第47話 合図と離脱
偽の太陽に照らされ、突然現れた女の姿がよく見えた。
まず、レイナと同じように最低限の鎧しか身に纏っていない。
その上、何故か来ている服すらも半袖なので、この冷える洞窟の中だとかなり寒そうだ。
そして、何よりも驚いたのがーー肩の辺りまで伸ばされた彼女の髪が黒髪だということだ。
一応、下に行くにつれ赤みがかってはいるが……それでも、見慣れた黒髪だ。
この世界に来て、それなりに人と出会ってきたが、全員が全員違う色の上、黒髪の人はいなかった。
それこそ、見慣れた髪色はレイナの茶髪ぐらいだった。
だが、目の前に現れた女はちゃんと黒髪だ。
しかも、それだけじゃない。
その人が使っている剣ーーあれはどう見ても刀だ。
確か、刀はあの武器屋に置いてなかったはず……。
なら、どうして持ってるんだ?
ーーもしかして、本当に、
1つの可能性が頭を過ぎる。
ようやく、鍵となる人物に会えたような……
全身に走る痛みすらも忘れて、彼女とレイナが戦う姿を見届ける。
レイナが槍に力を加え、相手の防御を突破しようとするが、相手もかなりの実力らしく槍と剣に加えられる力が釣り合っている。
金属が擦れるような音が鳴り、剣先と槍が空中で均衡する。
どちらかの力が少しでも緩まってしまうと、そのまま押し切られてしまうはずだがーー
「いいのか? お仲間が死ぬぞ?」
黒髪の女がそう言った瞬間、レイナが力を緩めるどころか……槍を下ろし、俺の方へ向かってきた。
相手がいなくなった女も、そのタイミングで自身のパートナーの元へと向かっていく。
どうしてこの戦いから離れたのかーーそれがわからなかったが、そこでようやく思い出せた。
先程男が放った攻撃ーーホーミング性能のある稲妻弾が、いまだに消えていない。
あの時は必死すぎて忘れていたが、男へと隙を与えるため無視したままだ。
それが、後ろから迫ってきている。
それなのに、どうしようもないもない痛みのせいで、動くことすらままならない。
どの位置に攻撃が来てるのか、見たくても振り向くことすらできない。
だが、そんな俺の背後に、レイナが駆けつけてきた。
そして、短く詠唱をした後、ガラスのようなものが割れる音とともにずっと感じていた静電気のような感覚が消える。
「大丈夫か?」
「やばい、動けない」
実際には言葉の通りなのだが、端的に言いすぎてしまったためか、僅かに見える彼女の表情が珍し慌てたように見えた。
焦っているのか、痛みの広がる部分を次々と触れていく。
そんなやり取りの間、敵も同様に同じようなやり取りをしていた。
ただ違うのは、敵の方は攻撃を食らった男の方が治療できるらしく、傷を負った腹部に手を添えている。
黒髪の女の方はは、体を支えてるだけだ。
一方、俺の方もだんだんと前進から感じる痛みが治まってきた。
彼女が治してくれたのだ。
ただ、治癒魔法とは不思議なもので、痛みが治まってもけがをしたときに感じるジンジンとする痛みに似た感覚は残り続けている。
だが、痛みが引いたのならばそんなことはどうでもいい。
問題は、俺同様に敵も回復したということだ。
しかも、仲間が1人加わった状況で。
もちろん、俺は殺そうなんて思ってないし、殺せない。
今の俺には、どう頑張ったってできないだろう。
頑張るようなことでもない。
ただ、それでも始まってしまった以上、もう戦闘は避けられない。
敵は彼1人だけでも俺達2人と互角に渡り合っていたのだ。
それが、増えるとなればーー
「もうすぐ治癒は終わる。だが、それで私の魔力は限界だ」
だから、その声が聞こえた時にはドキッとした。
お互いの負傷による戦闘の硬直で、落ち着いた恐怖心が絶望を連れて戻ってきた。
ーーレイナの魔力が無くなる、それはつまり魔法が使えなくなることを意味していた。
この世界での魔法は、魔力という体内に宿るエネルギーのようなものを消費して使っているらしい。
だが、それは有限だ。
言ってしまえば、魔力というのが回復するのが遅くなった体力みたいなものだ。
しかし、それがこの状況においてどれほど戦況を左右するものなのかは、言わなくともわかる。
敵の方もかなり派手に魔法を使っていたので、お互いが魔力切れだと思いたいがーー
それでも、決定的な違いがある。
敵の黒髪をした女性、彼女はこの世界で初めて見た刀でレイナと互角に渡り合った。
だが、俺はどうだ?
ーーあんなのと互角なんて、絶対に無理だ。
つまり、敵は2人いるのにも関わらず、こちらの戦力は実質1人に加え、足手纏いが1人……
その結論にレイナも達したのだろうか。
敵には聞こえない程の声が耳元で発された。
「あいつらが何を取り返したいのかは知らんが、少なくとも目的は私達を殺すことにあるらしい」
そうだ。その通りだ。
例え人違いだとしても、もう話し合いには発展できそうにない。
殺すか、殺されるか、そんな争いだ。
だが、俺がそう思っているうちに言葉が続いた。
「けど、こっちの目的は特にない。もちろん、あいつらと関わり合ってるだけ無駄だ。だからーーここから逃げるぞ」
「……わかった」
「道はわかるな?」
先程まで、この空間は真っ暗闇だったが、今は敵の魔法によって明るくなっている。
そのおかげで、俺たちが最初に入ってきた場所は確認しやすくなった。
ーーだが、その入り口へ繋がっている道というのが、ここから見て左奥になる。
だから……脱出するためには、少なくとも敵を超えていかなければならない。
見てみれば、敵の方も俺と同じで、回復が終わりつつあった。
全身の痛みが消え、痺れるような感覚だけが残っている。
その感覚だけは慣れないが、体が動かせるようになった。
足と腕に力を入れ、固い地面の上を立ち上がる。
しかし、それとほぼ同じタイミングで、敵の方も立ち上がった。
「おーい、ゲイルとこんな死闘を繰り広げた後だし、そろそろ返してくれる気になったりはしないのか?」
すると突然、敵の女性の方が俺たちに語りかけてきた。
どうやら、向こうもできるだけ穏便に済ませたいのだろうか。
ーーだが、
「いつまで勘違いしてるんだ? いくら戦ったところで、持ってないものは持ってない」
「確かに、あれはお前らからすればいい値段になるだろうけど、私たちにとってはそれ以上に重要なものなんだよ」
「話聞いてなかったのか? こっちと戦うぐらいなら、他を探した方がいいって言ってるんだぞ?」
「はぁ、頑固なものだね。そんな強い意志があるなら、さっさと盗賊なんて辞めちまえばいいのに」
「お前らも、こっちが盗賊に見えるんだったら、それこそこんな職業やめた方が身のためだろ」
「ま、結局は何も変わんないってことか。残念だよ」
敵の女性が言ったその言葉が聞こえた時、隣にいたレイナがそっと俺の背中に手を置いた。
そしてーー
「そもそも、私の槍は特注品で、触れた金属は錆びるようになってるんだ。それにすら気づけないような奴らなら、確かにこっちの無罪に気づかなくてもしょうがないな」
挑発的な口調で、そう言い放った直後、敵の2人が揃って女の手に握られた刀に目を落とした。
ーーその瞬間
「行け」
小さく、短く掛けられたその言葉と共に、背中に添えていた手が押された。
方向は勿論、出口がある穴へだ。
ーーなら、レイナは……そう問いかけようとしたが、まるでそう聞かれるのがわかっていたかのように
「私の心配なんてするな」
と、言い残した。
……きっと彼女なら大丈夫だ。
俺は、振り返ることなく、押し出された方向へ向かって全力で走り出した。
この一連の戦いで、疲労が溜まり、喉は渇き、未だ体の所々が痛いままだ。
だが、この足を止めるわけにはいかない。
固い地面の振動が、足に負担をかけていく。
いつも何気なく歩いていた、コンクリートの地面が懐かしい。
あれですら足に負担があるらしいのに、この整っていない地面は走りにくいどころではない。
定期的にバランスを崩しそうになり、その度に肝が冷える。
ここでの転倒はただ痛いだけでは済まされない。
「おい待て!」
「チッ、俺が追う。槍の奴は任せた」
「ゲイルも逃すなよ」
出口に少しずつ近づいている中でも、横からそんな会話が聞こえてきた。
聞いてる限り、男の方が俺を追ってきているようだ。
俺とレイナの2人を相手にしても、全然太刀打ちできなかったのに、それが俺1人だけとなると……
ーーそこまで考えて、考えるのをやめた。
俺が今考えないと行けないのはそんなことじゃない。
入ってきた洞窟まで、残り十数メートルほどになった。
偽の太陽はこの広い空間だけにあるものなので、ここからだと洞窟の内部はわからない。
しかも、暗闇の中に戻るーーということは、グイムレーターのような生物に遭遇する可能性が高くなる、ということを意味している。
地下にいる生物の多くは、暗闇の環境に適応するために光には弱いらしい。
実際、俺たちが戦っている時、そのような邪魔が入らなかったのは偽太陽があったからだ。
だが、ここからは違う。
後ろからは男が追ってきて、前からはそんな道の生物が来るかもしれない。
行くも地獄、戻るは『死』だ。
走りながら、大きく息を吸い、吐き出した。
血や砂で汚れたパーカーのポケットに左手を突っ込み、レイナから渡された小石を手に取る。
これが、懐中電灯の代わりだ。
そのまま、洞窟の入り口へと入ろうとした瞬間ーー背後から、詠唱を唱える声が聞こえた。
だか、振り返っている暇などない。
さらに足に力を入れ、どうにか逃げ道である洞窟に右足を入れた。
勢いに乗せて、そのまま全身を押し込もうとするが……
見覚えのある、尖った影が突然現れた。
しかも、さっきほどの猶予もなく、現れた瞬間に落下していく。
入り口には、もう辿り着いたようなものなのにーー
間に合えーー!!
そう念じながら思いっきり地面を蹴り、体を入り口へと投げ入れる。
その直後、落ちてきた氷柱の破片が入り口を塞いだ。
細かい破片が体へと飛んでくるが、それこそが氷柱の餌食になっていない証拠だった。
一気に視界が闇に覆われ、何も見えなくなるがーー
「どうにか、助かった……のか?」
入り口は完全に埋まった。
つまり、あの戦場から脱出できたことに……なるのか?
ーーいや、何か引っかかる。
ひとまず、地面に倒れた体を起こし、この衝撃でもどうにか落とさなかった小石に魔力を流した。
すると、蛍の光のような微細な光が辺りを僅かに照らしていく。
とりあえず、離れないと。
彼らが、あんなに何かに固執していた彼らが、この程度で諦めるとは思えない。
ーーきっと、どこか別の道から……
その考えに至ったのと、同じタイミングだっただろうか。
俺の予想は、ちょうど半分的中していた。
……それも、悪い方に。
氷柱の破片で埋まっていた入り口から爆音が轟き、そこから光が入ってくる。
今度は塵のようになった破片が、視界を曇らせていった。
だが、それでもその開いた入り口から体を出す男の姿は、しっかりと目に映っていた。
「逃すとでも思ったか?」




