第79話 変化と屍
再び大通りに出ても、逃げていく人の数は変わらなかった。
だが、たまに別の方向に走って行く人を見かける。
俺と同じ冒険者なのだろうか?
……それとも、
向かってくる人を避けながらしばらく走った後、ようやく見たことのある景色が見えた。
確かここはーー
レイナが住んでいた場所の近くだ。
このあたりは、出鱈目な地図で迷ったおかげで、何となく覚えている。
幸いにも、まだゾンビはここまで来ていない。
レイナは、墓地から来た可能性があると言っていた。
一体墓地がどこにあるかは知らないが、ゾンビが来ていた方向を考えると……
「急がないと」
もはや、ここまで到達されるのは時間の問題だった。
武器が無いと、俺も逃げる一般民衆と何ら変わりない。
この状況で、戦える人は限られている。
……記憶だと、ここを曲がれば残りはまっすぐだ。
この大通りは、城から枝分かれしたように作られている。
そのおかげで大体どこを通っても城まではいけるが、どこも同じような道なのでわかりにくい。
そのうえ、長く続いているため見通しが悪い。
この状況であればなおさらだ。
ーーだから、近づくまで気づけなかった。
この人だかりの奥、そこにはすでに剣を握って戦っている人がいた。
相手は、もちろん屍の集団だ。
道の所々に、血だまりと肉塊、そして新しいと思われる死体が落ちていてーー
俺は、そんな景色からできるだけ目を背けながら進んだ。
あの爆発からそんなに時間は経過していないはずなのに、すごい広がり方だ。
まさかウイルス?
リアルバイオハザードなのか?
……いや、あの時、レイナはゾンビと爆発には関係がないと言っていた。
今は、結論を出すときじゃない。
どれだけ被害を押さえられるかの戦いだ。
だが、俺の知っているゾンビとは決定的な違いがある。
あの屍は、武器を使って冒険者と戦っていた。
肉も腐り、筋肉すらあるかわからない状態なのに、剣を振っているのだ。
これは、遠目から見ても見間違えなんかじゃなかった。
あれは本当に、死んでるのか?
思わず、そう疑ってしまう。
ゾンビとスケルトンが合体したような、そんな感じだ。
ーービチャ!
前の景色に気を取られすぎて、足元にある水たまりに気づかなかった。
反射的にそこを見るとーー溜まっている液体は赤かった。
血の水たまりだ。
あの腐った屍からはこんな鮮やかな色の血液なんて出ないはずだ。
ということは……やはりそういうことになる。
その血の持ち主と思われるものは、パッと見た限り見当たらない。
無事なのだろうか?
進むにつれ、そういった痕跡が増えていく。
もう、こんなところまで広がっているのか……。
ーー早く、
ーー早くしないと!
すれ違う人も、だんだんと少なくなってきた。
道の先では、誰かもわからない人達が戦っている。
この騒動の深部に入りこんでいる証拠だ。
ここでやっと武器屋の看板が見えた。
この周辺に、未だ生きているゾンビは見えない。
……間に合ってはいない。
現に、この大通りにはすでに数人分の死体があるのだから。
だが、勇気をもってゾンビを倒して倉田人のおかげで、ここまで辿り着けた。
あとは、その見知らぬ誰かのように俺も……
あの屍は、きっと昔生きていた誰かなのだろう。
だが、今は魂もないまま彷徨うモンスターだ。
殺すんじゃない。
解放するんだ。
操られている『何か』から。
レイナに向けた剣とは違う。
あれの方が重く、苦しかった。
人を刺すのとはわけが違うんだ。
だから、突然死の眠りから起こされた人たちを解放してあげよう。
そして、強く拳を握りながら速度を上げた。
もう目と鼻の先にある。
レイナと行った武器屋。
たった数日前のことなのに、ずっと前のことのように思えてしまう。
武器を選んで、防具を買って。
あの時は、まさかあんな大変な冒険になるなんて思ってなかったな。
そういえば、あの武器屋のおっちゃんは店にいるのだろうか?
……いや、さすがに逃げてるか。
もしかすると、この先でゾンビと戦っているのかもしれない。
非常時なんだ。後でお金を払えば、今勝手に使っても許してくれるよな?
そんな場違いなことを思っていたら、ようやく辿り着いた。
長く走っていたせいで、息が乱れる。
口内には、微かな苦みが広がる。
武器屋は、前来た時と同じように開いていた。
だが、当然カウンターに人の姿はない。
「泥棒してるみたいで、なんか申し訳ないな」
時は一刻を争うのだ。許してほしい。
そして、中に入ってすぐに剣のコーナーに向かう。
俺が使ってた剣は確か……
「あった!」
剣売り場の端の方。
そこに、俺が使っていた剣が置いてあった。
てっきり売り切れのままかと思ったが、在庫が追加されていて良かった。
次会った時には、あのおっちゃんにお礼を言っておこう。
剣を手に取ると、初めて触った時よりも手に馴染んだ。
僅か数日だけだが、使った跡と前では当然感想は変わってくるものだ。
「これで、戦えーー」
ドンッ!
突如、奥の扉から音がした。
何かがぶつかる音が。
……。
「……誰かいるんですか?」
そう尋ねてみても、答える声は聞こえない。
逃げ遅れた人がいるのか?
だが、そうだとしたら声が聞こえないのはおかしい。
…………。
恐る恐る、扉へと近づく。
見る限り、鍵穴は見当たらない。
剣を右手に持ち、左手でドアノブを持つ。
そして、扉を開いた。
「誰かいますか?」
その声は、震えていたと思う。
この扉の先は、もう未知の世界なのだ。
だが、開けてみると何の変哲もないただの廊下だった。
まっすぐ続く廊下の先は、地下に降りるための階段がある。
しかし、問題は階段の手前にある扉だ。
左右にひとつづつ、計2つの扉がある。
きっと、音の出どころはこのどちらかだ。
ここで引き返すことも考えたが、何らかの事情で声が出せなくなっている人がいるかもしれない。
そう思うと、確認しないわけにはいかない。
先ほどと同じように、剣を構えながら右側にある扉を押す。
だが、押してもびくともしない。
「あ、これ押すんじゃなくて引くのか」
蝶番のない異世界の扉に苦戦しながらも、ようやく開くことができた。
ーーだが、それが間違いだった。
扉を開いてまず感じたのは、鼻を突くような腐敗臭だ。
そして、遅れて目に映ったのはーー
「おっちゃん!?」
スキンヘッドで大柄な男。
その後ろ姿を見るだけで、以前に会ったあのおっちゃんだとわかった。
よく見ると、おっちゃんの足元には腐敗しきった肉塊がいくつか転がっている。
この匂いの元はそれらしい。
だが、明らかに様子がおかしい。
おっちゃんは、大剣を何度も何度も壁に振りかざしていた。
壁は抉れ、貫通こそしてないものの巨大な穴が空いている。
その行動は、ここから強引に出ようとしているようにも見えた。
こんなの、まるでーー
「ゾンビ、じゃないか」
そんな俺の呟きに反応し、おっちゃんが振り向いた。
それで、疑念は確信となる。
ーーあれは、もうおっちゃんではなかった。
体には深い傷がいくつもあり、未だに血が流れている。
あんな傷で、大剣を振れるわけがない。
そして何より、目が黒かった。
何かで塗りつぶされたかのように、瞳は黒一色で……
それは、床に転がっていた肉塊と全く同じものだ。
俺のことを認識したソレは。
安定しない歩みで俺へと近づきーー
その大剣を大きく振りかぶる。
狙いは、俺以外にいるはずない。
現実を受け止めるよりも先に、反射で体を動かしていた。
そう。条件反射で、だ。
だからこそ、先程のミスが仇となった。
この扉は手前に引いて開く。
そして、開ききったそれは、入口へとつながる通路を完全にに塞いでいた。
いつものように、冷静に思考できていたら扉を閉じてから逃げていた。
なのに、この不意打ちで思考が働かなかった。
一瞬の現実逃避が、この状況を作ってしまった。
けれど、それを悔やむ時間などない。
反射的に廊下へ出た後、向かいにある扉に手を掛ける。
ゾンビからしたら、ドアに体重を掛けるだけで部屋から出れたのに、それをしなかった。
つまり、アレは扉を開けられない!
しかし、その扉は押しても引いてもビクともしない。
ーーっ!!
「クソ! この欠陥住宅が!!」
意味のなさない愚痴を叫び、残された最後の逃げ道となった階段を急いで下る。
すると、階段の先にはまた扉があった。
後ろからは、異様なほど大きい足音が聞こえる。
近づいてくる。
迷ってる暇もなく、扉に全体重をかける。
さっきの扉と反し、今回は簡単に開いてくれた。
その直後、後ろの足音が途絶えた。
ーーいや、違う!
ドサッ!
俺のすぐ後ろに、ソレが落ちてきた。
あんな不安定な歩き方で、階段を降りれるわけがない。
だから、踏み外して落ちてきたのだ。
そのせいで、俺との距離は一気に縮まった。
ソレが起き上がってるうちに部屋に入り、急いで扉を閉める。
入った部屋は鍛造部屋らしく、鉱石や炉が置いてあった。
だが、部屋自体はそこまで大きくはない。
入られたら、戦いは避けられない。
「おっちゃん……」
アレは、間違えなくおっちゃんだった。
あの時話し、武器についてのアドバイスをしてくれたあのおっちゃんだ。
おっちゃんを、殺すのか……?
俺は、切れるのか?
……いや、今はそんなことより!
周りを見渡し、バリケードになりそうなものを探す。
すると石炭らしき物が入った木箱が目に入った。
すぐにそれを引きずり、扉の前まで持って行く。
すると、扉から軋む音がした。
アレが、体当たりしたのだろう。
間一髪だった。
それから、数回扉が軋んだのち静かになる。
……諦めたのか?
けど、あんな歩き方で階段を登れるとはとても考えにくい。
待ち伏せする気だろうか?
ーーバキッ!
嫌な音がした。
見ると、扉から剣先が出ている。
するとすぐにそれは引っ込み、
ーーバキッ!
再び、大剣が扉を突き破った。
は?
「…‥嘘、だろ」
剣が抜けた穴からは、ソレの姿が見える。
ソレは、血だらけの腕で何度も扉へ剣を振りかざしていた。
この扉を壊すため。
ただ俺を殺すことだけを目的として。
突破されるのも、もはや時間の問題でしかなくなった。




