第73話 不可視と連続
ゲイルの放った閃光が、その生物の首と胴を綺麗に分けた。
その軽くなった首から上だけが宙を舞い、遅れて血が吹き出す。
そして、軽い音が響いた後に、胴体が倒れる少し重い音が鳴った。
もう、ピクリとも動かない。
その肉塊から流れ出る鮮血が、まるでその生命だったものの代わりのように動き、地面に赤い水溜りを広げていく。
再び空間の中は静まり返り、ゲイルがそっと取り出した杖をしまう。
それが合図となり、俺は先へと歩き出た。
「ふぅ、大分気持ち悪いモンスターだったな」
「虫に大蛇といい、この世界にはまともな生き物はいないのか?」
「いや、俺もあれは初めて見たな。ここにあまり来てないってのも大きいが、もしかすると珍しい奴なのかもしれない。……新種の可能性も捨てきれないなら、あの頭でも持ち帰えってみるか?」
「いやだよ。あんな豚と恐竜の融合みたいな生き物」
「ブタ? キョウ……なんつった?」
「あ、いや、何でもない。っていうか、ゲイルあの生き物見たこと無かったのか?」
「ああ。というか、第4洞窟の生き物に関しちゃさっぱりだ。洞窟によって生態系が驚くほど違うからな」
「そうだったのか。だから難易度とかも変わってくるのか」
「そういうことだ。ま、どちらにせよ早めに倒すのが一番だ。毒とか履いてくるかもしれないからな」
「笑えないって……」
この世界の生物は、地球にいるーーもしくはいた生物と大まかな形は同じだ。
トカゲに蛇にオオカミに恐竜。
細かなところは違えど、図鑑やら本やらで一度は目にしたことがあるものばかりだ。
ーーしかし、洞窟に入って初めて戦ったグイムレーターのこともある。
それに、ワイバーンもいるという話だ。
果たして地球に似ているのか、それとも似ているように見えるだけなのか。
まだ、判断するには早すぎる。
謎の遺跡の中に眠る転移魔方陣。
それは、ゲイルですら知らなかった未知なるものだ。
だから俺が変えるには、やはりここのことをより知る必要がある。
城に戻ったらグレイルに問い詰めないとな……。
第4洞窟に来てから、移動はほとんど無言のまま。
終始周りをを警戒し、異常をいち早く察知しなければいけない。
そのうえ、音をできるだけ出さないように注意も必要だ。
歩いているだけでも神経が削られてくる。
だが、疲労のせいかこんな状況なのにも関わらずそういった無駄なことを考えてしまう。
今、この習慣の目的は日本に帰ることじゃない。
洞窟から脱出することだ。
……はき違えるなよ、俺。ここから抜け出せないようじゃ、この世界から抜け出すことなんてできやしないんだ。
この手に入った情報だけでも持ち帰って、次に繋げないと。
終わりが見えない暗闇の中を明かり1つで進んでいく。
それが精神に与える影響は意外に大きく、焦りと不安が収支大きくなりながら付きまとっている。
たとえ、俺の前を歩くのがゲイルなのだとしても、彼ですら知らない未知の生物が住んでいる場所だ
その事実が、さらに心を抉っていく。
ゴールを目指しているはずなのに、スタートから離れていってることが不安に残る。
まさにそんな感じだ。
この洞窟が冒険者の中で迷宮と言われているのか、ようやく本当の意味が分かった気がする。
**************************
歩いても歩いても色の変わらない建造物の中。
しかし、そこに刻まれた傷やひびが確実に進んでいることを表してくれている。
ここまで、彼とは一言もしゃべらずに進んできた。
こんな場所に長居したくない尾からか、それともそれほど集中しているのか、音は出さずともつかれるぐらいにはそのペースは速い。
油断しているとおいて行かれてしまいそうなぐらいに。
唯一の救いは、誰かと違って定期的に振り向いて確認してくれることだ。 ーー誰かかと違って。
変わらない景色が、埋もれてしまいそうな淡い光が、時間を忘れさせる。
もはや、どれぐらい歩いたかも、どれぐらい進んだかもわからない。
ーーというか、考えたくもない。
けれど、そんなつまらない道もようやく終わりを迎えようとしていた。
一貫して同じ幅だった通路が、少し前から広がり始めたのだ。
ひびがない事からも、地盤の変化などの自然現象でこのようになっていないのは明らかだ。
ーーこの先に新しい景色がある。
それが少しの不安を和らげ、地底の底を彷徨っていた気力を上げてくれる。
だがーー
「止まれ」
俺の歩みを妨げたのは、他の誰でもなく彼だった。
短く強い口調と共に腕を出し、俺の進行を妨げる。
この瞬間に止められるーーその行動が意味することは、間違いなくこの先に敵がいるということだ。
「別の道はあるのか?」
「ーー悪いが、俺はここしか知らない」
「というか、俺には何も感じないんだけど何がいるんだ?」
「そこまではわからない。だが、多い」
帰る道はこれしかなく、しかしこの先は敵の巣窟になっている。
しかも、その気配が複数いるということはそこが住処になっているのかもしれない。
待っていて退いてくれる可能性も低い。
「この先に分かれ道はあるか?」
「一応な。入り口と逆方向だが」
お互いにできるだけ顔の距離を近づけ、音を漏らさないように会話する。
破られた長い沈黙が、緊張となり体の動きを鈍くする。
暑くもないのに汗が額から落ち、そのまま地面に座れていった。
ーー今、俺たちに残された選択は2つ。
このまま敵が退いてくれる可能性に賭けてここで待ち続けるか、無理やり突破するか。
前者は退いてくれる可能性がそもそも低く、ただ無駄にここで体力と精神を削っていく消耗戦になりかねない。
しかも、その生物がこっちの方面に来る可能性だってある。
言ってしまえば、待ち損だ。
一方、後者の方も当たり前のように問題がある。
敵の詳細も数も何もわかっていないのに突っ込むなんてそれこそ無謀だ。
しかも、もう体力的にも限界が近い。
……逃げるとしても、長くは走れそうにない。
そんな、究極の2択を選択しなければならない。
ーー思えば、最初にレイナと受けた仕事の時もこんな感じの2択を迫られた気がする。
確かあの時はーー
「まだ走れるか?」
「正直キツい。けど、ここで休んでもどうしようもないのはわかる」
「そうか」
「……なんか、敵に気づかれにくくなる魔法とかないのか?」
「匂いを消したりすることはできるが、モンスターの詳細がわからないとなるとなぁ。少なくとも、今の魔力じゃ気づかれる要因の全てを消すことは出来ない」
「…………」
流石に、敵の姿や正確な位置がわからないことには、作戦の立てようがない。
しかし、ここで待っているだけじゃ何も解決しないことはわかる。
ゲイルが動かないということは、敵も動いていないということ。
つまり目的は、出口に近づく生き物の捕食にあるはずだ。
そう簡単に動いてくれるはずもない。
問題を先送りにするだけ。
なら、選ぶべきものは既に決まっている。
大きく口を開けて空気を取り込み、そしてゆっくりと吐く。
呼吸によって大胆に胸を上げ、心臓の高鳴りを抑えた。
そしてその決意を保ったまま、彼へ小声で伝える。
「進むしかない」
「ま、そうなるよな。お互い」
「ちなみに、気配は動いたりしてるのか?」
「いや、あくまでも気配でしかないから正確ではないが、多分動いてない」
「距離はどれぐらい?」
「いまいちわからん」
……気配気配って敵がいることは気づけるのに、逆にそれ以外は全くわからないものなのか?
意外と不便だな。そもそも俺は気配なんて感じられないし。
俺以外の人が感じているらしい気配というのに内心愚痴を言いながらも、話を続けていく。
「でも、近づいてくるのはなんとなくわかるって認識でいいのか?」
「ああ。よっぽどやばい的じゃなけりゃな」
少し不穏なことが聞こえてきたが、ひとまず無視。」
「正直、俺の体力はもう限界だ。だから、敵に気づかれるギリギリまで歩いて行きたい。そして、そのまま気づかれないようなら端の方を通って突破、ゲイルが知ってるやつだったらその対策となる魔法とかを撃ってほしい」
「もし、気づかれるようならどうする?」
「全速力で逃げる……しかない」
「なるほどな。ここの光に気づかれなければ、確かにワンチャンはあるのか。けどーー」
「どうせ気づかれる。でも、そのタイミングをできるだけ遅らせたい」
「よし、わかった。今から行けるか?」
「……行ける」
その俺の返答と同時に、彼は歩きだす。
音を出さないよう、それでかつゆっくりと慎重に。
ライトを消した方が気づかれにくいのだが、そうしてしまうと俺たちが逆に確認できなくなってしまう。
それでは本末転倒だ。
気づかれずに通り抜けたいーーそう願う反面、口に出さないだけでわかっている。
そんなことは不可能だ。
深海と同じで、ここは最も攻略の難易度が高い迷宮の中。
そんな過酷な環境に住んでいる敵も、一度見つけた獲物は逃さないような進化を遂げていることだろう。
だから、この作戦も無駄になる。
けど、少しだけでも見つけられる時間を遅らせてくれればーー
足音を出さず、心の像の音も徹底的に抑える。
呼吸すらも意識し、できるだけ気配を消しながら進んでいく。
こうして進むことが、これほど難しいとは思わなかった。
ライトの光が届く範囲には、まだ何も見えない。
だが、その代わり今まで広がっていた遺跡に変化が現れた。
よりにもよって、ここに来て分かれ道だ。
だが、ゲイルは迷うことなく3つに分かれた行き先の中から中央にあるものへと入っていく。
気配の正体は未だに感じられない。
暗闇の中に、虫が這う音が微かに耳に入ってくる。
その音が、よりこの空間を不気味に仕上げ、他の生命の存在を消してしまう。
ーーけれど、それが今になって、より明確に聞こえ出したのには別の要因があった。
前を進むゲイルが、突然歩みを止めたのだ。
浅い呼吸の音は少しだけわかる。
だが、歩くときにどうしても擦ってしまう地面の砂の音が消えた。
……何かに気づいたのか? それかーー
「走れ!!」
「ーーっ!」
突然、この遺跡全体に響き渡るほどの声を彼が発した。
そこには、焦りと緊張が混じっている。
どうしたのか、何があったのかーー
それが、彼の口から出ることはない。
ただ、俺のペースに合わせながら先を走っている。
……そして、俺もついにその正体を知る。
彼のベルトの金属部分に反射した後ろの光景が、まだ新しい記憶と一致する。
その印象的な顔を、間違えるはずがない。
俺の後ろをーーそして分かれ道からも、その生物は迫りきている。
まるで待ち伏せしていたかのように、鼻が豚のような恐竜は俺たちを狙いに定めていた。
この瞬間、俺たちは冒険者から餌へと成り下がった。




