、何かがおかしい。
どう見ても、ただの水たまりじゃない。
「ミカワ君? それ……」
そもそも、ただの水じゃない。
赤と黒を混ぜたような、でも混ざり切っていないような、そんな液体だ。
しかも、かなりの異臭がする。
何かが腐ったような。
「……違う」
「え? ミルナさん?」
「違……う、そんなはずない! だって、だって……」
「ミルナさん!?」
「違うの。だって、そんな……。いや、いや!! やめてよ!」
「ミルナさん!!」
「やめ……、ちが……、おとーー」
最後にそう呟いたのち、彼女の口から吐瀉物が出た。
頭を抑えながらそれを吐き出して、苦しそうに悶絶して、
そしてーー
「ミルナさん!!」
彼女は、意識を失った。




