第38話 疑問と分かれ道
彼女の細い腕の先に付いた手の平を串に刺した肉へと近づけて、少しずつ炙っていく。
今さっきの内臓を取り出すところや、小動物を串刺しにするところは見るに耐えなかったが……こうやって焼かれているのを見ると、キャンプなどを思い出す。
だが、炭やコンロが必要ない分、この世界の魔法というのは本当に便利なものだ。
エグい動物の中身を見てしまったせいで、少しだけ食欲が無くなってしまったが……こうやって炙られている肉の匂いを嗅いでしまうと、減った腹の虫が治らなくなるのもまた事実だ。
「ほら、出来たぞ。お前の分だ」
そう言って、小さかった肉をさらに半分にしたものを手渡してくる。
塩を振りかけただけとはいえ、脂がのってかなりおいしそうだ。
それを、レイナの後に続いて噛り付く。
筋肉の硬い筋をどうにか引っ張って噛み千切り、口の中に取り残された物体をのどまで運んで、ようやく話題を提示する。
「そういえば、レイナってこの道知ってるみたいだけど、地図って持ってるの?」
「持ってる持ってないの話だったら、持ってないな」
「その言い方だと、あるにはあるのか?」
「一度目を通しただけだな」
一度目を通しただけーーということは、やっぱりこの世界では地図が高いのだろうか。
「ーーじゃあ、その一回で地図をそのまんま覚えたってことなのか? すごいな」
「んなわけあるか。ここには何回か来てる。ある程度の道がわかるのはそれだからだ」
「おーなるほど、ってことは、この世界ではやっぱ地図は高いのか? 本当なら、あるに越したことはないし」
「どの国だろうと地図の状況は同じだと思うぞ? 確かに、地図はあるに越したしたことはないし、安くはないが別に高いわけでもない」
「ならーー」
「その代わり、精度が悪かったり、途中までしか書かれてない事が多い」
「そうなのか!?」
「あぁ、この迷宮は、第3大橋前とかと比べると探索しやすいが……かなり長くまで続いてるのには変わりない。そもそも、こういう遺跡の終点は未だ見つかってないんだ。それも当然だよ。……それに、大体そういうのは騎士団が介入しない場合は粗悪品も多い。最初の方は金稼ぎが目的の奴らがこぞって地図を作るからな。そんなのに命なんて預けられない」
言われてみれば、そうなのかもしれない。
こういうダンジョンの探索では、マップが命綱となっている。
事実、RPGではこういうマップを慎重に埋めていきながらプレイしていたものだ。
しかし、それが間違ってるとなると、予想外の事態に遭遇した時やばくなるうえに、最悪地図通りに行っても帰れなくなる。
そう考えると、下手な先入観を持たないようにちづを持ってこないというのは飯作なのかもしれない。
それなら、なんでーー
「まるで、じゃあなんで途中しか書かれてない地図が売ってるんだーーとでも言いたい顔だな」
「え? もしかして、レイナってエスパーか何か?」
「表情に出しすぎだ。とりあえず、途中までしか書かれてない理由を答えるけど、単純に長すぎるからだ」
「そんなに?」
「残念ながらな。しかも、ここはそこまで難易度が高くないのに重ねて遺物もそこまで大したものがない。だから、地図を作る奴らはこんな悪条件なところよりももっと需要なある場所を選ぶってわけだ」
なるほど。
何というかーーやっぱり世知辛い世の中だ。
ゲームや漫画の異世界とかも、実はこんな裏事情があったのだろうか。
どこの世界にも、お金のことしか考えていない人はいる。
ーー悲しいが、そういうことだろう。
「というか、そんなにしょぼいとこならなんでわざわざここに来たんだ?」
「分からないか? そのおかげで、逆にここが穴場になるんだ。奥に新しい通路を見つけたとしても、そう簡単に広まらない。それに、ここに来るのはお前のような初心者ばっかだ。これ以上は言わなくていいだろ」
なるほど。
つまり、彼女はここで何らかの穴場を知っているのだろう。
しかも、俺の訓練も兼ねて。
まさに、一石二鳥というわけだ。
……深部でおいて行かれたりとかしないよな。
嫌な不安が脳裏を過るが、どこか優しさのあるレイナなら多分大丈夫だろう。
そんなことを考えていたら、持っていた串焼きも残り一口の大きさになっていた。
それを、口の中へと運びーー串を抜き取る。
「食べ終わったなら、そろそろ出発するぞ」
そんな俺の様子を全て見届けて、カバンから取り出した道具を再びしまい始めた。
武器の点検も何事もなく終わり、汚れ切ってしまったタオルを俺もカバンに突っ込む。
あの小動物の食べれなかった部分ーー皮や内臓は、表面が黒くなるまで火魔法であぶり、元が何だったか分からなくなった状態で壁へと捨てられた。
動いていた姿を覚えている分、少し寂しく、かわいそうな残骸だけが残っていた。
ーー食べ終わった串と一緒に。
この世界の住人が、ポイ捨ての問題に気づくのは、きっともっと後になるんだろう。
だが、ごみは持っていきたくないので、そっとそこへと置いた。
背に腹は代えられないのだ。
ーーそして、立ち上がる。
今後、この世な生活が続くのなら、こんなことはきっと日常茶判事になる。
殺すのはともかく、こんなのでうろたえていてはいけない。
少しだけ感じてしまう気持ち悪さをそう言い切って隠し、立ち上がったレイナに続く。
ーーなんか、気の紛れそうなことは……そうだ。
あの記憶をできるだけ意識しないようにするため、思考を働かせていると、一つ気になっていたことが見つかった。
「そういえば、さっき言ってた通路が一つ腐ってるってのはどういうことなんだ?」
「あれか、ーーそうだな。ちょっと来い」
聞くや否や、突然俺の手を引いて歩いていく。
向かう先は、入って右側にある、斜め下へと向いていた通路だ。
底だけ地面が45度近く傾いている。
滑り台みたいに、下まで滑っていきそうだな。
で、いったいどこがどう腐っているのか?
ランタンで照らされる範囲で見た限りでは、崩落はしていなさそうだったのだが。
疑問に思いながら、正方形の人工的な横穴がランタンの光に照らされて見えるようになってきた。
しかし、相変わらずその中は闇が詰まっていて、いくら光を当てても見通せない気がしてしまう。
「そこで見てろ」
彼女が強めに俺に語りかけると同時に、右手を出して俺の体を制しさせる。
ーーレイナは気配がない的なことを言っていたが、やっぱり危ないのか?
すると、彼女は地面を見て何かを探し出した。
……探し物なら俺もーーと、言いかけたところで、それを見つけたようで、すぐにまた体を起こす。
そう手の中には、いい大きさの壁の破片が握られている。
ーーそれを、あろうことか下へ続いてる通路の奥へと投げた。
すぐに暗闇がそれを隠し、視界には入らなくなってしまう。
だが、壁に当たりながら落ちているらしく、定期的になる接触音が、空間に響く。
そのまま、その音が遠くなっていきーー
ーーグァガグッ!
という、汚い音が次の瞬間響いた。
それを境に、石が落ちていく音が聞こえなくなり、代わりにその『何か』の汚い音が響いてくる。
だが、その音の中から、ゴリゴリーーという音が小さく聞こえた。
まるで、何か硬いものが噛み砕かれているかのようだ。
それを聞いて、自然と体が震えた。
ただでさえ冷たい空気がさらに冷たいものに感じられ、それが体の中にも伝わってくるように悪寒が走る。
それほどに、耳障りな音だった。
音自体は違うが、爪で黒板を引っ掻かれた時の感覚に似ている。
この音は小さいが、うるさいグイムリーターの声の方がまだ許せる。
「……今のは?」
「さっき教えた、遺跡殺しだ。こういう、一度入ると出られないところの奥に根があることが多い。こういうとこに入ったら2度と出てこれないぞ?」
ーーさっき、滑って行ったら面白そうと思った自分が馬鹿らしい。
滑った先にあるものは楽しさなんかではなく、絶望だった訳だ。
ここへ来る前に話された遺跡殺しというのは、洞窟などの太陽の当たらない空間に根を張る植物らしい。
光合成しないせいで葉は灰色になっており、洞窟の色と擬態できる上に、捕食の瞬間以外音が出ないためかなり厄介な相手だそうだ。
きっと、太陽から栄養が入らない分、こうやって血肉を栄養にしているのだろう。
食虫植物とほとんど同じだ。
ダンジョンでの敵ーーそれは必ずしも動物だけではない。
植物から、あるかどうか不明なトラップ、その上天井の崩落など、迷宮自体も時には敵となって襲いかかってくる。
ーーだが、その先にそこまで危険な要塞に守られている中には、何が眠っているのだろうか?
恐怖心がある中、再び好奇心が湧き上がってくる。
危険なのにも関わらず、冒険者がこぞって潜っていくのは、きっとこうした理由があるはずだ。
そうして、実質行き止まりの通路から去りつつ、別の通路へと足を運ぶ。
残る通路は2つ、その両方が見える位置にレイナが立ち止まった。
右と左ーー最初の分かれ道だ。




