第44話 連鎖と交渉
ーーは?
何を言ってるんだ?
取ったものってーーそもそも何も取ってないどころかこの人とは初対面のはずだ。
いや、それかレイナが……
「レイーー」
俺が彼女の名前を呼ぼうとすると、前を向きながらでもそれがわかったのか、左手を俺の方へ突き出して待ったをかけてくる。
彼女もこの状況は想定外なのか、相手の動きを注意深く観察しながら何かを考えている。
ひとまず、俺も前に立つ謎の男へと目を移した。
あの光ると噂の石のおかげなのか知らないが、この広い空間内は太陽が昇っているように明るい。
そのおかげで、男の様子もかなり観察しやすい。
まず、髪の色は水色だ。
だが、その鮮やかな色と今の強張った顔は全く似合っていない。
いや、そんなことよりも格好だ。
ガタイのいい体は、胸、腕、そして足にも金属製のプレートが身を覆っている。
しかも、その背中にも腰にも、メインの武器らしいものは見当たらない。
だが、その代わりに水晶玉のようなものが先端に入った杖のようなものを備えている。
ちょうど、軽装のレイナとは真逆と言ってもいいスタイルだ。
ともかく、彼が杖をを持っているということは、魔法をメインに使うのか……。
だとすると、ここがこんなにも明るいのは石のおかげではなく、彼のせいかもしれない。
「そこで黙られるとなかなか辛いんだけどな。言ったはずだ、俺達は戦いたくないって……それは、逃げてたお前らだってそれは同じだろ? 早く渡してここはお開きにしないか?」
と、彼の口からは何かを渡すように急かしてくる。
やはり、彼の認識だと俺らが何かを取ったのは明白らしい。
まるで心当たりが存在しないが、こうなってしまうと誤解を解くのも大変そうだ。
何か……解決の糸口はーー
俺がそう考え始めた時、レイナが慎重に口を開いた。
「で、そっちがどういう経緯があったのかは知らんが、どうしてそれが私たちになったんだ? 証拠でもあるのか?」
「へぇ、ここまで来てしらばっくれるか。犯人はいつもそう言うんだよ」
「答えになってないぞ? これで襲いでもして人違いだったら……どうなるんだろうな?」
「そこまで言うなら教えようか。まず、2人組。次に、男女。そしておまけに、どっちもメインは武器だ」
言葉と同時に指を1本、2本と立てていく。
確かに、彼の言っていることと俺たちの特徴は当てはまっているがーー
「まさか、そんな曖昧な状況証拠だけな訳ないよな? それぐらいの特徴なら、当てはまる人は大勢いると思うんだが?」
「全く持ってその通り。ここまでならな」
そう言って、彼はまっすぐ一点に向けて指を突き出した。
その延長線上に立っているのはーー紛れもなく俺だ。
ーー心当たりどころか、引っかかる部分すらもないのに俺だ。
だが、こうもはっきり言われてしまうと、自信がなくなってきてしまう。
緊張の高まる現状の中、記憶を弄っていく……それでも、何も思い至るところはない。
本当に……何がーー
「まさか、まだ惚けたりなんてしないよな? 特にお前、盗んだ時と同じ服を着ていながら……」
段々と、彼の声には苛立ちが目立つようになってきた。
口調が強くなっていき、言葉も少しずつ荒っぽくなっている。
ーーだから、きっと彼の言っていることは本当なのだ。
だが、その対象が俺というのは……
「で? まだ否定し続けるつもりなのか? いくら状況証拠と言えど、これほどまでに集まれば立派な証拠と言えるはずなんだけどな」
ただ、やはりどれだけ探したところで俺のそんな心当たりはないし、それはレイナも同じらしい。
どちらの主張も間違っていないのに、意見が食い違い続ける。
どこまで行っても、現実は簡単に物事を進める気がないようだ。
俺はやっていないのに、俺こそが盗んだ張本人だと伝える原因となっている……。
彼からは、俺がどう映ってーー
「これが最後の警告だ。取ったものを返せ。今すぐにだ!」
「よほど、そっちは私たちを犯人に仕立て上げたいみたいだな。……で、ほしいものが何かは知らないが、持ってないと言ったら?」
「そんなこと、言う必要あるのか? 分かりきってるだろ。俺は強いぞ? 少なくとも、逃げ回ったお前らに負けたりはしないぐらいにはな」
前方に立つ2人が、緊迫した状態で会話を続けていく。
いつ、戦いが始まってもおかしくない状況だ。
互いが、自僅かな会話の内容から情報を得ようと慎重に言葉を紡いでいく。
逆も然りだ。
互いが、出来るだけ情報を与えないように、細部にまで気を払いながら会話をしている。
そのおかげで、ほとんど会話が進まない。
ーーだが、ここは残念ながら首脳会談のような、話し合いで幕が閉じるような場ではない。
この硬直が長く続けば続くほど、戦いの可能性は高まっていく。
そして、その勢いを止めるダムは、もう決壊寸前だ。
「逆に考えてみるんだな。もし、私たちがとった立場だとしたら、こんな入り口から近いようなところにとどまってるとでも思うか?」
「泥棒なんかの考えてることなんて、俺にわかるわけないな。それに、お前らはしくじった。ーー知ってるぞ? さっきの大きい爆発音、お前らが何かやらかしたんだろ?」
「それは面白い推理だな。残念ながらそれとそっちが盗まれたものの共通点は見えてこないけどな?」
「やっぱり、泥棒は口がうまいわな。泥棒なんてやめて、詐欺師にでも転職したらどうだ? ここから生きて帰れるならな」
「先に捕まるのはどっちだろうな? 私たちに手を出すと国が黙ってないぞ?」
「全く、面白いこと言うな……言ってろ」
長く続いた硬直、緊張の高まる空間、それが、その一言で崩れた。
彼が、素早く装備していた短めの杖を向け、レイナへと向ける。
……間違いない。魔法だ。
だが、その動きに合わせるように、俺とレイナも武器を手にする。
こうなると、警戒のため空けていた距離も逆効果だ。
もう、完全に手遅れーーなのか?
まだ、和解できるような……誤解を解く方法は残ってないのか?
武器を前に突き出し、男の魔法に警戒しながらも、頭の片隅でそんなことを考えてしまう。
ーー忘れてはならない。
俺が今戦おうとしているのはーーモンスターでも、魔物でも動物でもない。
人間だ。
言葉を交わし、同じように生きている人だ。
いつか……冒険者になるという道を選んでから、こうなるかもしれないとは思っていたが、あまりにも早すぎる。
オオカミですらためらっていた俺に果たして攻撃できるのか……いや、違う。
ーー違うだろ。
学校で、歴史で、俺は何を学んできたんだ。
俺は人と殺し合いなんてしたくない。
何より、俺は彼と戦いたくない。
男の手の中が紫色に光り、今にも攻撃しようとエネルギーを貯めている。
そして、レイナもそれを阻止しようと男へ向かって武器を振る。
俺は……俺はーー
「ちょっと待ってください!」
その声が空間中に響き渡ったと同時に、彼の手が止まった。
それを見てか、レイナも動きを止め、怪訝な表情で俺のことを見た。
もう、チャンスはこのタイミングしかない。
「あの……、嘘に聞こえるかもしれないんですけど、取ってないしそんなもの持ってないのも本当なんです!」
そんな俺の言葉が響いた時、残りの2人が固まった。
まるで、何を言ったのか理解されてないようにーー
「は、ははは。ーー盗んだ分際で、何言ってんだ! いい加減吐きやがれっ!」
だが、次の瞬間には、激しい怒鳴り声で響く音が塗り替えられていた。
「っ……!」
ーー行動を共にすることで、身の潔白を証明しようと思っていたが……逆だ。逆だった。
……彼を本気で怒らせてしまった。
僅かな可能性を信じてきたが、現実がそんな上手くいくはずもなかった。
これで……行動を共にして、仲が深まって……というのは、物語の空想だけなのか……
確かに、犯人と思われてる俺たちと行動するのはリスクが高すぎるかもしれない。
今考えても、俺の考えは適切じゃなく、むしろ狂ったものかもしれない。
それでも、いきなり攻撃だなんて……
まだ、話し合えるはずなのに。
この場に、戦わない可能性がまだあったのなら……
今度こそ、男の手が光る。
だが、さっきとは違い、右は紫色に、左手は黄色に光っていた。
その光が、杖へと移っていき、水晶玉から地面に光が漏れた。
その直後、地面が急に隆起する。
……いや、そんな優しいものじゃない。
まるで、地面から氷柱が生えてくるようなーーそんな攻撃だ。
それが、一直線にものすごい勢いで、俺の方へ迫ってくる。
あれに刺さったら……
今まで考えていた思考の全てを中断し、避けることだけに全神経を尖らせる。
正面ギリギリまで迫ってくるそれを、どうにか左へ跳んで回避する。
だが、地面への着地なんて考えておらず、足を着いた瞬間にバランスを崩して後方へ倒れ出す。
ーーその瞬間を、彼は逃さない。
さらに杖を俺の方へ向け、手の中が再び、次は茶色に光り出す。
傾いていく視界の中から、レイナが見えた。
ーーレイナなら……彼女なら、きっといい策が
さっきみたいな、生き延びるための策がーー
そう思ったのも、束の間の出来事だった。
視界が、いきなり塞がった。
遠くにあるはずの壁が近くに見えてーー
それが、伸びていっていた。
そこで、ようやく理解が追いついた。
彼は、地面を操れるーーなら……、この壁はーー彼が作り出したものだ。
ーー俺たちは……いや、俺は分断されたのだ。
そして、予期していた衝撃が背中から伝わってくる。
けれど、痛がっている暇なんてない。
急いで、その場から立ち退く。
すると、俺のいたその位置から、巨大な1本の氷柱が生えてきた。
ーー間違いない、
彼は、俺たちを殺すつもりだ。
そこに、躊躇いなんて甘いものは感じられなかった。
どこまで行っても、俺が足で纏いというのは変わりなく。
いつだって、現実は試練を与えてくる。
つまらないゲームの展開のように、連鎖的に次から次へと強い敵が現われていくのに、俺はずっと強くなれないままでーー
俺の世界での常識なんてものは異端なもので、この世界には通じてくれない。
話し合うなんてことを思っているのは、きっと俺だけなんだ……。
地面から生えてきた氷柱が、砂と変わって地面へ戻っていく。
視界に入ってくる人物は、もう彼しかいない。
ーー望んでもない、殺し合いが始まる合図としては、十分過ぎた。




