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誰もが憧れるこの異世界で、無力な俺は主人公になれない  作者: 赤め卵
三章 一度目を離すだけで、知っている景色は知らないものと化す
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第82話 救出と対価


 年齢はーー5歳ぐらいだろうか?

 少なくとも、小学生より幼いように見える。


 そんな少女が、あのゾンビから逃げ切れるはずがない。


 この世界に現れたゾンビは、おぼつかない足取りの不安定な歩き方をする割に足が速い。

 常に小走りぐらいのスピードならあるのではないだろうか?

 ゾンビのくせに速いなんて反則だろ。


 だが、今更そんなことを思ってもどうしようもない。

 かと言って、俺にできることも何もない。

 この距離ではとても間に合わない。


「ミルナさん!」


 だから、また彼女に頼る。

 だがーー


「私の魔法は、あんなところまで届かない」

「っ!」


 彼女の口から発せられたのはそんな期待を裏切る言葉だった。

 

「だから、ごめん」

「そんな!」


「ーー君に、お願いするよ」


 そう言って彼女は足を止め、魔方陣を出す。

 だが、何の魔法を使うんだ?


 ……ゲイルの魔法に見慣れていたせいで、あの遠距離攻撃こそが魔法の当たり前だと思い込んでいた。

 そもそも、人によって使える魔法は違うわけで。

 だから、きっと何か秘策があるのだろう。

 

 ただ、例え何があったとしても俺の取る行動は変わらない。

 少しでも間に合う可能性があるのなら、走り続けるだけだ。


 まだ、距離は遠い。

 それなのに、少女とゾンビの距離は近い。


 少女は、どうにかゾンビを振り切ろうとしているようだが、その遅いスピードだとそれも厳しい。

 何か、方法はないのか?

 もう、ダメなのか?


「ミカワ君、あとは任せた!」


 その声が耳に入ると同時に、体が軽くなった。

 重力が半減した感じだ。

 さらに、いつもよりも力が出る。


 ……支援魔法か。


 これなら!


 足が地面についた時、さらに力強く地面を蹴った。

 すると、驚くほど加速する。 

 通常の2,3倍ほど速く走れている。

 これなら100メートル走でギネス記録も更新できそうだ。


 これほどのスピードなら、ギリ追いつける。

 それに、ミルナさんに託されたんだ。

 元運動部の底力、見せてやる!


 少女は、迫り来るゾンビをどうにか避けながら俺の方に走ってくる。

 だが、長くは持たないだろう。

 

 どうにかヘイトをこっちに逸らしたいが、俺の魔法じゃ当然届かない。

 かといって、その辺に転がってる石を投げよう物なら少女に当たってしまう可能性がある。


 やはり、間に合わせるしかない。

 

 剣を抜く余裕すらないまま、ひたすらに走る。

 空気の壁を必死に突破し、呼吸を乱しながら走る。


 ゾンビはもう少女に追いつこうとしていた。

 そして、その腕を大きく後ろに振りかぶる。


 ーーあの腐った腕でも殴れるのか!


 あと、もう少しだ。

 この軽くなった体なら、いけるか?


 剣を抜く時間は残されていない。

 迷ってる時間すらない。


 やるしかない。


 体の体重を後ろ足にかけ、その反動で地面を蹴る。

 体が軽くなったおかげで狙い通り飛距離が出せた。


 その勢いのまま、今にも少女を殴ろうとしているゾンビの横顔に拳を突きつける。

 拳はそのまま肉に食い込み、骨の硬い感触が伝わってきた。

 そして、その威力に負けてゾンビはバランスを崩す。


 だが、それは俺も同じだった。


 今までやったことのない無茶なジャンプをして、無事に着地できるわけがない。

 それも、相手を殴った体勢だと尚更だ。


 着地に失敗し、ゾンビのすぐ近くの地面に叩きつけられた。


「お兄ちゃん!」


 ゾンビの肌なんて、絶対触りたくなかった。

 感触も気持ち悪かったし、なんか変な液体が付いた。

 あとめっちゃ臭い。


「お兄ちゃん! ゾンビが!!」


 ーーこの世界でも、ゾンビっていう言葉が使われてるのか。

 じゃあ屍とかで言わなくてもいいんだな。


 ぼんやりと、そんなことを考える。

 膝を擦りむいた。

 というか、地面に叩きつけられたせいで色々なとこが結構痛い。

 

 そのせいで、起き上がるのが遅れた。

 だから、気づけなかった。


 やっとゾンビの方を向いた時には、目の前に顔があった。

 目の位置には目の玉が入ってなく、口も閉じているのに歯茎が見えている。


 そんな顔が、尋常じゃなく大きく開けられた口が、俺へと迫っていた。


 ゾンビのバランスを崩してしまえば、少しの時間稼ぎになると思ったが……甘かった。

 奴らに、立ち上がる必要はない。

 ただ、人を殺せればいいのだ。


 だから、このゾンビは立ち上がることなく、四つん這いのまま近づいてきた。


 痛覚を持たないゾンビは、体に衝撃が走ったとしてもすぐに動ける。

 完全にミスった。


 ゴキブリのような移動で、開かれた口が迫り来る。

 ーー狙いは、首か!


 それがわかった瞬間、反射的に右腕を出す。

 

 痛みはすぐにきた。


 ゾンビの口に前腕を突っ込み、首の代わりに噛まれた。


「っ!!」


 その腐った筋肉の、どこにこんな噛む力があるのか。

 痛い。

 肌に歯が食い込む。


 だが、これで終わりではない。


 ゾンビに、体のバランスを取る考えなどない。

 故に起こるのは、支えとなっていた両腕での攻撃だ。

 

 四つん這いの状態で両腕を離そうとするものなら、どうなるかなど容易に想像できる。

 しかし、ゾンビ視点ではバランスを崩す前に俺を倒せればいいのだ。

 ソレは前に倒れながらも、腕は俺の頭を狙っていた。


 対して、俺の右手は齧られたまま。

 使えないどころか、そのせいで回避すらままならない。


 なら、できることはたったひとつだ。


 指先に魔力を集中させ、魔法陣を展開する。

 場所はもちろんーーゾンビの真下だ。


 龍車の中で、ゲイルに任意の場所に魔法陣を展開する方法を教えてもらっておいて良かった。

 それを、早くも実践する時がきた。


 魔法陣を展開した場所の一点を見つめ、魔力をそこへと流す…‥イメージをする。

 実際に流れているのかはわからないが、ゲイル曰くこのイメージこそが大切らしい。


 そして、発動させた。


 ゾンビの下から精一杯の風を起こし、ゾンビを吹き飛ばそうとする。

 だが、俺の少ない魔力と精度でそんなことができるわけもなく、ゾンビにかかる重力が少し軽くなっただけに終わった。

 ーー狙い通りに。


 1秒も続かなかったそのチャンスを、俺はちゃんと見極めた。

 風が起こった瞬間に右手に体重をかけながら力を入れる。

 そのまま、軽くなったゾンビの体を起こし、噛まれたまま押し返した。

 

 ただでさえ筋肉や内臓が腐り落ちているゾンビだ。

 加えて、支援魔法を施され、魔法も使って少しでも軽くした状態だ。

 俺程度の力でも、動かすことぐらいはできる。


 ゾンビは自身の推進力が俺の力に負け、その足を引きずりながら後ろに下がる。

 その隙に、俺は急いで立ち上がり剣を抜いた。


 噛まれていた右手には歯形がくっきりと残り、血も出ている。

 そのせいで、剣に力が入らない。

 ……これで倒せるだろうか。

 

 何度か戦ってわかったが、このゾンビたちは不死身ではない。

 切られた部位は復活しないし、普通に致死量の怪我を負えば死ぬ。

 

 だが、厄介なのはその致死量だ。


 まず、打撃系のダメージは入らない。

 さらに魔法の耐性もあるようで、燃やしたとしてもなんともなかったの如く動き回る。

 

 確実な手段は、首を切り落とすか、真っ二つに切り裂くこと。

 他にも方法はありそうだが、俺にできる範囲ではこの辺りだ。


 ……いけるか?


 失敗すれば、攻撃を喰らうのは俺の方だ。

 

 タイミングを合わせろ。

 力が入らないなら、速さで切れ。


 怯むことを知らないソレは、刻一刻と俺へ近づいてくる。


 ーーもう少しだ。


「ありがとーミルナ君! あとは私が!!」


 痛む腕を無理やり動かして剣を振ろうとした時、後ろから声がした。

 それを聞き、一気に緊張が解ける。

 

 次の瞬間、ゾンビの首が落ちた。

 肉の潰れる音と、骨の割れる音が鳴った。

 それと同時に、襲いかかろうとしていた体も倒れる。


「ありがとうございます。助かりました」

「君も、ナイスファイト!」 


 そう言いながら、ミルナさんは手を出してきた。

 あれだ。

 ハイタッチの構えだ。


 それに応えるべく、俺も右手を出す。


「イェーイ!」


 パチンと、いい音が鳴る。

 それと同時に、俺の右腕には激痛が走った。

 まだ、傷口からは血が出たままだ。


「痛っ! ……これ治してもらえますか?」

「あー、ごめんね」

「お兄ちゃんもお姉ちゃんもすごい!」


 会話に割り込んできたのは、助けた少女だ。


「大丈夫? 怪我はしてない?」

「うん。2人ともありがとう」


 その言葉で、少し痛みが和らいだ気がした。

 ……だが、助かった割に少女の顔は晴れていない。

 

 まだ、何かあるのか?


「お姉ちゃんたちが安全な場所まで送ってらあげるからね」

「……うん」

「この先にーー」

「あの! お願いです! お母さんを助けてもらえませんか?」


 少女の悲痛とも言える願いが、ミルナさんの言葉を遮った。

 

「まだ家にいるんです! ピンチなんです! 助けてください!!」


 嫌な予感がする。

 しかし、それは残酷すぎる。

 俺が諦めてどうする。


 ミルナさんの方を向くと、目が合った。

 そして、頷く。


 どんな状態でも、可能性があるのなら行くしかない。

 それは彼女も同意見のようだ。


「わかった。お姉さんが抱っこしてあげるから、道を教えてくれるかな?」

「うん。わかった!」

「ミカワ君、傷は治したから前にいるもう一体もお願いできる?」


 幸い、前にもう一体いるゾンビも腐って片腕が欠如しているーー手遅れな方だった。

 アレなら、俺にも切れるが……


 わかっている。

 このやり方には、限界がある。


 俺も、まだ可能性が残っている誰かを切る時がきっと来る。


 その覚悟をしなくては。


「わかりました」


 そんな俺の声が合図となり、走り出す。


 時間は残っていない。


 そして、俺が誰かを切らなければいけない時間も、きっと迫り来ている。

 

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