第64話 混在とリセット
同じ方向、同じ道を進んでいるはずなのに、近づいているようには思えない。
前に行くにつれて血痕との間隔が大きくなり、薄まっていく。
残された証拠も、時が経てば風のように消えていく。
だが、その痕跡もやろうと思えばいつでも消せたはずだ。
それつまり、レイナは怪我を治療する余力、もしくは時間がないということになる。
だが、俺たちに大蛇を戦わせるように仕向け、ずっと高みの見物をしたままだった彼女に余力がないとは考えにくい。
いつだって用意周到で、奥の手を見せてこなかった彼女のことだ。
短い付き合いの中でも、それははっきり感じ取れた。
そんな彼女から治療の時間を奪っているということは、やはり追い詰めていることなのだろうか?
だが、これこそが罠なのではないか? ーーという風にも思えてしまう。
時間が経つにつれ膨れ上がってくるのは不安だ。
すぎるにつれやり直す時間は無くなっていき……そして、いつしか戻れなくなる。
そんな失敗を繰り返すようで、不安はどんどん積もっていく。
「少年、不安か?」
そんな内心を透かされたように、そんな言葉が発せられた。
「さっきからずっと周囲を気にしてるぞ? 心配しなくても今のところ分かれ道はないよ」
どうやら、行動から本当に内心が透かされてしまったらしい。
……やはり、冒険者というのは侮れない。
「不安にもなりますよ。レイナがこんなあからさまに痕跡を残すなんて……」
「長い付き合いだったのか?」
「いや、数日程度です……」
「そっか」
どこか寂しそうに、そんな返しが聞こえてきた。
それはこの人が優しいからか、
それとも、憐んでいるのか、
もう、わからなかった。
何も、わからない。
だが、この話をしていると居心地が悪い。
思い出したくないことを蒸し返されているようで。
……いや、実際そうだ。
半端な状態で終わり、だから思い出さないようにしていた。
思い出しても、悪い感情しか出てこない。
だから、思い出さないようにーー
「ところで、あの男の人は無事なんですか?」
話題を逸らすように、そう質問した。
これも、ずっと気になっていたことだ。
「ゲイルのことか? すぐ追いつく」
短く聞こえた返事には、彼が無事だという事実こそ肯定されながら、今ここにいない理由は明確にされなかった。
だが、この人の様子を見るに大丈夫ではありそうだ。
お互いが知り合いのことを話し、しばらくの沈黙が流れた。
かと言って状況が変わるわけでもなく、依然と俺はおんぶされたままで、走っているのはこの人だ。
……気のせいか、さっきよりもペースが上がっている。
俺にも焦りがあるように、きっとこの人も焦っているんだ。
俺と同じーーいや、俺以上のものをきっと抱えている。
なら、こうも追いつけないと焦るのも当然だ。
「少年、実は私は方向音痴なんだ」
「へ?」
「だから頭に地図が入ってないし、何なら地図を見ても道がよくわからない」
突然、打ち明けられた告白。
それは、俺に衝撃を与えるのには十分過ぎた。
……というか、衝撃過ぎて脳の回路がショートしていた。
現実が追いつかず、偽りの幻想を思い浮かべる。
ーーつまり、レイナの場所どころか、今どこにいるかもわからないってことなのか?
じゃあ……
「おい、何か勘違いしているようだから言っておくと、さすがに今まで通ってきた道がわからないほどじゃないぞ?」
さっきと引き続き、これほどまでに人の言葉が信用できなくなったことはあっただろうか?
そう思えてしまうほどの話だったがーー
「ここは一本道だろ? だから私たちの方が早く走れば簡単に追いつけるはず……なんだ」
「えっと、それはというと?」
「私たちのスピードが負けてるのはまだいいとして、そんなに速いなら、なんで傷を治療してないんだ?」
「つまりどういうことですか?」
「わからないか? こうして走っても追いつけないなら、相手は時間的に余裕があるはずなんだ。そして、傷を治した方が速く走れるだろ?」
「確かに……」
「それなら、私たちが追ってるこの乾いてない血痕は何だ? まるでーー」
「おびき寄せられてる……」
俺の紡いだ言葉に、この人は否定をすることなく軽くうなずいた。
少しの間だけ仲間だった俺と、武器を交えたこの人。
やはり、たどり着く可能性は同じだったらしい。
……レイナなら、やりかねない。
だが、この道はさっきも言われたように、一本道だ。
壁どころか、天井にすらそれらしき穴はない。
ひたすらに足元が安定しない道が続いてーー
その時、急にこの人の歩みが止まった。
足を横にしてすべらせるようにし、地面と靴との摩擦で速度が落ちで行く。
そして、慣性で投げ飛ばされそうになる体を、どうにかこの人にしがみつき耐えた。
「さぁ、少年。どっちだと思う?」
目の前に現れたのは、2つの闇。
ほのかに明るい空間に鎮座する、2方向へ分かれた道だ。
もう、見飽きるほど体験した2択だ。
どうして、この洞窟はこうも2択が好きなのか。
多数のものから1つを選ぶよりも、こうした2択を選ぶ方がよっぽどつらい。
それはきっと、当たる確率と外れる可能性が等しいからだ。
「時間はないぞ?」
…………。
「ちなみに、こんな感じで血痕を残す魔道具とかってあるんですか?」
「多分あるし、工夫すればそんなもの使わずともどうにかなる」
「なるほど」
「決まらないなら、私がーー」
そこで、声が途切れた。
その次の瞬間、聞こえてきたのは金属のぶつかり合う高い音だった。
この瞬間ばかりは、考えるために舌を向いたことすらも後悔する。
まさしく、レイナの思う壺になってしまった。
レイナを追いかけているあまり、周りが見えていなかった。
彼女が先に通ってるからと言って、その道が安全なわけではない。
……むしろ、彼女のことなら、そう言った危険は残したまま進んでいくはずだ。
あの道しるべとなっていた血痕も、俺たちの注意を逸らすためのものだったとしたらーー
いや、そもそもレイナは、先に言ったと見せかけていただけで隠れていたとしたらーー
疑念の数々が線でつながり、1つの結論を出す。
だが、もう遅い。
全ては始まってしまい、その結論はもはや何の意味も成さない。
それでも、そうじゃない可能性に賭けて、ただ真偽を確かめたくて、いち早く視線を上へ上げる。
まず、見えたのはあの人の後ろ姿だ。
腰まで伸びた黒髪が体んぼ動きに置いて行かれ、鮮やかになびいているように見える。
そして、そんな彼女にはやはり刀が握られておりーー
その刀と交差していたのは、やはり見慣れた槍だった。
槍の先ーー点の部分を、刀の面で受け止める。
力が拮抗し、止まったままどちらも動かない。
すると、ようやく動きに追いついたあの黒髪が重力に従った。
「意外だな、狙いは私かよ」
「……」
少しでもレイナの動揺を誘ったのか、しかしその問いに彼女が答えることはない。
だが、それは分かっていたとも言わんばかりに、レイナの攻撃を防ぎ続けている刀の角度を僅かに変えた。
それにより、言われなければ気づかれないぐらい微かにレイナの槍先がずれ、力が流される。
「少年!!」
その言葉と共に、とっさに剣を抜こうとしたーーが、ない事に気が付き、急いで手を彼女へと向ける。
ーーもはや使うのも久々に感じてしまう、魔法だ。
俺が使える魔法なんてたかが知れているが、少しでもレイナの木をそれすことができれば、決定打を与えてくれる。
その声からは助力とともに、そんな覚悟が現れていた。
……それは、俺にはできなかったことで、この人にはできること。
そして、俺の掌が光る。
見えない流れが体中に現れ、それが腕へ、手へ、そして指先に集まってくる。
そのまま、魔法を放つ寸前ーー
「チッ、」
確かに耳に聞こえるほど大きな舌打ちが響き、レイナが槍から力を抜く。
そして、掛かる力が無くなったことから放たれた刀の一撃をその俊敏さで交わし、奥へと走り去ろうとする。
だが、この人は同じミスをしでかすことが無い。
レイナに当たらず空気を切り裂き、地面へと向かっていた刀の軌道が変わった。
刀の向きを無理やり変え、走り去ろうとするレイナの方へと向かっていく。
レイナが逃げることを前提としたその攻撃は、しっかりと彼女の背を捉えた。
ーー間に合わない!
この背を向けたら負けるような対面の戦いで、レイナは背を向けた。
そのまま、刀の軌道はレイナの背を捉え、前へと向いた槍はもう間に合わない。
……このまま、レイナは切られる。
だが、その直前、レイナが自ら刀に辺りに行ったように見えた。
そしてーー
鮮血が飛び散ることもなく、レイナの動きが止まることもなかった。
その代わり、レイナがずっと付けていた胸当ての、背中に回されたベルトがきれいに切断され、音を立てて地面へ落ちる。
上着の背の部分が切られ、本来その胸当てのベルトがあったところには、健康的な白い肌と一線の小さな切り傷があるだけだった。
その装備にいったいどのような効果が会ったのかは分からないが、レイナの食らった攻撃を肩代わりしたーーそれだけは確かだった。
今度こそ、刀の軌道は変わらずに地面へと当たり、地面に小さい切り込みを作る。
急いで構え治そうとしているが、レイナは少しずつ洞窟の奥へと入り込み、距離が開いていく。
刀の一撃が空振りで終わったとき、俺も魔法を売ってレイナを牽制しようとした。
だが、それすらも計算済みだったのか、その機敏さを活かして女の人の陰に隠れ、攻撃の当たらない位置に移動されてしまった。
……もちろん、今は恩人にも近くなったこの人を巻き込んで魔法を打つことなど俺にはできない。
それに、俺程度の魔法では、そこまでしたとしてもレイナにはダメージを与えられないだろう。
俺は何もできないまま、周りは繰り返される。
また、彼女を追うことになるのか?
また、逃がすのか……?
前では、刀を振り上げ、レイナを捉えようとする姿がある。
だが、どう考えてももう遅い。
レイナの姿は、すでに半分暗闇に飲まれてしまっている。
顔はしっかりとこちらを向き、しかし体は奥へつながる道へと。
そんな、逃げることが許されない俺たちをあざ笑うかのような行動は、忘れかけていた憎悪を煮えたぎさせる。
「頼んだ!」
その時、この狭い空間の中にその声が響いた。
その声が誰に当てられたものなのかーー考えるより先に現れる。
風の魔法で体を僅かに浮かし、前傾姿勢を取って近づいてきた彼の姿が。
大蛇の戦い以降、どこにいるかわからなかった彼の姿が。
その姿が、その勢いのまま女の背を押す。
レイナの走りすらも上回る勢いで。
彼のスピードと、彼女の攻撃が合わさり、レイナ目掛けて刀が降り下ろされる。
だが、手前からやってきた彼の姿に気づいていたのか、その瞬間に同時に彼女も槍を構えていた。
次にやってきたのは、この空間で放たれたどの音よりも大きい金属音だった。
ただの力の押し付け合いではなく、速度と技術、そして僅かな武器の角度すらも勝敗に関わる緻密な戦い。
最初は、時間が静止しているようにお互いが止まって見えた。
だが、よく見ると食い込んでいる。
刀の先が、横に向けられた槍の柄の部分に僅かに切り込んでいた。
ーー!
きっと、レイナもそれに気づいたのだろう。
槍を支えながら瞬時に風魔法を発動させ、自らの体を後方へと吹き飛ばした。
そしてその憩いのまま地面へ落下し、転がっていく直前に受け身を取って、どうにか片手に槍を持って洞窟の奥に走り去る。
「ずっと見てたなら魔法使えや」
「うるせえ、お前が邪魔で撃てなかったんだよ」
そこから少し間を開けて、
「……ゲイル、少年を頼んだ」
そう言い残し、1人レイナを追うために走り出した。
そして、残された男はーー
「掴まれ!」
同じく残されていた俺に対し、手を差し伸べてきた。
……まだ、誰も諦めてなどいなかった。
もう、迷うこともためらうこともなくた手をその手の中に落とす。
すると、ちぎれるほど強く引っ張られ、乱暴に引き寄せる。
そのまま、またおんぶされ……そして前の2人を追うべく走り出した。
「あれ、魔法で移動しないんですか?」
「使ってもいいんだが、今の状況だとお前は振り落とされることになるな」
走りながらも、彼は俺の問いに短く答えた。
ーーお前も着いてこい、と。
前方からは、金属の鳴りあう響きが耳に伝わってくる。
これで、ようやく3対1。
それこそが、この壮大な追いかけっこに終止符を打つ兆しとなっていた。
またまた補足のコーナーです。
レイナが2人の後ろから出てきた理由ですが、2人が追いかけることになった時にそもそも逃げる振りをして近くに隠れていました。そして、彼女は幅広い分野の魔法を覚えているので、幻覚魔法で数秒だけ走り去る姿を作り出しました。
覚えたとしてもたかが数秒しか使えない魔法なので実践的ではないですが、それを利用してレイナは2人の後ろに回りました。
ちなみに、女の足が想像よりもずっと速かったため、分かれ道で立ち止まった瞬間に攻撃を仕掛けてます。
彼女は不安要素はとりあえず排除するので、今の状況で逃げることは決してありません。
それがどんな結果になろうと……
そして、最後に残った先へと続く血痕の謎ですが、2人と戦いが始まる前に捕まえていたモルモットみたいな生き物にいい感じに傷をつけて解き放ったという形になります。
レイナも慣れてますね。
脱線しました。その生き物も生き物ですから、強者の気配は少なからず感じ取れ、そして当然逃げます。
なので、後ろから来ていた女に反応して先へと逃げていたわけです。(なのでレイナが攻撃してこなかったら負のループだったり)
しかし、その生き物はあの分かれ道を迷うことなく進んでいました。
そして全員が行った方向はそれとは別の方面です。
その生き物が避けた方面には何がいるんでしょうか?
以上です。駄文失礼しました。




