第46話 パートナーと合図
落ちていた剣を手にすると、そのちょうどいい重さが心を落ち着かせてくれる。
思えば、ここ数日で何度も命の危機があるが、そのほとんどは剣を握っていた。
反撃の手段を握っているというだけで、どこか安心が得られた。
ーー男の方に目を向けると、思った通りにレイナの方向に目を向けていた。
だが、その右腕はしっかりとこっちへ向いている。
さらに、それが次は赤色に光り出した。
赤は、何の魔法だ!?
初めて見るはずだ。
鼻垂れる魔法が光る色によって変わるなら、事前に教えてくれたってーー
今も姿が見えないままのパートナーへ内心文句を言うと共に走り出す。
このまま、動かない訳にはいかない。
うまく力の入らない右手から左手へと剣を持ち替えながら、前方のーー巨大な獣の死骸があるところを目指して足を動かす。
そこへ辿り着きさえすればーー
だが、勿論向こうだって黙ってはいない。
顔は確かにレイナの方へ向けてはいるものの、的確にこちらへ魔法を撃ってくる。
次に来た攻撃は、紫色の稲妻をまとったようなものだった。
それが、屈折をしながら俺めがけて飛んでくる。
空気を振動し、プラズマのようなものを放ちながら、ゆっくりと確実に距離を詰めてた。
これだと、今までのように少しかすめただけでもかなりやばそうだ。
……ゲームのように、少し痺れるといった程度でとどまったくれるとうれしいが……今までの殺傷能力の高さを見るに、絶対にそんな甘いものじゃない。
できるだけ距離を取ってーー
そう考えながら、狭い通路の中で出来るだけ壁に近寄るようにして、稲妻弾から距離を置く。
これで……
先ほどまでの攻撃と比べて、この稲妻弾はかなり遅い。
かなり簡単に避けることができた。
きっと、その代わり、広範囲にわたる攻撃なのだろうーーと……
そう思っていたのにーー
俺が壁へと避けた途端、それに合わせるかのように稲妻弾の向きが変わった。
今まで進んでいた向きから90度回転し、その方向ーーちょうど俺のいる場所へと向かってきた。
完全に避けたつもりでいたせいで、反応が遅れた。
だが、攻撃は待ってはくれない。
一定の速度で、最短距離を突き抜けながら、少しずつ距離を詰めてくる。
この1つの出来事で、空いていた距離は縮み、静電気のような痛みが時折感じるようになった。
ーーホーミング攻撃か!
どうする?
もう、時間がーー
1度攻撃から目を離し、前に立つ男の顔を見る。
さっきと変わらず焦った様子だが、1つ違いがある。
俺に向けていたはず男の右手が、彼女の方に向いていた。
片腕でもあんな攻撃を出せたなら、それが両腕になると……
壁を1つ隔てた向こう側からは、何かが砕ける音に爆発するような音、さらには金属同士がぶつかりあう音まで絶え間なく聞こえ続けている。
しかも、男を攻撃できていないどころか、逆に追い詰められている状況だ。
1対2で負けるのか……?
彼女が破れるということは、それすなわち死であって……
俺1人だと、彼に手出しすらーー
だが、彼女はそれでも戦っている。
武器系統が苦手とする遠距離での戦いで、必死に抗っている。
戦況は不利。
当たり前だ。
だから、未だに攻撃すらできていない。
ーーだから、彼女はきっと俺に……託したんだ。
後ろから来る攻撃は、早いとは言えないスピードでも確実に追い詰めてきている。
だが、今回はホーミングの代わりにゆっくりなおかげで、さっきとは決定的な違いが生まれた。
あの氷柱の攻撃が来たときは全方位行き止まりの袋小路だったが、今は一点だけ逃げ道がある。
ーーあの男の方向だ。
これは、彼女が必死に抗って、戦って作ってくれた唯一の逃げ道でありーー敵に生まれた隙だ。
こんな無力な俺に、彼女が託したーー信じてくれた、大きすぎるチャンスだ。
だから、レイナの与えてくれたこの隙を使って……
ーーあの男の隙を作る!!
後ろから刻一刻と攻撃が迫ってくる中、利き手とは違う腕に握られた剣を低く構えながら走り出す。
狙うのは前に転がってる肉片。
俺は、別に剣を振るのはうまくないし、魔法だって初歩的なものしか使えない。
……だから、レイナだって分かってるだろう。
いや、知っていながらやっている。ーー俺がとどめを刺せないことぐらい。
だが、この世界での戦いが苦手だとしても……前の世界のスポーツぐらいだったらできるだろ。
そう。それこそ、サッカーとか。
走る振動のたびに肩が痛んでも、隣から新しい爆発音が聞こえても、関係ない。
俺がやるべきことはただ、信じてーー
背後から感じる、軽く引き付けられるような静電気が消えていく。
遅めの稲妻弾から、距離を取れたのだ。
それでも、前の男は両手も顔もレイナの方へ向けられている。
今だーー今が……
そう思いながら、左手で握っていた剣をーー思いっきり地面に打ち付けた。
ガコンッーーと、鈍い音が空間に響き渡った。
レイナのように、きれいな金属音を出そうとしたのに……汚い音が出てしまった。
だが、この際そんなことはどうでもいい。
この合図が彼女の耳に届けばーー
同時に、彼が俺の方を向いた。
その目は、さっきに染まっていて、イラついたような表情で俺のことを睨んでくる。
反射か、予期していたのか、すぐさま彼が右手を俺のほうへ向けてくるーーが、それでいい。
ようやく長かったが短い目的地までたどり着きーー
彼へ目掛けて、足元に転がっているデカい獣の頭を思いっきり蹴り上げた。
あの時、男が殺した獣の切り落とされた首だ。
足が肉へ食い込み、靴の下からでもわかるほどの柔らかい感触が現れ、同時に何かがつぶれたような気持ち悪い感触も伝わってきた。
そこから抜けきっていなかった血が、ズボンから地面を通り、壁までもまんべんなく赤く染めていく。
途中から、骨のような硬いものに足が当たりーーそこでようやく、足を離れた。
そのまま、その肉の破片は逆に美しく見えてしまうほどの地をまき散らしながら、男の方へと飛んでいく。
そして、それを蹴り上げた勢いに身を乗せ、再び剣を構えて彼へと接近していく。
右手は肩の負傷のせいで上がらず、左手は剣越しに強く地面と打ち付けたせいで骨まで振動が響いて、うまく力が入らない。
それでも、俺がやらなければならない。
俺がーー
男の目の前には獣の頭、それとは少しズレた位置に俺。
そして……
その時、空中で放物線を描くように飛んでいた頭が、突然爆発した。
あたり一帯に、それが血の雨となって振り注ぐ。
個体だったものが突然液体と化し、気持ち悪い。
吐き気がした。
それでも、走って、走って、慣れない左手で剣を上げる。
どうせ、このままちんたらと待っているだけでは、後ろから着々と迫っている稲妻弾で殺されるだけ。
結局、俺は進むしかないのだ。
視界の先が赤一色に染まり、目が良く見えない中で、男に向けて剣を振り下ろそうとしたーーが…………
降り下ろす直前になって、不自然に手から力が抜けてしまった。
そのまま、弱弱しく剣が下ろされていく。
彼の魔法がーー違う……。
俺が、躊躇ったからだ。
殺さなきゃ、殺される。
なのに、やはり俺には殺せない。
直前になって、殺すことに対して恐怖が芽生えてしまう。
殺さないといけないはずなのに、心が、体が、それを拒んでくる。
彼を殺すべきか、
本当に、話し合えないのか、
彼にもきっと大切な人がーー
直前の直前になって、考えてはいけない事たちが頭を過っていく。
そのせいでーー
「舐められたもんだな」
俺の生半可な攻撃は、腕についていた彼の鎧に完全に防がれていた。
傷すらついていない。
「あーー」
そんな情けない声とともに、強い衝撃で横へ吹き飛ばされた。
肋骨が軋んだ。
ーー蹴られた。
それを理解するのすら、かなり時間がかかった気がする。
やはり、俺はわざわざ魔法を使うほどの勝ちすらないということか。
だからーー
「よくやった」
倒れる俺の傍から、その声が聞こえた時はうれしくなった。
俺は、無力だ。
そのうえ、とどめすら刺すことを躊躇ってしまう。
ーーだが、そんなことは彼女がよくわかっている。
だからこそ、彼女がくれた攻撃のチャンスを、彼女が攻撃するチャンスを作るために使ったのだ。
俺に意識が向き、彼女から完全に目を離す瞬間を。
俺が剣を落とした偶然を始めとして、繋いでいった注意を引き付ける合図をーー
あの不格好な剣の合図を聞き、彼女は駆けつけてくれた。
ようやく、変な浮遊感が消え、強く地面に叩きつけられた。
痛すぎて、もうどこが痛いのかもわからない。
体が動かないうえに、頭もなんだかぼんやりする。
……だが、その目で、戦況の続きを見ることだけはできた。
彼女が槍で彼の腕の装甲をはがし、続けてそこへ追撃を入れる。
だが、男が動いたせいでかすり傷でとどまった。
だが、彼女の攻撃は終わらない。
槍の利点である連撃を活かし、次は彼の腹へと攻撃を入れる。
しかし、もちろん彼も黙ってはいない。
杖が握られた左手で、何かの魔法を発動させる。
それと同時のタイミングで、彼女へと強風が巻き起こり、吹き飛ばされる。
だが、それと同時に槍のリーチを最大限に利用し、鎧越しに男の腹部へと強烈な一撃を食らわせ、吹き飛ばした。
数秒の間に両社が双方の攻撃により吹き飛ばされ、地面に強く打ち付けられるーーが、彼女はすぐに起き上がった。
対する男は、すぐに手を使おうとしたが、起きられていない。
風を起こした魔法とは違い、彼は鎧越しとはいえ強烈な一撃を食らったんだ。
そう簡単に起き上がれるわけがない。
彼女は、残酷にも時間を与えないため、走って彼の元まで詰め寄る。
一瞬のうちに距離が詰まり、槍を構えた。
ーーそれで、終わりのはずだった。
だが、そんな中でどこかから僅かに聞こえてくるものがあった。
タッ、
タッタッターー
どこかで聞いたことがあるような音。
ーー間違えない。
足音だ。
それが、ものすごい勢いでこちらへ近づいてきていた。
「レイーー」
俺が、痛みを我慢しながらも叫んだ時には、もう始まっていて、終わっていた。
今叫んだところで止めることはできず、何の役にも立たない。
彼が話していた時、確かに言っていた。
俺達ーーと。
金属と金属がぶつかる、綺麗な高い音が響き渡った。
見ると、彼と彼女の間に、1人の女性が立っている。
その人が、彼に向けられた槍の先端をーー剣で防いでいた。
「ーーごめん、ゲイル! 遅くなった!!」




