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誰もが憧れるこの異世界で、無力な俺は主人公になれない  作者: 赤め卵
二章 たった一つのきっかけで、物事は変わってゆく
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第49話 賭けと逃避


「死にたくないなら、とっとと出せよ。口じゃなく手を動かせ。どうせ、そのバッグの中なんだろ?」


 俺の動きが遅いせいか、はたまた待つ気が完全に失せたのか、腰につけている俺のポーチに手を伸ばした。

 ーーだが、彼にやらせるわけにはいかない。


 痛みと恐怖で震える手で、慎重にポーチのチャックを開けて……中を漁る。

 男は、そんな俺の様子をじっと観察していた。


 ……やはり、男の探し物はポーチに入る大きさのものだ。


 うつ伏せになって倒れているせいで、ポーチの中がほとんど見えない。

 なので、ごちゃついてしまったその中から、手探りでそのサイズのものを手繰り寄せると、それを強く握る。


「まだか?」


 声が聞こえた。

 あとはこの手を抜くだけなのに……それが難しい。

 握られているものが、軽いはずなのにズッシリと重く感じるし、震えてるせいで手にも力が入りにくい。


 意外と待ってはくれるが、流石にもうタイムリミットだ。

 男に、この手の中を見られたら……


 そして、ついに意を決した。

 鞄から手の甲で中のものが見えないようにソッと抜き出す。


 …………。

 

 ………………。


 ……幸いにも、この時点では男からの反応は特にない。


 つまり、彼の探しているものは、手のひらの中に収まるサイズ。

 ひとまず、最初の賭けには勝った。


 地面を向いて倒れているため彼の顔は見えないが、それでも、視線がこの手にあるのはなんとなく分かった。

 それほど大切なものだったのだろう。


 そして、こぶしを作ったまま手を逆さにして、見せつけるように手を開くーーフリをした。

 

 もちろん。彼はそこを凝視したままだ。

 勢いよく手を開き、それと同時に後方に握られていたものを投げる。

 うつぶせになって倒れているせいで、平泳ぎで水を掻くような投げ方になってしまった。


 だが、以外にも狙いが良かったのか、すぐには落下音は耳に届いてこない。


「テメェ!!」


 すぐ後ろから、そんな声が聞こえてきた。

 ーーだが、攻撃が来るどころか、俺が投げたものを追いかける足音が聞こえた。

 足音が若干小さくなっていく。


 大切なものを投げた張本人に復讐するよりも、それを壊さない事の方が大事らしい。

 それほどに、大切なもの…………


 この状況で、彼らの探しているものが何かは見当がつかないが、そこまでのものなら少し同情してしまう。

 加えて、本当に申し訳ない。


 ーー少しでも、期待を持たせてしまって。


 彼が俺が投げたものを追いかけるように、俺も立ち会がり前に広がる道へと逃げる。


 周辺にある明かりは、男が持っているものと落とした小石のみ。

 そのせいで、視界が暗く見にくいどころか、この先の道は完全に闇に埋もれている。

 ……かと言って、落とした石をわざわざ取りに戻っている時間もない。


 恐怖を感じる前に、足が震えて動かなくなってしまう前に、その暗闇の中へと走る。

 そういえば、最初の森での時も、物を投げて解決した気がする。

 もしかすると、困ったら、ものを投げればいいのかもしれない……。


 俺が投げたものは、ただの食料缶だ。


 缶詰というのは、この世界でも流用されているらしく、冒険者の中ではマストアイテムらしい。

 飲食店から武器屋まで幅広く打っており、その上そこまで高くもない。

 レイナから貰ったものがまた役に立った。……本来の目的とは外れているが。

 あれ? おすすめされただけで、俺が払ったっけな?


 視界に差し込んでくる光がなく、ほとんど真っ暗なせいか、つい余計なことを考えてしまう。

 今は思い出にある時間とは程遠いのに、なぜかその光景を思い浮かべてしまう。

 前までの時間が、どんなに平和だったのかと、思い知らされる。


 戻りたい。

 帰りたい。


 出てくるのは、そんなどうしようもない気持ちばっかりだ。


 現実は、死にそうなうえに帰路すら見えず、追われている真っ只中だというのに……


 地面が平らじゃないせいで、幾度となくつまずき、止まりそうになる。

 だが、止まることは許されない。

 足を止める=死の世界だ。


 いくら視界が暗く探しにくいとしても、そろそろ彼も気づいたことだろう。

 俺が投げた物が、全くの無関係なものだと。

 

 さすがに、男の探していたものが食料だとは考えづらい。  ーーもしそうだとしたら、どれだけ……

 いや、たらればの話なんてやめよう。


 今は、唯一光が灯っていた空間すらも見えなくなり、本当に何も見えなくなった天然通路にいるのだ。


 しかも、相場が悪く方向すらもわからないため、ずっと右手を壁に触れさせながら走っている。


 もし、壁にに着けているこの手を放してしまったら、本当に方向が分からなくなりそうだ。

 そのせいで、どこまで進んだのか、どれだけ男と距離を作れたかがわからない。


 当然のことながらここは酸素も薄く、十分に空気を吸うことができない。

 そこまで走っていないはずなのに、肺が圧迫され、わき腹が痛んでくる。

 さらに、全身はもう傷だらけだ。


 あの時の賭けには勝ち、逃げる時間を確保したところまでは良かった……だが、あんな子供騙しでは、その時間も短い。

 今にも、彼は追ってきているはずでーー


 そう思った時だ。

 道の後ろの方が、わずかに明るくなった。

 洞窟の中が突然明るくなる自然現象なんてない。

 つまり、考えられる可能性は1つ。


 ーー彼が来た。

 追いつかれた。


 その証拠と言わんばかりに、どんどん視界に光がさしていく。

 何も見えなかった暗闇が、うっすらと壁の岩肌がわかるようになっていき……そして、いつの間にか俺の体が影を作るまでになった。

 ーー間違いなく、近くまで来ている。

 

 もう、彼と言葉を交わすことは不可能だ。

 きっと、次に姿を見せた時こそ本気で攻撃してくる。

 

 それを察せられたのは、最後の彼との会話でさらに怒らせるようにしたからか、初めは無かった男の足音が以上に大きく立っていたからなのか。

 ともかく、迫っているーーそれだけは事実だ。


 しかし、それと同時に、男が持ち込んできた僅かな光で、希望が差した。

 

 正面の道とは別に、右側の壁に穴が空いている。

 ーーここに来る時に通った、2つ目の分岐点だ。


 確か、ここで右手の法則の話をしただろうか?

 ということは、やっと中間地点まで来たということか。

 来るときは警戒していたから長く感じたのか、距離自体はそこまで離れていなかった。


 それが視界に入ると、自然と心に安堵が生まれていた。

 ……彼女との記憶に残る場所、というだけのことで。

 ただそれだけのことで、一瞬だけ恐怖が無くなり、緊張感も無くなっしまった。


 だがーー


「死ね」


 短く聞こえたその声が、恐怖を、不安を、再び蘇らせてくる。

 つかの間の安堵が、焦りへと変わっていく。

 

 どうにもならないのに、

 何も変わらないのを知っているのに、前に広がる広い空間へ手を伸ばす。

 

 後ろから聞こえる足音が、ありえないような速度で大きくなっていた。


 なぜか、時がゆっくり流れ、走っているはずなのに全然進んでいないようだ。


 そして、脳裏に浮かぶのは、悠菜の顔。


「ーーまた、明日ね!」


 その声を聴いたのはいつだっけ。

 日本にいたのはいつの話だ?

 

 明日……か。

 来るといいな、明日。


 あれ? 俺はなんでーー


 ーーこんな記憶を見てるんだろう。


 変に、昔のことが頭を過っていき、目に入るものが暗い洞窟から明るい過去へと変わっていた。

 どういう訳か温かく、それなのに冷たい。


 おかしい。

 おかしい。


 だってーー


 これじゃあまるで、


 走馬灯だ……。



 後ろから、空気を切り裂いていく轟音が轟いた。

 落雷のような、そんな音がーー


 その音が、森で食らったセレシアさんの攻撃と重なりあった。

 いや、同じものだ。

 まるで、人を殺すために作られたような、そんな……


「い、いやだ……」


 恐怖を通り越し、溢れ出た感情が涙となって顔を濡らしていく。


「たすけーー」


 誰も来ないのは知っている。

 もう、レイナは助けてくれない。

 それでも、無意識に、故意的に、他人にすがってしまう。

 そんな自分が、憎く感じた。

 力のある他人が、うらやましく感じた。


 涙をこぼさないように、目を瞑ってひたすら走る。

 安定しない地面だろうが、狭い通路いだろうがもう関係ない。

 波亞が溢れた両目では、もう世界が潤んで何も見えはしなかった。


 だからーー


 次は手前から衝撃が響いた時、驚いた。

 そこでやっと、状況を知ることになる。


 俺が目を閉じていた一瞬のうちに、状況は変わっていた。


 俺が進もうとしていた出口に通じる道ーーそこの天井が崩落し、道を塞いでいる。

 

 ーーだか、それすらもどうでも良くなってしまうほどに、衝撃的なことが目の前で起きていた。


 崩落によって飛んできた大きめの瓦礫、それがまっすぐと俺の方に飛んできていた。


 避けようと体を捻るが、間に合わない。

 衝撃を抑えようと、腕を突き出すが、無駄だ。


 そのまま、呆気なくーー


 その瓦礫が、足に直撃し、進むはずのなかった分かれ道の先へと吹き飛ばされた。


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