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誰もが憧れるこの異世界で、無力な俺は主人公になれない  作者: 赤め卵
二章 たった一つのきっかけで、物事は変わってゆく
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第74話 連続と外側


 さっきまでの静寂が考えられないほどに、今この空間は音で溢れかえっていた。


 俺たちは大きく足音を出しながら走り、そして向こうもまた異質な音を出しながら追いかけてくる。

 ……それも、一匹や2匹じゃない。

 後ろからは多くの、そして前方からも聞こえてくれる。


 音の量からして、壁の奥からも聞こえているような錯覚に陥るほどだ。


 それだけなら、まだ良かった。


 洞窟にいる生物は、肉食でない者ーーつまり、人を襲わないい生物も多いらしい。

 俺はそんな平和生物なんて見てこなかったが。


 それはともかく、あの恐竜は平気で人を襲ってくる上に、足が速い。

 同じ2足歩行なのにこれほど差が付くのかと、思わずこの進化を遂げた祖先を呪ってしまうほどだ。


 動く度に足からは硬い地面との衝撃が感じ取れ、それすらも痛く感じてしまう。


 閉鎖された空間にある濁った空気をいっぱいに肺に取り込み、古くなった空気を吐き出す。

 その簡単で当たり前な動作すらも、痛みを伴うほど体は疲労しきっていた。


 息を吸っているはずなのに苦しい。

 酸素が足りない。


 そんな中、止まって待ち受けている運命は死だ。

 周りを囲むこの煩わしい奴らが俺の体を引き裂き、むさぼり食っていくだろう。

 

 だが、このまま走り続けても、死ぬ気がしてしまう。


 もうすでに、うまく息を取り込めない。

 新しい酸素が取り込めなくなった体に、二酸化炭素という夫妻がたまっていく。

 疲れるよりも、苦しい。


 いっそのこと……このまま止まって餌になった方が楽になるんじゃないかと、そんな考えも浮かぶほどだ。


 ペースはだんだんと落ちてきているのに、後ろから追いかけてきている生物はより速くなってきている気がする。

 追いつかれるのも、もはや時間の問題だ。

  

 ーーあと、どれくらいの余裕があるのか、

 ーーあと、どれくらい走れば終わるのか。


 振り向いてはいけないことはわかる。

 その時間が追いつかれる致命的な原因なりうることもわかっている。


 こんな状況は、初めてなんかじゃない。


 だからこそ、スピードを落として後方を確認してしまった。

 自身の死に時を確かめるように。


 しかしそれは、振り向かずとも視界に入ってきた。


 俺がちょうど真横に首を曲げた時、大きく開かれた口とし……そこに並ぶ牙が見えた。

 その口は30センチの長さもないのに、口は180度に迫る勢いで開いている。

 牙には涎が付いたまま、上顎と下顎で糸を引いていた。

 一瞬のうちに牙の隙間から見える舌が右から左へと移動し、その存在全てがさらに恐怖を煽ってくる。


 口は開かれたまま、それは俺へと向かっていきーーその上顎だけが吹き飛ばされた。


 慣性に引っ張られ、意識を失った胴体が前へと吹き飛んでいく。

 ワンテンポ遅れて、そこから鮮血が舞い散った。


 その見えないほどの速度の攻撃は、間違えなくゲイルのものだ。

 また……また助けられた。

 もう、何度も助けられたのにも関わらず。


「俺なんて気にしないでそのまーー」

「バカ! もう少し耐えやがれ!」


 俺の弱気な声が、彼の力強い訴えに負ける。

 諦めたたわけじゃない。ただ、俺に構ってたら彼まで助かる可能性が下がる。

 それを、伝えただけだ。

 俺は、死にたくない。

 だが、彼は死んじゃいけない。

 

 足からは一歩地面と足の裏を合わせるたびに力が抜けていく。

 わき腹が痛くて、息をうまく吸えない。

 口の中の血の味が、苦いというよりもまずいの方が正しくなってきた。

 意識も朦朧してきて、目から見える景色がずっとぶれている。

 手を一生懸命振っていても、足がそれに追いつかない。

 次第に、喉が詰まったようにつっかえて咳が出た。

 その席が、さらにペースを落とし、息を切らす。

 痛い箇所が胸のあたりまで広がり、淡が口元に絡む。


 ひたすらに、曲がることない道を走る。

 周りも見えないぐらいに、

 必死に、

 走って、走って……走ってーー


 未だ、周りに広がっているのは暗い紺色の壁と、地面と天井だ。

 だが、幅が広がり分かれ道が存在していた空間は通り越し、景色は再び狭いただの通路へと戻ろうとしていた。

 それは、出口へが近くなっている確かな証拠であり、僅かに残されてる希望でもあるはずだ。


 そんな変化すらも気づけない。

 …‥もはや、瞳は景色など映していなかった。

 

 目は彼の背中だけを追い、感覚は後ろの殺意だけを感じ取る。

 ただでさえペースを合わせてくれている彼にすら追いつけなくなりそうで、目を瞑って大きく首と手を振りながら走る。

 走り切る。


 それ以外に、もうできることは無く。

 余裕なんてない。

 呼吸は忘れても、走ることはやめることができない。


 それ以外に、考えられることなんてなかった……。


 体に限界が来ていることがわかる。

 しかし、不思議なことに死ぬ気はしない。


 むしろ体の方は、限界を迎えるよりも後ろの脅威に追い付かれることを心配している。

 あと、どこまで耐えればーー


 耐えればーー


 途端、前に少し間を空けて走っていたゲイルが振り返った。

 その手には、いつの間にか杖が握られている。


 そして、俺が彼に追いつくより前にその先端を光らせ、背後に轟音を轟かせた。

 それと合わせるように、柔らかいものが潰れるような音も耳へ届く。


 だが、今度こそ振り向いてはいけない。

 犯した過去の過ちが、恐怖に打ち勝つきっかけをくれた。


 そして、数秒遅れて、ゲイルの立つところまで走りきった。


 彼の横で力が抜けたように立ち止まる。

 何か言葉をかけるべきなのかもしれないが、その言葉がわからない。

 その上、息が切れて声すら出せない。


「よく頑張った。これで後ろは大丈夫だ。問題はーー」


 そう言った彼の目が、正面を睨んだことに気づいた。

 そして、その視線の先を追う。


 光があっても奥までは見通せない通路。

 その光の範囲の中に、俺たち以外の影が見えた。

 1、2、3匹。


 ゲイルの言葉を信じるなら、後ろはもう大丈夫なのだろう。

 確かめるのは、全てが終わってからでいい。

 ここで振り返る余裕も、時間も残っていない。


「持っておけ。これが最後の戦いになる」


 そう言いながら、彼は俺へと短剣を手渡す。

 移動しなくても、ものを手渡しできる距離。

 だからこそ、彼は移動どころか視線すらずらさなかった。


 目の前にいるのは、あの恐竜の最後の生き残り。

 見える限り、3匹だけ。

 

 この洞窟の生物は、その悪辣な環境を生き抜くためにあらゆる方法で進化している。

 なら、死ぬ前提の生物などいても不思議ではない。


 ここへ辿り着く前、ゲイルが殺した恐竜。

 ただのなんでもないその1匹の死が、この大群を呼び寄せたのだとしたら?

 ここで殺したところでーー


 殺して、殺して、殺して、殺してーー


 いつになったら終わる?

 どこまで殺せば?


 そんな疑問が頭をよぎっていく中、ゲイルから渡された短剣を強く握る。

 持ってみると、かなり手に馴染む重さだ。

 錆びまくりの拾った剣よりも、断然使いやすい。


「ゲ……イル、戦っても切りがゲホッ……ゲホッ……」

「その通りっぽいな。ーー出口は近い。そこへ近づけさえすれば、多分追ってはこない。……こいつらを倒して、そんでーー」


 彼の言葉が終わる前に、動き出したのは恐竜の方だった。

 タイミングを見計らったかのように、ほんの少しだけゲイルの意識が俺へと向いた時に3匹同時に向かってきた。


 距離はそこまでない。

 そして、俺たちは限界に近い。


 だが、ゲイルが力なく杖を振り下ろしーーその直後、風でできたカッターのようなものが中空に現れ、3匹の恐竜へと向かっていく。

 今回の攻撃は、しっかりと目で追えた。


 向かってくる恐竜は、その速度ゆえもう止まることは許されない。

 それでも、目に見える攻撃なら当然避けようとする。


 その華奢な足で走りながら、体を限界まで曲げ、運命に抗おうとしている。


 その1秒後、この狭い空間を血飛沫が埋め尽くした。

 ゲイルの攻撃は、しっかりと胴体を縦に半分に割るような位置だった。


 ーーだが、そんな立体的な空間を赤く染め上げていく中で、未だに動きがあった。

 1番左にいた恐竜が、その短い両腕を犠牲にしてまだ動いていた。


 そして、仲間の死を利用して……血飛沫で自身の存在をできるだけ隠しながら迫ってくる。

 その視線の先にいるのは、間違えなく俺だ。


 魔法の利点は、遠距離で高火力が撃てるというのが真っ先に挙げられる。

 魔力さえあれば、様々な魔法を己の腕で操り、できることの幅も広がる。

 では、魔法の弱点と聞かれると、魔力切れや連続して撃てないことが挙げられるだろう。


 そして、この瞬間。その弱点と呼べる全てが揃った。


 ゲイルの魔力はおそらくもう空同然。

 しかも数秒前に魔法を撃ったばかりだ。


 全てを犠牲にし、それでも迫ってくる小さな恐怖。

 それに対抗できるのは、もう俺しか残っていない。

 ……さっき背後で響いた音からして、壁でも作ったのだろうか?

 そうだとすると、本当に背水の陣だ。


 その1匹が向かってくるまでの間、必死に頭を回して推測する。

 考える前にその通りになってしまっては遅い。

 ありとあらゆる可能性を考え、模索する。


 手が無くなったことでバランスをとりにくくなっているのか、フラフラと前後に揺れながらもその力すら推進力に変えて迫ってくる。

 対して俺は、ゲイルから渡された短剣を逆手に握った。


 定期的に整備されているようで、刃こぼれなどは見られず刃先は鋭いまま。

 そして、ナイフよりも長く30センチ近い長さ。

 ちょうど、今迫ってきてる恐竜の頭と同じぐらいの長さだ。


 ようやくゲイルはここで1匹狩り逃したことに気づいたのか、必死に手をこちらへ向けようとする。

 間に合わないが。


 今度こそ、頼れる人はいなくなった。

 だからこそ、俺だけの力でなんとかしないといけない。


 恐竜が前方約1メートルのところまで迫ってきた時、足に今入る精一杯の力をかけて地面を蹴る。

 そして、体は正面を向けたまま体が横に跳んだ。

 ナイフを構えた腕をできるだけそのままに。


 あの恐竜は、俺しか見ていない。 

 だから確実に仕留められる速度を出している。

 そのせいで、そのおかげで、すぐには止まれない。


 この瞬間、それが向かっていた先にあるのはーー


 俺の腕と、手の中にある短剣だけだ。


 地面に対して平行で、恐竜に対しては垂直。

 つまり、逆手に握ったことにより刃先だけがその恐竜の顔の前にある状態だ。


 そして、体を横へ動かした反動で腕を引きながら、その重さを受け止める。

 短剣が持っていかれるほど深く刺さり、そこから湧き出た液体が無傷な腕を濡らしていく。


 そのまま俺が再び地面に足を着いた直後、大きい肉が地面に倒れる音が響く。

 だが、それは勝利の音ではない。

 一瞬でも、気は抜けない。


 地面が着地すると同時にその恐竜の方へと方向を変え、近づく。

 思った通りまだ生きていて、小刻みに震え痙攣している。

 それを確認したのち、その生きている肉の首に足を置き、顔に綺麗に刺さっていた短剣を抜いた。


 そして、次はその首に突き立てる。


 何度も。

 何度も。


 その息の根が止まるまで。


 いつの間にか、周囲から聞こえてきた鳴き声は、どこからも聞こえなくなっていた。

 

 それこそが、出口が近づいていることを表しているように。


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