第81話 手段と救出
「ここまで来れば安全です」
「怪我は治しました。あとは西門まで進んでください。そこに避難を進めている騎士がいるはずです」
「わかりました。……なんとお礼を申し上げていいのやら」
「なら、どうか無事でいてください。それが、私たちの力になります」
「本当にありがとうございます。……もう、生きることを諦めていましたから」
そう語るのは、50代ぐらいの女性だ。
もちろん、俺たちはこの人のことを知らない。
この人は、この緊急時に急いで逃げようとしたところ、その焦りが原因で階段から転げ落ちてしまったらしい。
幸いにも命に別状はなかったものの、骨が折れていて動けない状態になっていた。
そんなときに、ゾンビたちにより窓が割られ……
ギリギリで間に合った。
あと少しで、この人も手遅れになっていた。
ミルナさん曰く、ゾンビたちが仲間を増やすには、その対象を殺す必要があるらしい。
俺の世界でコンテンツともなったゾンビのように、噛むだけでは何も起こらないらしい。
なにしろ、ゾンビ化するには対象に魔力を注ぐ必要があるのだが、注がれた魔力による魔法の発動は対象の死がトリガーになっている。
そのせいで、対象となってしまった哀れな人たちは、様々な方法で惨殺される。
武器で殺すのはまだいい方。
そのに落ちている石で何百回も殴打されたり、もっと最悪な場合は全身の肉を噛み千切られる。
ただ増やすために、殺される。
禁術ともなった死者蘇生。
だが、実際は蘇生でも何でもない。
ただの不完全な魔法だ。
あのゾンビになることこそが蘇生であり、
だから、死なないとゾンビにならない。
そのせいで、また人が殺される。
……だからこそ、禁術に設定されているのだろう。
この魔法をまき散らした張本人は、何を考えてるんだ。
国家転覆?
まさか……ただ人を殺すため?
いや、考えても無駄か。
埒が開かない。
こんなことを起こす犯罪者の考えていることなんて、理解できるはずがない。
「ミカワ君。あそこの建物!」
そう言って、彼女は指を指した。
その先には、酒場? のような古い木造の建築物があった。
……だが、問題はそこではない。
その古そうな扉に、ゾンビが2体が体当たりをしている。
片方は所々から骨が見え、両腕が付いていないほどに腐っている。
もう1体は……全身から血を流し、まだどこも腐っていない体だった。
「ミカワ君、左の奴切れる?」
「そっちだったら、どうかやれます」
左側ーーというのは、腐った屍の方だ。
急に永眠から起こされ、無慈悲にもやりたくないことを強いられているただの屍。
楽にしてないと。
そう思いながら、剣を抜く。
ゾンビたちは、どういう仕組みか人のいる方向を感知することができるらしい。
だから、人がまだ残った家の前では、扉や窓を壊そうとしているところを何回か目撃した。
例え異世界でも家はしっかり頑丈に作られていて、ただの体当たりや石の打撃でもビクともしない。
だが、それはあくまで新築の話だ。
何年もの間手入れされていないような場所だと、老朽化して耐久度が落ちている。
例えば、この家のように。
ーー腐った首の肉に、やわらかく剣先が入る。
そして、抵抗もなくあっさりと剣が抜けた。
支えの無くなった頭が、重力にならって落下する。
その生々しい音が、俺に罪悪感を与えた。
「ごめんなさい」
謝っても、どうしようもない。
だってこの人は死んでいて、生き返ることすらできなかった人だ。
解放してあげなくてはいけなかった人だ。
だが、人の形をしているだけで、心にくるものがある。
例え切られた時に声を発しなかったとしても。
例え意思が残っていないとしても。
前の冒険で、命を奪うこと自体は慣れた……はずだ。
なのに、こうも違うのか。
「じゃ、入るよ?」
聞こえてきたその言葉に頷く。
見ると、ミルナさんと戦ったゾンビは先程のように縄のようなもので拘束されて転がっていた。
……俺にもああいった力があれば、もっと人を救えたのだろうか?
「せーの!」
ミルナさんと同時に体当たりし、扉を無理やりぶち破る。
あのゾンビたちにはできない芸当だ。
「やっぱり、この古い木のドアじゃそう長くは持たないよね」
「それより、どこに隠れてるんでしょうか」
入って目に入ったのは、何本もの酒瓶とバーカウンター。
やはり、ここはお店のようだ。
「酔っ払いがいたらどうしようかな……」
「でも、この扉は一応鍵がしまってました」
「確かに。ここにいないってことは、やっぱりどこかに隠れてるみたい。お酒は回っていなさそう」
そう言いながら、バーカウンターの奥の扉を開ける。
「ここには鍵がないんだ」
特にバリケードもなく、あっさりと開いた。
その瞬間ーー
「おや、こんな時にお客さんかね? すまないが、今作れるものはこれで最後なんじゃ」
そう言いながら、手荷物コップに注がれたカクテル? を見せつけてきたのは、白いひげを生やしたおじいさんだった。
だいぶ年も取っていそうだ。
「私たちはあなたを助けに来ました。ここはもうだめです。一緒に逃げーー」
「わしの店はダメになどならん!!」
「ですが、ここにいると手遅れになります!」
「わしは……ここから逃げなどしない」
彼は、ミルナさんの提案を力強く否定した。
意地にになっているだけのようにも見えるが……
「でも、ここにいると死んじゃうんですよ!」
「何度言われても、わしはここから動かん」
そんな彼女の説得も、むなしく終わる。
やはり、どうしてもここを離れる気はないようだ。
彼女の役割が説得なら、俺がやるべきことはーー
「どうして、逃げないんですか?」
「……すまない。わしも言い過ぎたようじゃな」
そう言い、彼は手に持ったカクテルを地面と置く。
そして、次は俺の方を向いた。
「ここは、わしの夢なんじゃ。人生のほとんどをここで過ごしてきた。オーナーとしてな」
「…………」
「ここは、もうわしの人生の一部なんじゃ。この店が終わるというのなら、わしもここで終わりにしたい」
「それならーー!」
「それに、わしももう歳じゃ。避難所まで逃げる力も残っとらん」
「だから、私たちが運びます!」
「……気持ちはうれしいが、それはやめとくれ。こんな老いぼれを救うよりも、優先する命があるじゃろ」
「っ!」
思った通り、彼の意地ではあった。
だが、それは彼の覚悟でもあった。
この人を連れ出すのは無理だろう。
それに、彼の言うとおり、やるべきこともたくさん残っている。
「わかりました。なら、ゾンビが入ってこれないように、カウンターに置いてあった酒樽を扉の前に置いておきます。それで、全て片付いたらまた来ます。それまで生きていてください」
「フォッフォッフォ、わかってくれたか。次来た時は、わしの飛び切りをごちそうしてやろう」
「その時は、お願いします」
最後にそう言いながら、俺は来た方向へ戻る。
だが、ミルナさんは未だに動かない。
「この店は、そんなに大事なんですか?」
「ああ。わしの命よりも大事じゃ」
「……私には、その考えはわかりません。でも、今はその考えを尊重します」
そう言い残すと、やっと扉を出た。
そして、2人でカウンターに置いてある酒樽を押す。
「これ重いね。これなら大丈夫そーかな」
「それに、大きさも結構ありますし」
2人でも引きずるのが精一杯だったが、とりあえず扉の前までは持ってこれた。
これで、しばらくはあの人も大丈夫だろう。
……よく考えたら、自力で入って出られないような気もするが。
「じゃーミカワ君、次行くよ。あの人の言うことに乗っかるのは癪だけど……今は助けを待ってる人がいる」
そう言う彼女の顔には、いつもの笑顔が戻っていた。
……だが、気になる。
「まぁ確かに気持ちはわかりますけど……、俺はあの人の気持ちもわかりましたよ」
「でも、店は命があってこそなのに。それに、あんな命を投げ出す真似しなくても……」
確かに、価値というのは人によって違う。
命の価値も、物の価値も。
だから、俺には何が正解かなんてわからない。
……だから、俺はどちらも守りたい。
「っていうか、君にも言ってるからね? 会って早々に自殺なんて、もう絶対に許さないから」
「あれはーー本当にすいません」
「まーわかってるならよし、このまま墓地に進むよ」
そんなやりとりをしながら、酒場から出る。
墓地に近づくにつれ、ゾンビの数も増えてきた。
ここから見えるのはーー2体か。
……いや、違う。
奥の店の看板に隠れていたが、もう1体いる。
「ミルナさん、あそこの看板の裏に」
「いるね。……もしかして、子供?」
まるで、その答え合わせをするかのように、次の瞬間にそれが動き出した。
まっすぐ、俺たちの方へと向かってきている。
でも……
ゾンビだとしたら違和感を感じる。
子供だからだろうか? 他のやつと違って、走りが安定している。
すると、その少し手前にいたゾンビも、それに釣られてか不安定な足取りで走り出した。
ーーその子供に向かって
「ミカワ君! あの子!」
それと同時に、俺たちも走り出す。
あの子は、ゾンビじゃない。
まだ生きている。
その証拠にーー
「お兄ちゃん! お姉ちゃん! 助けて!」
そんな声が、小さく耳に入ってきた。




