第39話 分かれ道と気配
片方は舗装されたように続く正方形の通路。
そしてもう一方は、洞窟のように遺跡とは関係なさそうな通路。
どっちに行くべきか、一目瞭然のはずだが……
「どっちに行きたい?」
「え、これ選択肢あるのか?」
「先に言っておくと、私が何回か行ったのは左側だな」
左側ーーということは、やっぱり遺跡の続きらしい通路だ。
だとすると、やはり一択だと思うのだが……
「ちなみに、右側って遺跡? それともただの洞窟?」
「こんな見た目だが、奥に行くとしっかり遺跡と繋がってる」
「そうなんだ……」
レイナが行ったのは左側。
ぱっと見進みやすそうなのも左側。
右の方も確かに気になるが、こういうのはやっぱり危険が少なそうな左を選ぶ方がいいだろう。
経験者もいるし。
何事も、安全第一だ。
「まぁ、安全そうな左かな?」
「どっちも別に安全とは程遠いな。そういうのを求めてるなら地上に戻って屋台でもーー」
「いや、そういう話じゃないって……」
隙あれば、彼女は俺を地上へと進めてくる。
まぁ、確かに足手纏いの自覚はあるし、しょうがないのかもしれないが……。
というか、元々は俺が彼女との決闘に勝ったから着いてこれてるだけであってーー
彼女との会話ーーそれは、最初ほどぎこちなくは無くなったものの、やはり長続きはしない。
そんな会話の間にも、色々と考えてしまう。
ーー俺は、彼女から見て邪魔じゃないのか?
ーー俺は、やっぱり足手纏いでしか……
ーー俺は、
「じゃ、左でいいな?」
「ーーあ、わかった」
彼女の声で、思考の中から現実へと戻れた。
そうだ、今は洞窟の中だ。
考えっぱなしじゃいけない。
ーーそれこそ、彼女の足手まといになってしまう。
……せめて、自分の身ぐらいは自分で守ろう。
短時間でどうにか決意を固め、広い空間から狭い通路へと一歩足を踏み出す。
すると、その足音が響き渡った。
空間の広さが少し変わるだけでも、音の響きやすさや視界の広さ、特徴がかなり変わってくる。
なので、できるだけ響かないように歩く時も注意が必要だ。
さっきまで壁の見えない程の広い空間に居たせいで、狭い通路での感覚が鈍ってしまっている。
事前に言われた通り、遺跡というのは特に短距離で環境が変わりやすいところだ。
よって、場所にあった対処をしていかないと、敵に見つかるのも時間の問題だ。
ようやく、来た時と同じような通路でした歩き方を思い出し、極力足音が出ないようにする。
そういう点では、やはりレイナはかなりプロだ。
最初の踏み出しこそ、意識しないためか音が響くものの、2歩目からはほとんど無音のまま歩いていく。
この空間で響いているのは、俺のかすかな足音だけだ。
これでも、かなり頑張って音を立てずに着いて行ってるはずなのに……
そのせいもあるのか、やはりこのような閉鎖空間で常に警戒し続けるのはかなり疲れる。
しかし、それと同時に先程から続く暗闇や、この緊張感に少しずつだけ慣れてきた。
いつ来るかもわからない襲撃、それを体験したからかもしれない。
だが、慣れてきたからと言って警戒心を解いてはいけない。
すでにここは何かのなわばりの中の可能性があり、上下左右のすべての方向へ全神経を研ぎ澄ます。
あらゆる可能性に備え、対処してーー
そんなことの繰り返しでも、精神の疲労が少なくなってきたのはやはり慣れのおかげなのだろう。
慣れ始めた頃が一番危険だとはよく言うが、慣れるということもまた大切なのだ。
「この通路、どこまで続いてるんだ?」
「こっちは割と短い。行きに通ったとこの半分ぐらいだな」
「じゃあ、そろそろ終わりってことか?」
「ああ」
短い会話がおわり、再び沈黙と化す。
だが、この狭い通路の出口が近づいているということは、同時に新しい生き物が現れる可能性も上がってくる。
ここで静かにして耳を澄ますのは確かに正解だ。
暗闇の奥は、まだ出口らしき道がつながっているようには見えない。
見えるのは両サイドの壁だけ。
こんなずっと変わらない景色を歩くのは人生で2回目だ。
前はーーここに転移してきたときの、森の中でーー
ーー!?
突如、前を歩くレイナが足を止めーーたかと思えば、地面を足で強く蹴り、大きく後ろに下がった。
まるで、地面にある何かを避けたかのようだ。
「ーーっ!!」
声を出す間もなく事態が起きたため、反応に少し遅れたが、腰から伸びる剣の柄を握る。
ーー間違えない!
何かが出た。
動かしていた思考を中断し、この瞬間の戦闘に備える。
次は何が来た?
ーー音がない、だからグイムレーター以外だ。
地面から生える植物か?
それともーー
見えない姿を懸命に探し、その外見を予想する。
ーー地面にいるのは確かだ。
距離は? レイナがあの距離で避けたならーー
必死になって答えを探すが、やはり当てはまるものが分からない。
音を出さずに近づいてくる生物なんて山ほどいる。
ーーじゃあ、何だ?
少し遅れて地面に着地したレイナが、ものすごい速度で剣を抜く。
彼女が着地したのは俺の1メートルほど前だ。
だが、敵との距離があまりないのにも関わらず、彼女は走って最初の場所へと戻る。
それと同時に、ランタンの明かりも先を照らしていく。
俺も、どうにか追いつこうと足を動かすが、この恐怖と緊張う感のせいで上手く走れない。
安定せず、震える足を少しずつ前に出すのでやっとだ。
剣を今度は下向きに構え、すぐに地面に触れるようにする。
音はないが、近づいている。
さっきとはまた違う、どこにいるか見当がつかない敵だ。
ーー近づいているのか、それとも逃げて遠ざかったのか……
姿を見るまでは、判断できない。
さっきみたいに、突然後ろにいる可能性もーー
だが、そんな予想は裏切られ、ランタンの光に照らされた地面に、黒い塊が見えた。
それを、レイナが飛び越えーーすぐにその勢いのまま剣を当てる。
ーー始まった……
そう、思ったのだがーーどうしてか、その黒い物体は動かない。
剣が食い込んでも、痛がる様子すら見せず、ピクリとも位置が変わらない。
まさか……見間違いか?
一瞬、その考えが頭に浮かんだが、その黒い物体をよく見て、その考えを取り消す。
しかし、予想に反して、その物体は見たことがあるものだった。
「グイム……レーター?」
「そうだな」
逆三角形の耳に、異様に長い手足。
黒い毛皮に覆われ、どす黒い液体を流したその物体。
それは、間違えなく先ほど見たのと同種の生物ーーグイムリーターだった。
それが、きれいに首が切られ、地面に転がっている。
「ーーこれ……レイナがやったのか?」
「いや、違う。元からこうだった」
元から……ということは、つまりこのグイムレーターは元から死んでいたーー否、元から誰かに殺されていたことになる。
こんなきれい首を切り落とせるのは、剣しかない。
そして、剣を握れるのは人間だけだ。
それすなわちーーこの先に、俺たち以外の誰かがいることになる。
「面倒なことになったな」
俺と同じ結論に達したのか、彼女が小声で呟いた。
そういえば、ここへ来る前に誰かのいた痕跡があったな。
「それをやったのって、入り口に焚火痕を残してた人たちか?」
「いや、違う。十中八九別人だ」
「え……?」
別人?
つまり、この遺跡の中には今、少なくとも3人以上の人間がいるのか?
「別に、遺跡内で誰かと居合わせることは珍しい事じゃない。……けど、問題なのはーータイミングだな」
「タイミング?」
「この死骸、腐敗も少ないうえに硬直しきってない。つまりーーあの焚き火よりもまだ新しいものだ」
「じゃあ……」
「ああ。近くに、誰かがいる。それも、まあまあやばそうな連中がなーー」




