第77話 出口と再会
「到着いたしました! 第1大橋前になりまーす!」
その言葉が耳に入り、竜車が止まるや否や勢いよく扉を開けて飛び降りた。
そして、見覚えのある景色の中を全力で走り出す。
「ああ! ちょっと、お客さん!!」
「いい。俺が払う。だからこの後も契約通りにーー」
すっかり頭にはレイナのことしかなかったせいで会計を忘れていたが、聞こえてくる感じだとゲイルがどうにかしてくれたらしい。
これで、何も気にせずに向かうことができる。
……道は、しっかりと頭に入っている。
場所もわかる。
あとは、そこをどれだけ速く辿ることができるかの勝負だ。
ーー彼女は、本当に無事なのか?
ーーレイナは、待ってくれているのか?
ーーそもそも、本当にここにいるのか?
もしも、俺たちのようにどこか違う遺跡に飛ばされていたら……
いや、それだけじゃない。
万が一、地球に飛ばされでもしたら……
俺が戻れなかったからと言って、彼女たちが地球に行かない保証はどこにもない。
しかも、転移の法則すらわかっていないのだ。
例えば、太平洋のど真ん中に飛ばされていたら……
想像しただけでも悪寒が背筋を通り呼吸が乱れる。
そこでようやく考えるのをやめた。
ただ、頭の中はまるで呪文のように彼女が無事であることだけを祈り続ける。
運命でもなく、神にでもなく。
ただ、誰に祈るでもないが唱え続ける。
そうでないと、この足が止まってしまう。
疲れ果て、緊張のあまり倒れてしまう。
ーー彼女の安否を確認すること、それが今や恐怖にも似た感情にもなっていた。
レイナなら、おそらくこのぐらいの時間があれば脱出できる。
しかし、逆に言ってしまうとーーいなかったとしたら、何か予期せぬ悪いことがあったと思うしかない。
その上、もう一度洞窟に潜る体力も残っていない。
その場合、俺は彼女が命の危機に瀕しているなのにも関わらず、見捨てる以外の選択肢がないのだ。
ここでも、己の無力さを呪う。
何もできず、中途半端な自分を呪う。
追い詰め痛めつけ呪う。
そして、その俺が俺に対する憎悪で作った呪いを今かけている。
脇腹が痛くても走り続け、疲れのあまり足の感覚がなくなってくるほどに体を動かす。
この憎い体を酷使する。
何もできなくても、せめてこのぐらいはやってもらわないと困る。
記憶だと、竜車が止まった場所からはそこまで離れていなかったはずだ。
歩いてきた道。
それらを通り過ぎる度に、彼女との何気ない会話が頭をよぎる。
遺跡のことを聞いた。
生き物のことを聞いた。
オトギバナシのことを聞いた。
なのに、彼女のことは何も聞けてない。
聞いても、答えてくれなかった。
……今なら、答えてくれるだろうか?
殺されかけて、殺しかけて、いつの間にか離れ離れになって。
それから、会っていない。
俺たちの溝は、多分深まってしまった。
だからこそ、知りたい。
彼女のことを。
俺にとって大切な人、悠菜を思わせる彼女のことをーー
走り、走り、走り続ける。
こんなに走っても未だスピードが落ちていないのは、我ながらすごいと思う。
脇腹は痛むのに、息は続く。
今、持久走の授業を受けておいて良かったと本気で思った。
それほどにこの道のりは俺にとって長い。
だが、ゴールは確実に近づいてきている。
その証拠に、地面との衝撃を微かに吸収していた草原特有の感触がなくなり、無機質な岩とも土ともとれない地面に変わっていた。
それは、第4という難易度の高い場所でも変わりなくかかっている大橋だ。
半分無意識で走っていたせいで、気づくのが遅れた。
……だが、ここまで来たのならもう少しだ。
橋を渡り切り、そこから先は一瞬だった。
数々の木を通り越し、林を抜き、森の中を進み続け、ようやく視界に入った。
ここまで来れば、もう時間はいらない。
やっと出た。
洞窟の前に。
そして、そこを中心に人影を探す。
すると、案外すぐに見つかった。
入り口のすぐ横で、髪の長い誰かが後ろを向いて座っている。
だが、木の影が邪魔をしていてその姿がはっきりと見えない。
思わぬ邪魔に舌打ちを打ちながら、慎重に進む。
人がいても、まだ彼女かどうかわからない。
盗賊などの可能性も残る。
だから、音を立てないようにその姿をじっと見る。
そうして、少し進んだところで気づいた。
よく見ると、そこには2人の人物がいる。
片方は俺が見えていた洞窟の方を向いている人物だが、もう1人の方は洞窟の壁に寄りかかっている。
そして、結果的には俺の方を向いている。
発見が遅れたのは、その寄りかかっている人物の真正面にもう1人が立っていたからだ。
どうやら、その人物が寄りかかっている人物に何かをしているらしい。
もし、あれがレイナだったらーーと焦りたくなる気持ちはあるが、冷静にかつ慎重に進んでいく。
それに、あの後ろ姿は見たことがある。
……。
想像は、実際に確認するまでは想像でしかない。
だが、俺にはそうとしか思えなかった。
自然と足が速くなり、心臓の音が大きくなる。
これから俺が誰を見たとしても、それが紛れもない真実だ。
その結果を、受け止めなければならない。
近づく度に、その2人の姿が鮮明になっていく。
木の影が
…………。
「えっと、何してるんですか? ユカさん」
「わー驚いたなぁ。少年久しぶり」
「近づいてるの知ってたようにしか思えないんですけど。めっちゃ棒読みだし」
「いや? 誰かが近づいてくるのはわかってたけど、まさかそれが少年だったとは。ところでなんで洞窟から出てこなかったんだ? 流石に見逃すはずはないと思うんだけど」
「それより……レイナは大丈夫なんですか?」
「あぁ、これ? これは寝てるだけだから安心しなよ」
「じゃあ、この顔は大丈夫なんですか?」
「外出中にぐっすり寝るのが悪い。警戒を怠った罰だよ。……休憩で寝られて、私だって運ぶの大変だったんだぞ?」
「なるほど。じゃあその筆貸してください。俺も描きます」
「そうこなくっちゃ! ほれ」
俺に対して背を向けていた人物、その正体はやはりユカさんだった。
そうなると、洞窟の壁に寄りかかっている人物は1人しか考えられない。
無防備に眠り、その普段の様子とは似つかない可愛い寝顔を晒しているのは、レイナだ。
ファミリーネームなのかファーストネームなのか未だはっきりとしない彼女こと、レイナがそこにいた。
胸が膨らみ、その少し開いた口から空気が出入りしているので生きているのはすぐにわかる。
そんな彼女の顔は、墨で落書きされていた。
目周りをぐるっと一周し、鼻先も黒くされている。
その可愛い顔が少しアホっぽく、しかし逆にそれが彼女の硬さを和らいでいた。
だが、気になるのは……
「なんかその寝顔、ちょっと歪んでません?」
「そう?」
「なんか苦しそうというか……」
「あはははは! センスあるな、少年」
俺が言い終えると同時に、握っていた筆で落書きを描き終えた。
彼女の口の上に、山と谷が連なった髭を。
……流石に会話の途中に書くんじゃなかったな。
「おい、何やってんだ? お前ら」
「おーゲイルじゃん! 会いたかったよ! そんな私は今落書きをしてる」
突然後ろから聞こえた声に、すぐさまユカが答えた。
「……聞き方が悪かったな。なんで人の顔に落書きしてるんだ?
「いや、そんなのこんな安全が約束されてない場所でぐっすりと寝る方が悪いだろ」
「にしては気持ちよさそうには見えないんだが」
「ーーそんなことよりゲイルや、アレはちゃんと持ってるか?」
「ああ。それは大丈夫だ」
「良かった。あの後ゲイルが落ちちゃったから不安だったんだよ」
俺が出る間もなく、会話が進んでいく。
まぁ、離れ離れになっていたのは俺だけじゃないんだ。
とりあえず、彼女を起こそう。
流石に気絶とかじゃないよな?
思えば、俺は彼女が寝ている姿を見たことがない。
当然と言えば当然だが、こうやって気を抜いてること自体が珍しい。
……やはり、何かあったのだろうか?
そう思い、俺が肩を揺すろうとした時
「寝かせてやりな。レイも相当疲れてる」
「え、レイってレイナのこと?」
「何回名前を聞いてもレイナしか答えてくれなかったからな。ま、そんな珍しいことじゃないけど」
「じゃあそろそろ出発でいいな? 竜車は取ってある」
「さっすがゲイル! で、2人はなんでそっちから来たの?」
「聞きたいならその子を持ってくれ。寝かせろって言ったのはお前だからな?」
「えぇ、この口の悪い生意気なのを?」
すると、彼女の目が俺の方を向いた。
咄嗟に、目線を逸らす。
「いる? 今なら触り放題だぞ?」
「俺の場合どこを触ろうが多分殺されます」
「うーわ、めんどくさい」
そう言いながらも、ユカはレイナを起こさないように持ち上げ、お姫様抱っこで歩き出した。
「そういえば少年、名前は?」
「え?! ミカワケイトです」
「意外と変わった名前じゃん。じゃ、やっぱ少年は少年だな」
「ええ……、聞いた意味……」
「まぁまぁお互い殺し合った仲だし仲良くしようよ」
「で、ユカさんの本名ってなんですか?」
「え、言う必要あるの? それ」
「話と違う!」
「ユカ、それは流石に……」
「まったく、冗談が通じないなぁ。私の名前……そうだな。今はユカ・ネイビルだよ」
「今は?」
「なぁそれよりも、そろそろ後ろから来た理由を教えてくれくれてもいいんじゃない? もしはぐれたら1日は入り口で待つっていう約束だったじゃん」
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冒険が終わり、竜車の中は平和そのものだった。
何より、椅子があるというのがありがたい。
俺とゲイルはグッタリと寄りかかり、レイナに関しては横になって眠ったままだ。
唯一体力が残っているユカは、暇なのか俺たちに色々と質問攻めしてきている。
正直、今はしゃべってるのですら疲れる。
「なら、やっぱり転移魔法で間違いないか」
「これ、国に報告したらかなりの報酬が出るんじゃないか?」
「そもそも、俺とレイナは王に依頼されたから来たんだけど……」
「え、その話って本当だったのか!? 俺たちから振り切るブラフとかじゃなく」
「いや、そもそも転移してから初めて話したのが王だと思うし」
「……まじかよ」
「え、じゃあレイが起きてから謝る予定だったけど、今謝った方がいい?」
「流石に王の依頼先を襲ったとなれば、流石にあの王でも……」
「いや、まぁそっちも理由があったことだしーー」
彼らが俺たちを襲った理由。
それは、彼らが手に入れたとある魔道具を2人組の盗賊に奪われたからだ。
そして、特徴も持っている武器も人数もまったく同じだった俺たちに攻撃を仕掛けた。
だが、後にその盗賊が虫まみれの状態でいるはずのない場所で発見されたということだ。
よって、俺たちの容疑は白。
だが、地図にも載っていないような場所にその盗賊の遺体があったのは不思議だし、そもそもその2人というのも都合が良すぎる気がする。
おそらく、これは謎のままにしておいてはいけない。
いつか、また真相に辿り着ける機会をーー
ガタンッーー
突然、竜車が大きく揺れた。
その直後、
ーーーーーー
とてつもない爆発音が、辺りに響き渡った。
「お客さん!! 一度降りてください! 今すぐに!!」
その声に、最初に反応したのは寝ていたはずのレイナだった。
彼女が、竜車の閉まった扉を蹴り開け、その勢いのまま外に飛び出る。
それに続き、ユカ、俺、そしてゲイルと続く。
「……おい、まじかよ。まじ…‥なのか?」
ここにいる全員が、言葉を失った。
場所にして、もう少しでレセンブルクの王都へと着くところ。
ずっと繋がっている道の真ん中。
ーーそこからでも、よく見える。
レセンブルクの街の中から、黒い煙が上空へと向かって伸びていた。
ここからでも人の叫び声が聞こえ、炎の燃え盛る音が聞こえ、そして何か得体の知れない音も聞こえてくる。
俺たちの帰る場所は、既に絶望に染まっていた。
やっと2章完結です。
長い間見てくださった皆様、ありがとうございます!
そしてこれからも応援よろしくお願いします!!
次回は、訳あってスピンオフです。




