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誰もが憧れるこの異世界で、無力な俺は主人公になれない  作者: 赤め卵
二章 たった一つのきっかけで、物事は変わってゆく
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第62話 矛盾と土俵


「よ、少年! 助けはいるか?」

「ーー!」

「せめて感謝ぐらいしてくれってば。命の恩人だぞ?」


 言葉を出そうにも、喉の奥につっかえて、口から出てくるのは息だけだった。

 それでも、必死に口を動かす。


「少年、感謝する時は声ぐらい出しな」


 そう言って、地面へと俺を下ろす。

 地面の硬さを感じるとともに目を開く。


 そこは、もう角度のついた坂ではなく、しっかりとした平らな地面ーー崖の上、そしてレイナのいるところだった。


「さて、さっきとは違ってずいぶんとお怒りだな」

「チッ……揃いもそろってーー」

「ま、話す気はないよな。お互いに」


 短く交わされた会話の後、レイナの握っていた槍が女へと向けられる。

 そして、そのまま待つこともなく、一直線に女へ近づいた。


 瞬きする間もなく、人間の出せる速度すらも量がしているほど一瞬で移動していた。

 槍の先は、もう女の目と鼻の先だ。


「危なーー!!」


 その声が響き渡る前に、金属の高い音が空間を支配する。

 その振動が空気まで揺らし、それがここまでも届く。


「やっと声を出したな、少年。けど、ちょっと遅いんじゃないのか?」

「なんで……お前なんかがあいつをーー!!」


 戦いの緊張すらも感じられない声に、口元から血を流しながらも放たれた爆発した憎悪の塊が返ってくる。

 どちらも、戦いの内容とはかけ離れているが、確かに繋がるものはある。

 レイナは、そこまで何に……?


 何も分からないまま、尖った金属同士が鳴り渡り、衝撃が押し寄せる。

 

 とっさの判断で攻撃を仕掛け……かと思えば受け流す。

 力量に反応速度、そのすべてを使い、互いに譲らない状態だ。

 レイナはその傷を、そして女の方は大蛇との戦いの疲弊を、それぞれ感じさせない程に。


 槍の先を刀の面で受け、その衝撃を逃がしながらレイナの方へと刃は向かっていく。

 だが、その勢いに槍をのせ、半周回転させた後に柄の部分を向かってくる刀に当て、攻撃を止める。

 かと思えば、女の方が後ろへ大きく飛び、レイナと距離を開けた。

 

 ーー瞬間、槍を持っていない方の手から淡い光が漏れだし、空気の刃が女の前すれすれを突き抜けた。


「おいおい、魔法まで使えるのかよ……」


 女の言葉に返される言葉はない。

 その代わり、再び舌打ちが聞こえてきた。


 ……レイナは、ここで女を殺すつもりだったのだろう。


 おそらく、今のは初めて女に対して魔法を使ったのだろう。

 これまで、槍しか使ってこなかったのは、この初見殺しを狙っていたのだ。


 城で、ミルナさんが言っていたのはこういうことか……。


 ずっと武器を使っている相手を見ると、いつしか魔法は使ってこないと考えてしまう。

 相手が同じ土俵で戦っていると勘違いしてしまい、その結果隙が生まれる。

 それこそが、この状況のすべてだ。


 そして、あんな大きい魔法は、俺の前でも使われてこなかった。

 きっと、俺にもそれを隠していたんだろう。

 ーーこうなったときのために。


 俺が分析している間にも、瞬く間に戦いは進んでいく。

 少し目から意識を外した隙に、戦いは近距離から長距離になっていた。

 初見殺しの攻撃を女が躱したのは、既に過去の出来事だ。


 レイナが魔法を飛ばし、女がその魔法を刀で切り伏せる。

 魔法って、刀で切れるのかーー


 目の前に広がるありえない光景を目にして、そんな感想を抱く。


 俺からすると魔法すらもあり得ない事なのに、それを切るなんて。

 全く違う次元の戦いを見ているようだ。

 俺にできることは、またしても何もない。

 また……何もできない。


 女の方は、どういう訳か俺を守ってくれているのだ。

 だからこそ、ここで無為に俺が飛び出せば、確実に今以上に足手まといとなる。

 何もできないどころか、この戦いに勝つには、俺は何もしないべきなのだ。


 だがそれでも、たとえ見ているだけだとしても、逃げてはいけないと体が訴えかけていた。

 

 経験が、レイナのことを見てきたわずかな記憶が言っている。

 彼女が隠していたことの1つーー魔法を知られた。

 つまり、もうそれは隠す必要はないということであり。


 何より、彼女の本当に恐ろしいところは、ここからということを物語っていた。


 ーー落ち着け。


 俺は、ハンデという情けをもらい、俺の有利な盤面から始まった決闘に、一度勝利した。……というには少し怪しいが。

 それでも、追い詰めた。


 今のレイナも、魔法という遠距離の攻撃で同じ土俵に上がらせていないだけで、さっきまでの戦いでは互角……いや、俺の目には、ほんの少しだけ女の方が優勢だったように見えた。


 それが幻想でも、錯覚でも、やるしかない。

 実際、レイナは俺が……俺が刺した傷もまだ治っていない。

 なら、同じ土俵でさえ戦えば、女が勝ってくれる。


 こんな時、あの男が要れば……


 あの女と息ピッタリな、俺とは遠い存在のパートナーがいれば……


 やはり、魔法という土俵に対応できるのは、魔法しかない。

 そして、それには彼が必要だった。

 

 ーーきっかけを握るのは、俺ではない。


 ただ一人、どの土俵にも上がれないのが俺だ。


 あの男を、探さないと。

 きっとどこかに生きているはずだ。

 彼に、どうにかきっかけをーー


 すがるように、周囲を見渡す。

 左手には、下と断絶した崖があり、右手は何もない壁だ。

 そして、手前は唯一下へとつながる坂があり、奥には不気味に思える通路がある。

 どこへつながっているのか、その先は見通せない。

 この空間で、ただ一つ人工太陽の光がともっていないところ。


 そこが、視界の端に映った。

 だが、それはあくまでも見えているだけであり、視界の焦点は別の所にある。


 この歪な空間の、ちょうど中央。

 そこで、さっきまでは離れていた2人の女性の姿が、重なるほど近づいていた。

 

 左手で魔法を繰り出しながら、片手では不釣り合いに思える大きさの槍を構えたレイナ。

 そして、その盾の代わりとして構えられた槍を、刀の線となる部分で叩いていたーー繰り出された、光り輝く魔法ごと。


 飛び上がり、勢いと体重を掛けた女の一撃が、槍と衝突し、そして押し込む。

 重い金属の音とともに、こすれるような不快な音が鳴り響き、その交差された双方の金属からは火花が出ている。


 そして、無限にも思える長い一瞬の硬直が解け、わずかにレイナの槍がずれた。

 その瞬間を、女は逃さない。

 勢いと体重を掛けた一撃に、さらに手の動きも載せて、さらに強い打撃へと変えていく。


 次に見た光景では、2人の立場が入れ替わっていた。

 女の方が地面にいて、レイナが空中にいる。

 だが、そこでは既に2つの金属は交差されておらず、互いの視線は互いを見てはいなかった。


 レイナが浮かび上がりーー否、勢いに負け、地面すれすれで吹き飛んでいた。


 そして、鈍い音と共に地面に激突。

 そのまま衝撃で僅かに体が浮かび上がり、その間にも体が横に1回転する。

 辺りに鮮血が散っていき、不規則に赤い水玉模様を描いていった。


 だが、そのまま再び地面と当たることはなく、決して放さなかった槍を代わりに地面へと突き立てる。

 そこで無理やり慣性を押し殺し、よろける足を地面にギリギリで付ける。


「ごほっ、ごヴォッーー」


 その口からはついに舌打ちは聞こえず、咳と共に地面に血を残していった。

 そして、不気味な闇の奥へと走り去る。

 それの後ろ姿が見えなくなっていくのを、ただ見つめていた。


 俺が何もしなくとも、他の誰の助けも借りずとも、この人は突破した。

 違う土俵にいたのを自分の土俵へと引きずり下ろすことすらせずに、相手と同じ土俵に上がりーーそして突破した。

 普通はできないことを、簡単にやってのけてしまった。


 レイナの姿が暗闇へと消え見えなくなった時、俺のその人の方を向いた。


 よほど今の一撃が辛いものだったのか、地面にしゃがみこんで大きく息を吸っている。

 下に向けられた額から汗が落ち、レイナとは違う色で地面を濡らしていた。

 脅威を排除した功労者としては、似合わない姿だった。


「あ、ありがとうございました……」

「追うぞ」

「ーーえ?」

「まだ、私たちも、少年も、何も成せてないだろ?」

「っ!」

「あれに用があるのは、私だけじゃないはずだ」

「でも……」


 そうだ。

 俺が言ったところで、どうせ何もできはしない。

 だって俺は、無力でーー


「ごちゃごちゃうるさい! いいから来な!」


 そう言って、素早く立ち上がり、俺の空いている右腕を力強く掴む。

 そして、その力を緩めることなく、暗闇の奥へと足を向けた。


「もう、あれと話せるのは少年しか残ってないんだよ」

「俺だって、話なんてーー」

「あれの顔、少年は見たか?」


 話なんて、どうせできない。


 ーーそう言おうとしたところに、最後に残った疑念が、再びよみがえった。


 この、全てを終わりにさせる戦いをかろうじてつなぎ留める、矛盾が。


 彼女の、レイナの顔を最後に見たのは、あの憎悪の声を聞いた時だった。

 だが、この人の言うことが正しいのなら、あれからもその顔だったのか?


「泣いてたよ。怒りながら。……少なくとも、多分少年に対してだけど」


 その言葉が、あの涙が、まだ彼女との関係を終わらせない。

 今にも切れかかった糸が、繋ぎとめている。


「走れるか?」

「……多分」


 一度確認を取ってから、女は俺の手をさっきよりも弱い力で引っ張る。

 そして、俺の体はすんなりと動いてしまった。


「ご丁寧に、痕までつけてくれてるな。ーーさて、待ってろよ」


 その言葉は、彼女が消えていった方向へと向けられていた。

 そして、静かに、俺はその言葉にうなずく。


 昔の仲間は敵となり、昔の敵は仲間になっていた。

 関係は、いつだって変わる可能性を秘めている。


 ーー果たして、ここから変えられるのだろうか。


補足のコーナーです。


レイナに短剣を刺した張本人は『刺した』という事実すらも受け入れ切れず逃げていますが、短剣が刃こぼれしていたこともあり、実はそんなに傷は深くはありません。

だからと言って、別に軽症でもないです。


なので、刺した張本人が急な角度の坂から落ちている間に、人知れず治癒魔法で応急処置をしています。


戦いの中、傷を負いながらもあんな機敏な戦いに疑問を持った人もいたかと思いますが、そういうことです。


1人の目線からでしか話が書けない都合上、このような補足をとらせていただきました。

もう少し文章に組み込めるよう、努力していきますので……今後ともよろしくお願いします。

(とは言ったものの、多分また補足すると思います。どうか暖かい目でーー)


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