第80話 屍と手段
ーーゾンビ。
それは、今やメジャーとなった1コンテンツでもある。
ゲーム、映画、アニメと、挙げればキリがない。
意思が残っているのかもわからないまま、目の前にいる人へと襲い掛かる。
移動速度自体は速くないが、数という武器を使って人類を脅かす。
……最近の映画では走ってきたりもしているが、一旦それは置いておく。
しかし、世界中を恐怖に陥れた真の武器は、残念なことに数ではない。
彼らの最大の武器ーーそれは、圧倒的なまでの増殖力だ。
ウイルス、細菌、その原因となるものを噛んだ相手に移し、噛まれた相手もゾンビへとたちまち姿を変えてしまう。
そうやって、指数関数的に増えていく。
俺はそれを知っていた。
ーーなのに、なんで気づけなかったんだ。
……いや、気づいていた。
だけど、まさか本当にそんなことはないだろうと、考えないようにしていた。
俺には、さっきまで生きていた彼らをゾンビとは思えなかった。
時間はない。
ここに閉じこもっていても、未来はない。
皮肉にも、そんな現実逃避がこの状況を生んだのだ。
再び大剣が扉を突き抜け、穴が広がる。
この扉も長くは持たない。
とりあえず、他にバリケードになりそうなものを探すが、残された木箱は1つだけ。
しかも、そこには一杯に鉄鉱石が入っているせいで重すぎて動かせない。
つまり、俺に残された道は1つだけ。
戦わなければいけない。
大剣を振りかざしているといっても、そのスピード自体は速くない。
戦略や技術もなく、むやみやたらに降っているだけだ。
だから、対応はできるはず。
ーー洞窟で戦った敵の方が、何倍も速かった。
そして、扉を突き抜けていた剣先が、バリケードにしていた木箱に当たった。
その拍子に中の石炭が砕け散る。
辺りに黒煙を撒き、視界が少し悪くなった。
だが、そんなことを気にしている余裕はない。
ーー洞窟の中は、もっと視界が悪かった。
ソレが剣を振るのをやめ、広がった穴に片足を突っ込んだ。
そのまま体をねじ込み、扉はバキバキと言いながら半壊する。
もちろん、ソレにも扉の破片が肉に食い込み傷を作るが、効いてる様子がない。
どうやれば倒せる?
通りに転がっていたソレらは、もはや生命活動ができないほどバラバラにされていた。
心臓を刺しても、止まってくれるかわからない。
なにせ、こちらはおそらく噛まれるだけでも終わりなのだ。
より確実な手段でないと、死ぬのは俺だ。
扉を塞いでいた石炭の入った木箱も、バリケードの役割まではできずにあっさりと乗り越えられた。
そして、俺へと向かって剣を振り上げる。
尚も、その足は止まらない。
ーー今だ!
その瞬間、俺もずっと握っていた剣を突き出す。
そしてーー
高い金属音が部屋中を響いた。
今も、大剣の重さが腕にかかる。
だが、思った通り感じるのは剣の重さだけだ。
体重も、重心すらもかかっていない。
ーーレイナの剣の方が、もっと重かった!
こんな振り下ろしただけの剣に、負けるはずない。
さらに右手に力を入れ、剣を押し出す。
金属のこすれる嫌な音がしたが、耳には入ってこない。
そして、敵の大剣をーー押し返した。
押し返されたソレは、その不安定な足取りも加えバランスを崩す。
俺の目の前で背中から倒れ、握っていた剣も手を離れた。
チャンスだ。
この好機を逃すわけにはいかない。
俺は、再び剣を構える。
そして、ソレへと向かって振り下ろしーー
「ーーヘーイ兄ちゃん、なんかお困りかい?」
っ!!
「ーーなーるほどなぁ、兄ちゃん! 戦いってのはそんな甘いもんじゃあないぜ?」
頭に浮かんだのは、おっちゃんとの会話。
タッタ数回の、会話だ。
考えちゃダメだ。
もう、あのおっちゃんは何処にもいない。
ソレは、もう違うものでしかないんだ。
そう言い聞かせても、ソレの手前で止まった剣が動かせない。
早くしないと、このチャンスが無駄になる。
「クソっ……なんで、こんな……」
耐えられなかった。
見ず知らずの誰かならまだしも、目の前にいるのはあのおっちゃんと姿形そのままなのだ。
だから、剣も仕舞わずに走り出した。
逃げ出した。
倒れ、もがいているそ ソレを飛び越え、壊された扉を抜けて階段を駆け上がる。
……俺には殺せない。
それでも、出来るだけ足止めできるように扉を全て閉めていく。
別の部屋の扉も閉め、店の入り口までの道を確保する。
必死に走って、出口を目指す。
幸いにも、後ろから足音は聞こえてこない。
そして、外の光が見えた。
ーーこの店から出たらどうしよう。
ここに人を呼んでくるか。
それとも、レイナと合流するか。
……もういっそ、逃げてしまおうか。
結局、俺は足手纏いのままだった。
きっと、誰にも必要とされていない。
……とりあえず、外の様子を確認したい。
それから考えよう。
周辺にも、ゾンビがいるかもしれないしな。
ようやく、武器が撃っているところまで戻ってきた。
短いのに、地獄のような時間だった。
これで、やっと外に!
「あれ、ミカワ君じゃん!」
「え? ミルナさん!?」
武器屋の外にいたのは、完全に想定外の人物だった。
「よかったー、無事だったんだ。てっきりまだ帰ってきてないと思ったんだけど」
「まぁいろいろありまして。それより、何が起きてるんですか?」
「わかった。簡単に説明するね」
そう言うと、笑顔だった彼女の顔が真剣な眼差しに変わった。
「さっきあった爆発、あれは聞いた?」
「はい」
「あれより少し前から、墓地に眠ってた人たちが突然墓から出てきたの。しかも、生きてる人たちを襲ってる」
「やっぱり、墓地からなんですね」
「そう。そのせいで数も多い。だから私たち騎士団は、こうやって討伐して回ってるの」
「なんで突然こんなことが?」
「詳しいことはわからないけど、多分あれは……禁術魔法ーー死者蘇生」
「禁術!?」
「いろいろ考えたけど、やっぱこれしか考えられない。だからこれは、誰かの手で引き起こされてる」
「それじゃあーー」
ーーバキッ!
そんな俺たちの会話を、一つの音が遮った。
見ると、武器屋の奥の扉から剣が突き出ている。
「まさか、こんな早くに!」
「ミカワ君、アレって」
「はい。……もう、手遅れでした」
「……そっか。ここは私に任せて」
そう言って、彼女は扉の前まで向う。
変わらず、ソレは扉を開けられないようで何度も何度も剣を下ろしていた。
「ーーーー」
そして、詠唱と同時に扉に魔方陣が刻み込まれる。
次の瞬間、扉ごとソレが奥へ吹き飛ばされた。
すかさず、2つ目の魔法時を空中に出現させる。
すると、そこから縄のようなものが飛び出した。
すぐにその縄はソレの体に巻き付き、拘束する。
最後に、魔方陣を展開させたままポーションのようなものを取り出しーーソレに向かって投げつけた。
ポーションはソレの足元で割れ、それと同時に魔法陣の光も消えた。
結果、ソレに巻き付いた光縄のようなものだけが残った。
これで、動きは封じられた。
さすがに騎士団に所属しているだけあって、強い。
一瞬だった。
「よし。じゃー、しばらくおとなしくしててね」
そう言うと、全てが終わったかのように俺の元へ歩いてきた。
「とどめを刺さなくて、いいんですか?」
「物騒だなー、君。その辺の腐り切った屍ならともかく、彼はまだ助かるかもしれない。だから動きを封じるだけでいいの」
「助かる方法があるんですか!?」
「わからない。でも、可能性がある限り、殺すことなんてできない」
……勝手に諦めていた俺とは違う。
彼女は、決めつけることなくまだある可能性を信じていた。
「そうだ! ミルナ君も手伝ってよ」
「え!? いや、でも、俺はゾンビになってたとしても、人を切るのは……」
「それでいいよ。この奥から来たってことは、彼と戦って、でもとどめは刺さずに来たんでしょ」
「……まぁ、確かにそうですけど」
「なら丁度いいや! ……さっきは討伐しに来たって言ったけど、本当の役割は違う」
そう言いながら、彼女は俺に手を差し伸べてくる。
ーーあの時のように。
「私たちがすることはーー人助け。 残された人たちを救いに行くよ!」




