第72話 転移と不可視
ーーエトレイク森林。
この国、レセンブルグの西側に広がっている巨大な森林だ。
その全貌はまだ把握すらされておらず、現時点でわかってる範囲だけでもレセンブルグよりも大きいただの森林だ。
だが、その中にある遺跡こそが、人々の目を惹いてきた。
都市、アテラント。
それが、滅ぶ前に名付けられていた国の名前らしい。
ーー最も、今もその名前で呼び続ける人は極少数だが。
それもそうだろう。
その国は、遠い昔に滅んでいるのだから。
最先端の魔法と技術を持っていた国は、ある日突然1人残らず住民が消えたことによってその歴史に幕を下ろした。
そして、その遺跡と変わり果てた国をまるで覆い隠すように存在しているものこそ、エトレイク森林なのだ。
そんなエトレイク森林は大きく4つに分けられる。
長い年月の地盤変動のせいか、元々1つだった遺跡の地形はは綺麗に4分割されていた。
その遺跡の、レセンブルグからの距離が短い順に、第1、2、3、4大橋前となる。
この大橋というのは、俺たちも通ってきた洞窟の前にある橋のことだ。
森林の生き物を外に出しにくくするためにこのような構造になっているらしい。
そして、どういうわけか国から近い順に攻略難易度も下がっていく。
城に張ってある魔法無効化の結界の影響などの仮説が有力だが、真相は定かではない。
そのようなザ・ファンタジーみたいな遺跡だが、文明が発達したこともありそこに残った魔道具などに価値が付いた。
その結果多くの人が押し寄せることとなる。
そして出来上がったのが、冒険者という職業だ。
そんな冒険者たちは、それこそ命懸けで宝を探しに行く。
されど、彼らだってもちろん自殺死に行っているわけではない。
そのため、この遺跡を訪ねる人の多くは一番難易度の低い第1大橋前ーー通称、第一洞窟の中へ入っていくのだ。
ーーという話を、前にレイナから聞いた。
そして、俺達もその例にもれず、第1洞窟へと足を踏み入れたはずだ。
だが、ゲイルはなんて言った?
第4洞窟だって?
ここでよりによって、1番攻略難易度の高いーー最も死ぬ可能性の高い場所だ。
「……何かの間違いじゃないのか? ほら、他の所も同じようなとこだったし」
「いや、ここを間違えるはずがねぇ。何度見ても、あそこだ」
「…………」
ただでさえ、比較的簡単とされる第一洞窟ですらどのあたりが簡単なのか教えてほしいところなのだ。
それなのに、これ以上難易度が上がろうものなら、骨まで燃え尽きる気しかしない。
無理ゲーってやつだ。
できれば彼の勘違いであってほしいところだが、周りを恐る恐る見渡す様子からして、その可能性は低そうだ。
「ゲイルは、第4洞窟に来たことがあるのか?」
「まぁ、何回かな。……臨時で初対面の奴らとパーティを組んだんだが、毎回誰か死んでいったよ。ーー遺体の回収すらできなかった」
そんなことを言う彼の表情は歪んでいて、その目には悲しさと悔しさを映している。
そんな彼を見て、彼がこの場所を見間違えたという可能性は捨てた。
ゲイルは、初対面の俺ですらも親しく接してくれた。
そして、きっとそれは俺だけではない。
冒険先で出会った人と、新しく関係を築いているのだ。
そんな彼にとって、仮で組んだパーティメンバーを失うということは親しかった人を失うということと同義であり、その分だけ負の感情に蝕まれていく。
そんな経験をしてきた場所を覚えていないはずがない。
俺からしたら見分けがつかなくとも、彼の記憶にはしっかりと刻まれているのだろう。
だから、できるだけそれに触れなさそうな内容を探す。
「じゃあ、質問を変えるけど……帰り道はわかるのか?」
「ああ。しっかり覚えてる。不幸中の幸いなのか、ここは割と入り口から離れてない。何事もなければすぐに帰れるはずなんだが……」
「ちょっ、フラグ立てるなよ……」
「考えてもみろよ。ここは最難関の場所なんだぜ? 何事もない方が珍しいっての」
そう言うと、彼は右手に続いていた道を進んでいく。
俺はそれについて行くと同時に周囲を見渡してみるが……どうしても俺じゃ他の場所との違いは見出せなかった。
だが、確かにここには魔法陣がない。
つまり、あの転移空間には戻れないというわけだ。
魔法陣を潜れば別の場所に行けるのに、行く先に魔法陣は存在しない。
完全なる片道切符。
俺が転移した時と同じだ。
やはり同じ魔法なのだろうか?
ひたすらに前へとしか繋がっていない道を、足音を立てないよう気をつけながら進んでいく。
第1洞窟では話をしながら歩いていたゲイルも、ここでは口を開かない。
そしてそれが、さらに緊張感を高めていく。
静寂があたりを包んだ瞬間、体にあるさまざまな感覚が戻ってきた。
肌を突くような冷たさ、歩きっぱなしだったための疲労感。
思えば、ここに来てからほとんど何も食べていない。
入った始めの方で、レイナとウサギみたいな肉を食べたのが最後だ。
……食べ物の想像をしただけで、お腹が鳴った。
それほどまでに、身体も限界を迎えているのだろう。
「次会った動物を倒せたら、そいつを焼いて食うのもありだな」
そんな様子を聞いてか、ゲイルから提案が出された。
正直、洞窟の内部に入ってからどれも食べても大丈夫じゃなさそうな生き物しか出会っていないため、その発言すらも不安が残る。
特に虫系は本当にやめてほしい。
それに、命の生命線となる水も底を尽きた。
俺はそもそも水筒ごと何処かへ行き、ゲイルの水筒の中身を2人で分けて飲んでいたら、すぐに飲み切ってしまった。
元々、ゲイルたちは帰る途中だったらしく、大体のものは消費してしまったのだとか。
とりあえずいち早く外に出ないことには、餓死するのが先か餌になるのが先かという状況だ。
先は暗闇で見通せず、来た方向もまた闇に包まれていく。
本物の太陽をずいぶん見ていないせいで、今が昼なのか夜なのかも、何日経っているのかもわからない。
正直、限界はかなり近い。
地面を踏み締めるこの足も腿を上げるのすら辛く、痛みを伴うようになってきている。
せめて少し休憩したいが、そうすると今度こそ動けなくなってしまいそうだ。
「ところで、ここってやばい生き物が山のように出るんだよな?」
「そうだ」
「なら、俺も武器を持っといた方がいいと思うんだけど……」
なんと言っても、俺の剣はゲイルたちと戦ってから行方不明なのだ。
俺が握ったところであまり意味はないかもしれないが、ないと本当に太刀打ちできずに終わってしまう。
「まぁそうだな。けど、ここに出てくるものと戦おうとはするな。俺たちの勝利は討伐じゃない。逃げることにある」
「わかった……」
思えば、俺はこの世界に来てからほとんどの戦いから逃げている。
むしろ、ちゃんと向き合って勝ったことなんてあっただろうか?
「逃げるのは慣れてるから……多分大丈夫」
「そうか。ただ、俺が持っている武器と言えばこのちょっと大きめのナイフだけだ。この短さでしっかりと切りつける技術はあるのか?」
「……ない、な」
「ま、そういうことだ。慣れないもので無駄に体力を消費するべきじゃないだろ?」
「まぁ、確かにそうかもしれないけどさ……。それでも武器がないと不安になるし」
「逃げるのは得意なんだろ? 俺とユカからも逃げ切ったように、お前は逃げてればいい。俺がその道を作ってやる」
「うわ、人から言われると嫌味でしかないな」
「逃げ足もステータスだ。素直に喜べよ」
そんな会話をする中、ゲイルの腰についた短剣に目を向ける。
言われた通り、この長さだと俺がこれで敵にダメージを与えるのは無理だ。
彼のそんな状況判断と実力はとても頼りになる。
これならすぐに、この洞窟も突破できるかもしれない。
ゲイルは強い。
だからだ。
だからこそ、そんな彼と俺を比べてしまう。
役に立てない俺と、なんでもこなしてしまう彼を。
俺は、常に彼に……いや、他人に頼っている。
そう。だからだ。
ーーだからこそ、俺は自分で考えるのが遅れてしまう。
突然、音もなく目の前に現れた2速歩行の小型の恐竜のような見た目の生き物。
目が小さいのに豚のように大きい鼻をつけた歪な生物。
その生物を咄嗟に倒そうと動いたゲイルに対し、俺も魔法を撃てるように構えた。
俺も、ゲイルも知らなかった謎の生物を。
何もわからないまま、彼と同じように動いてしまった。
どちらも、何も知らないままーー




