第70話 実体と関係
いた。
そこに立っているのは、やはりゲイルだった。
「ゲ、ゲイル……」
「おい、泣くなよ! 泣き顔はユカだけで十分なんだって!」
頬を伝っていく冷たい液体。
だが、それに意識を向ける前に気になることが聞こえてきた。
「え、ユカさんって、泣くの?」
「ユカはああ見えて泣き虫だぞ? ま、最近では泣くことも無くなったたけどな」
「……それ、結果的に泣き虫じゃないくない?」
「ああそうだな。少なくとも、お前よりかは」
そう言って、俺の体を遠ざけるように肩に置いた腕に力を入れた。
「暑苦しいんだよ。一回離れろって!」
「あぁ、ごめん……」
涙は未だ溢れ続け、次々に頬を伝う。
声はかすれたままで、声に張りが無い。
だが、それらがここが幻想の空間ではないことを証明していく。
そして、しばらくの沈黙が支配した。
お互いが、完全に状況を把握できていない。
それゆえ、出すべき言葉が見当たらない。
……謝るべきなのだろう。
目的が同じになり、成り行きで一緒に行動することになった。
特に相談したわけでもない。
ただ、話してる間にいつの間にか打ち解け、そのまま一緒に行動していた。
だから、勝手に1人で動いたとしても、問題はないはずだ。
はずだった。
ーーわざわざ、こんな俺を追いかけてきたりしなければ。
まだ、こんなくだらない考えを正当する気か。
もう、それを続ける理由なんてなくなった。
このままじゃ、俺の気が晴れない。
けれど、そんな内心に対して、言葉が出てこない。
いうべきことは分かっているのに、それが喉の奥でつっかえていて、苦しい。
「で、そろそろ聞かせてくれてもいいと思ってるんだが」
「……」
その言葉に続く言葉は、もはや明白だ。
心当たりしかない。
そして、少し間を開けてから予想通りの言葉が耳に入った。
「ケイト。お前、なんであんなに必死になってこん中に入った? やっと帰れるって、どういう意味だよ?」
「……ごめん」
「おい、ここまでやっておいてそれだけかよ!」
城で、グレイルと話した時はすんなりと出てきた。
その時は、この国で最も地位の高い人物に相談すればすぐに帰れると思っていたからだ。
だが、実際はそんなことなかった。
人知れず、それでもおそらく誰かの意図でこの世界にやってきた。
……まぁ、確かに王様が知ってるぐらいに日本人がこの世界に転移されてきたらそれはそれで大事件なのだが。
最も立場の高い人に聞いてわからなかったのなら、おそらく知ってる人はいないか、はたまた表には出てこないような人物なのだろう。
つまり、違う世界から魔法陣を通してやって来たーーと言っても、情報が何も手に入らないままなどころか、信じてもらえるかも怪しい。
あの時は必至で、帰ること以外を考えられなかった。
だが、今は違う。
もちろん、未だって日本へ帰ることを最優先で考えている。
だが、それも前ほどではない。
この世界で気づいた関係に、この世界の暮らし方……
どれも、これから必要なことだ。
今生きていくために必要なことこそが、足枷なって本来の目的から遠ざけている。
そのせいか、この世界に長居することも視野に入ってきていた。
それは、どこかで元の世界へ帰ることを諦めつつある自分がいるということだ。
気持ちだけじゃ、どうにもならないこともある。
……そんな中で、俺は異世界から来たと言ったらどうなるだろうか?
これからまた生きていく可能性のある中で、自分はこの世界の人間じゃないと言い切ってしまえば、どんな未来が待っているか?
城にいた時は、そんなこと全く考えていなかった。
すぐに帰れると思っていて、考えようともしなかった。
そうして考えずにいた結果、今がある。
後先考えずに行った行動は、未来の自分を苦しめる。
人間は、自らと違ったものを拒もうとする。
それは、どの世界でも、同じ人間どうしでも同じだ。
現に、それだから差別なんてくだらないものが起きている。
ただ無言の時間だけが過ぎていき、沈黙が小さな呼吸音すらも引き立てていた。
時が経っていくにつれ苦しくなっていき、それなのに言葉が出てこない。
ただ、何も解決できないまま時間を浪費していく。
不安がさらに不安を作り出し、あるはずのない可能性までをも頭の中へと呼び込む。
それに翻弄され、引っ張られる。
引きずり、考え、そしてーー
「言葉の通りーー俺は魔方陣の奥から来た」
「いや、んなわけ……」
「突然出てきた魔方陣に飲み込まれて、気づいたらこの国にいた」
ようやく、形となって口から発せられた。
起こってもいないもしものことに耐えられなくなり、声となって出た言葉だった。
それを吐いた瞬間、少し心が楽になると同時に不安に駆られた。
言ってしまったのだ。彼に。
すると、彼は少し考えてから口を開く。
「それ、王は知ってんのか?」
「ああ、うん」
「まじかよ……」
「確かに信じられないと思うけど、俺はとにかくもう一度転移して帰りたいんだ」
「いや、いやいや、見てる感じまじっぽくはあるけど、さすがに信じられねえな。転移魔法といや、禁術の1つだぞ?」
「え……何それ?」
「は? まさか知らないのか!?」
不安に駆られる中でありのままに伝えたと思えば、なぜかグレイルが出てくるし聞きなれない単語が出てくる始末。
ーー禁術。なかなか物騒な響きだ。
「それで、禁術って何?」
「マジで知らないのかよ……。とりあえず、禁術魔法ってのはそうだな……簡単に言うと使用禁止の魔法だ」
「まぁそれは言葉から予想できるんだけどさ、なんで禁止になってるんだよ?」
「さぁな、理由はそれぞれあるけど、最初っから禁止の魔法に設定されてたーーとしか言いようがない」
「それってつまり、俺が転移したってことはその禁術が使われたってことになるのか?」
「まだ決めつけるには早すぎるが……あー、めんどくせぇな! 1から説明してやるからちょっと聞いてろ!」
そう言って、魔法陣のない地面の元に腰を下ろした。
それほどまでに長くなるのか……
「いいか? そもそも禁術っていうのは、使い手の命を削ったり、本来魔法でできる範疇を超えてるものーーらしい」
「らしい?」
「俺だって詳しくは知らないんだ。というか、詳しくは明かせないんだろ」
「なるほど」
「続けるぞ? で、その禁術となった魔法は基本的にこの国の禁書庫で保管されてるんだ。いや、正確にはされてたが正しいな」
「それってーー」
「そうだ。10年ちょっと前に革命が起こった時、城の内部でも争いがあった。その時に3つが消滅、そして6つが行方不明らしい」
「大事件じゃん」
「その通り。今でも騎士団の最優先事項に設定してあるらしいが、未だに1つしか見つかってないらしい」
「じゃあ、俺の転移も!」
「そうなるな。実際に何の魔法が無くなったのかは知らないが、転移魔法も多分含まれてる」
「……ちなみに、どんな魔法が禁術に選ばれてるのかはわかるか?」
「そうだな……。全部はわからんが、何個かはわかるな。まず、今言った転移魔法に、死者を蘇らせる魔法、あとは時を操る魔法とか……まぁ、どれも実在するかも怪しい馬鹿げた魔法だ」
死者を蘇らせる。
時を操る。
確かに、それらは魔法でできる範囲を逸脱している。
禁術と聞かれても、納得ができる。
だが、その中でも転移魔法は異質だ。
よくゲームや漫画には登場してくる魔法なのに、それが禁術なんて……。
やはり、転移には何かあるのだろうか?
というか、転移で別世界に移動するってーー
「それと、俺らが今いる遺跡。ここを滅ぼした魔法も禁術の類だ。今では完全に考古学の分野だが、ある日突然ここに住む人間全員が消えたんだとさ」
「えっ……」
「だから、このエトレイク森林の遺跡の探索は需要があるっていうわけだ。で、その元凶かも知れない魔法陣に、お前は真っ先に突っ込んで行ったせいで今に繋がる」
「ーー!」
確かに、レイナからここは古代文明のような遺跡というのは聞いていた。
だが、そんな滅び方を迎えていたなんてーー
もしかすると、俺が思っている以上に、この転移は大き過ぎることなのかもしれない。
誰も分からず、あるのは悲惨な過去と、虚空へと消えた事実だけだ。
彼の話が一通り終わり、今一度周囲を見渡してみる。
青白く不気味に光る魔法陣に、閉鎖された空間。
その景色は、変わることなく聳え立っている。
俺が飛び込んだこの魔法陣は、何をもたらすのか。
そもそも、俺の転移とこの国の消滅は、どのように関係しているのか。
目の前に映るそれらは、今や希望から脅威の源に変わっていた。




