表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰もが憧れるこの異世界で、無力な俺は主人公になれない  作者: 赤め卵
二章 たった一つのきっかけで、物事は変わってゆく
70/101

第69話 記憶と実体


 目を擦る。

 なかなか力の入らない両手を持ち上げ、目に痛みを覚えるまでこする。


 すると、擦りすぎたせいなのか、はたまた別の原因があるのか、瞳からは涙が漏れだした。

 

 それを無理やり止めるように瞬きを繰り返し、涙で歪む視界にもう一度焦点を当てる。


 ……魔方陣は潜った。

 条件は満たした。


 なら、ここはもう日本のはずだ。

 少なくとも、地球のどこかにはいるはずだ。


 あれは幻想の世界から戻るためのものであり、そうでなくては許されないもだった。


 だが、そんな儚い予想に対して、目の前に広がる光景はさっきまで見てきた景色と等しかった。

 寸分違わぬ大きさ、形の通路に、いくつもの魔方陣がある。

 そこは、やはり俺がよく知る世界とは程遠く、また俺が目指していた場所とも違っていた。


 もはや、ここが何の施設だったのかも、なぜ同じような空間に出たのかも考えることはできない。

 それほどまでに限界だった。

 この辛かった冒険にふさわしく、そしてその成果として納得できるものがあったはずだったのだ。


 ーーまただ。


 また、これか。


 直前まで期待させておいて、なのにちっとも理想通りに行かない。

 どこかしらで歯車が狂い、そしてこんな中途半端な結果に放り出される。


 こんなことにすら裏切られるのか……


 戻りたい。

 あの世界に。

 俺の居場所に。


 ーーあの場所は良かった。

 平和で、俺を裏切るような物なんて何もなく、全ての努力が結果として反映されていた。

 こんなクソみたいな世界とは違う。


 抜け出したい。

 抜け出さないとーー


 すぐにでも。


 そんなことを思いながらもーー否、思う前からも無意識のまま力の抜けた体を無理やりに動かし、またもや一番近くにある魔方陣へと手を伸ばしていた。


 こんなものは違う。

 俺の求めたところじゃない。

 この幻想のループから抜け出さないと、おかしくなってしまいそうだ。


 幻想を求め、幻想の空間を漂う。

 

 この魔方陣が出る先は、ずっとこの空間なのか?

 そもそも、ここは何処なのか?


 聞いた話が事実なら、変わることなく洞窟の中のはずだ。

 ーーなら、何の洞窟の?


 予想していた光景ではなく、この絶望に耐えきれずに無になっていた思考が急に蘇った。

 変わらない景色、だが転移してくる前と違って彼がいない。

 ゲイルが、この空間にはいない。


 それなら、やはりここは前にいたところとは違う場所のはずだ。

 結局、どこなんだ?


 もしかすると、日本のどこかの洞窟にも、こんな空間があって……

 ここは、どこだ?


 その疑問も虚しく、すでに体は魔方陣の中だ。


 周りの景色が透けていき、俺も消えていく。

 ーーまるで、小尾の空間にいることがふさわしくないように。


 

 次に映った景色は、またしても同じだった。

 長く続く紺色の壁、天井、地面。

 そこに、いくつもの魔方陣が青白い光を発しながら描かれている。


 そんな光景を目にして、再び悔しさや悲しみが蘇る。

 だが、それもさっきほどではない。


 薄々、感づいていた。

 殺気転移をして、同じ景色を見た瞬間から。


 ーーここは、違う。

 きっと、ちゃんと元の場所へと帰れる場所はここではない。


 変わらず、すぐ近くには魔方陣がある。

 けど、ここをさらに潜ったとしても、また同じ景色の繰り返しだ。

 きっと、ここじゃ帰れない。


 ……時間はある。

 まだ、体力も残ってる。

 

 今から、また魔方陣に片っ端から入り続け……入り続ければ、もしかしたらたどりつけるかもしれない。

 そうすれば、いつか小尾以外の場所に出られてーー


 頭の中で、必死に想像を膨らませる。

 それは、一種の逃避行動だったのかもしれない。

 わかっている。

 まだ潜り抜けた魔方陣はたった2つだ。

 それも、この膨大な数の中から。


 先の通路は、淡い光に照らされてどこまでも続いているのが見える。

 長すぎるのか、それともどこかで曲がり角でもあるのか、道の終点は見えない。

 もしかすると、そういう風にできているのかもしれない。


 まだ、決めつけるには早すぎる。

 試す価値は、十分ある。


 だが、それ以上に耐えられない。

 近づいていたと思ったのはただの幻想で、はかなく散った。

 このまま確かめ続ければ、もしかすると帰れるかもしれない。

 けれど、逆にここではどうやっても帰れないことが決定してしまう可能性もある。

 むしろ、そっちの可能性の方が高い。


 まだ動ける体力に対して、気力が足りない。

 絶望に打ちひしがれ、精神面が持ってくれない。

 帰れないとわかってしまったら、もう……


 ーー。


 無限に広がる通路。

 そこにある無数の魔方陣


 選択肢はたくさんあるのに、肝心の行動ができない。

 どの道に進むこともできるのに、それを拒んでいる。

 進まずに、ただ立ち止まりーー


「そうだ……。ゲイルは、ゲイルは何処にーー」


 しかし、すすむ、立ち止まる、以外にも、選択肢は存在する。

 来た道を戻るという生産性皆無で、それでかつ戦略的なものが。


 思い出したように彼の名前を口にした。

 最初、魔方陣に飛び込んだ時、必死に止めようとしてくれた彼の名前を。


 だが、同時に気づかされる。

 ここに来た時、そしてその前にいた空間、彼はいなかった。


 魔方陣を潜り、同じような場所に出た明確な相違点が彼の存在だったというのに、それに気づくことなく見過ごしてしまった。

 

 ーーやっぱり、違う空間だったのか? それとも、道の先に移動しただけか?


 ……それよりも、またゲイルと合流しよう。


 彼は、俺が魔方陣に入るのを止めていた。

 そこから察するに、魔方陣には入っていないだろう。

 だから、今戻ればーー


 そこで、ハッとした。

 

 これまで、それこそ最初のこの世界に送られてきた転移も含めて、魔方陣の上にいると遅くても数十秒で元の空間から転移していた。

 だが、今は転移していない。

 それどころか、転移してきた時、魔方陣の上に出たことなんてーー無かった。


 恐る恐る、真下の地面に目を向ける。

 考えればわかることなのに、この目に移すまで、信じられなかった。


 ゆっくりと首を傾けても、時間をかけて瞼を開いても、いつかは視界に入ってしまう。

 そのまま、思いのほか早くに視界に映し出された。

 どこかで予想して通り、魔方陣の光が無い地面を。


 それがわかった瞬間、次は天井に目を向ける。

 今度は、時間を掛けずに一瞬で。


 やはりそこにも、魔方陣は無かった。


 あの時と同じで、魔方陣は俺だけを移動させ、その証拠は跡形もなく消えてしまっていた。


 信じられず理解できず、しばらく天井を見上げたまま動けなかった。

 けれど、少しずつ時間が経つにつれ脳が解析を始め、事の重大さが重りとなって心に負担をかけていく。

 そうなるにつれ、背筋を冷たいものが走った。


 ……衝動的な行動で、何も考えられなかった。

 一刻も早く帰りたかった。


 だから、彼を置き去りに、彼の静止までも振り切った。


 その結果、この空間の牢獄に1人で閉じ込められた。


 理解してももう遅い。

 焦ってもどうしようもない。

 後悔しても、それは過去の出来事だ。

 

「……ゲイル?」


 かすれた声を出すが、反響すらすることもなく、闇へ消えていく。


「ゲイル、ゲイル!」


 掠れている声を精一杯出してみるが、それすらも吸い込まれるようにけていった。

 

 それが、孤独だということを表すには十分過ぎたのに、まだあきらめきれない。

 後悔という2文字から、逃げ続けようと抗う。


「おい……ゲイル? ……ゲイル! ゲイル!!」


 今度の声は、掠れていない。

 この狭い空間に、響き渡っている。


 それが、どうしても寂しく感じてしまい、視界が潤んで滲んでいく。


 ―-こんなことになるなんて思わなかった。


 もはや、それも言い訳だ。


「はぁ」


 すると、次はため息が聞こえた。

 無理もない、こんな状況なら、無意識にでもーー


「たっく、そんな大声出さなくても聞こえるっての」


 すぐ後ろから、声が聞こえた。

 間違えなく、ゲイルの声だ。


 だが、振り向けない。


 もしそれが幻聴なら?

 俺の願望が生み出した錯覚だとしたら?


 視界に映るのは現実だ。

 理想と真逆の、望んでいない世界だ。

 だから、いつそんな理想の幻聴が聞こえてもおかしくない。


 脳裏を過ぎるのは、またしても悪く、それでいて現実的な疑問だ。


 疑問はやがて確信へと変わり、鋭い現実となり抉ってくる。

 いつもならそうだ。

 ……いつも、そうだった。


 この世界に来て……来る直前から、それはずっと同じだ。

 なら、今回だけ例外なんてことはないだろう。

 

 どれだけ逃避したところで、現実は目の前に広がっている。

 意味なんてない。


「おいおい、本当にどうかしちっまたんじゃないだろうな?」


 再び、声が聞こえた。

 返事は、できない。

 かと言って、耳も塞げない。


 すると、強く肩を掴まれる感覚があった。

 1度逃げられた経験があるからか、かなり力を入れている。

 これだと、逃げるのは難しい。


「今度こそ、逃さねえからな」


 また聞こえてきたその声は、次はもっと近く、耳元で聞こえてきた。

 そして、その言葉を出し切る前に振り返る。


 やはり、そこにはゲイルがいた。


 かなり急いできたのか、額に汗をうかばせ、息は切れていた。

 そんな彼を力なく触って確かめる。

 がっしりとした体つきに、硬い筋肉。

 俺の手には、そんな体を服越しで触る感覚があった。


「おい、お前本当にどうした? ここまで行くと気持ち悪いぞ……」


 目の前に広がるものは現実であり、叶わないと思っていた理想の1つを実現したものだった。


 ーー人は、失ってから初めてその大切さを知る。

 全くもってその通りだ。

 俺だって、それぐらいわかっている。

 身近なものの大切さぐらい。


 だが、衝動的に動いたあまり、また同じ過ちを繰り返すところだった。

 失って、初めてその大切さを知る。


 いつの間にか、ゲイルは俺にとっての仲間になっていた。

 本当に短い間ではあるが。


 彼のお陰で、その大切さを再確認できた。


 ……なら、


 俺は何かを失くしたのだろうか?

 本当に、彼のおかげで全てが戻ってきたのだろうか?


 しかし、今の俺にはそんなことを疑問に思う余裕なんてなかった。


 彼との再会に涙を流し、そして心の底から喜ぶ。

 後悔の念と自負を背負い、そしてこの瞬間を実感する。


 冒険はまだ終わっていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ