第37話 休息と疑問
未だに、叫んだ声の余韻がこの空間に響き渡っている。
本来、大声を出すのは周りの音が聞こえにくくなるうえに、敵に狙われやすくなってしまうためタブーとされている。
だが、今はそれどころではない。
一応、声は抑えたつもりだったのだが、突然のことだったため響くほどになってしまった。
後ろでどんなことが起こっているのか。
どんな景色が広がっているのか、
振り返ればわかると思っていた。
だが、目に映るのは予想外なものであり、ある種理想のものだった。
ーー敵となる生物など見えず、ただ力を抜いて立っているレイナだけがいた。
だが、先程槍を構えていた彼女の姿とは程遠い。
ふと、頭に漫画やゲームなどであった出来事が思い出されるが、どうにかそれらを考えないようにする。
ーーまだ、決めるには早すぎる。
「レイナ?」
とりあえず、再び彼女の名前を呼んだ。
次は小さく、それでいて確実に聞こえる声量で。
…………。
だが、数秒待ってみても返事はない。
それどころか、ピクリとも動かない。
ーー俺が、目を離したせいで……
「レイーー」
「うるさい。そんな呼ばなくても聞こえてる」
「……だ、大丈夫なのか!?」
「そもそも、ケガするようなことなんか起こってない」
「……へ?」
「それより、大声出すなって言ったよな? そんなことすら忘れたのか?」
「いや……それは悪かったけど、じゃあ、あの音の正体は?」
俺がそう聞くと、彼女は再び後ろを向き直した。
だが、その視線の先は闇の中ではなく、この空間の角ーーちょうど、蜘蛛の巣があるところに当てられていた。
「大声を出したんだ。ちゃんと警戒はしとけ」
そう言いながら、手に持っていた槍を背中にしまう。
そして、その空いた手の指をその蜘蛛の巣に向けた。
「ここの蜘蛛の巣に壁の破片が付いてるだろ。それに巣が耐えきれなくなって落ちたーーっていうだけの話だった」
それを聞いて、巣へと目を向ける。
いくら近場が明るくなるランタンと言えども、天井の角までその明るい光は届いていない。
なので、ほんのりと明るい中で目を凝らした。
すると、確かにその蜘蛛の巣には小石がいくつか乗っている。
いや、乗っているというよりも、石が蜘蛛の巣の大きい面を今にも突き破ろうとしている。
きれいに糸が等間隔で張られていたはずのそれは、乗った石のせいで所々が破れ、その上どうにか破れずに保っているところすらも、石の重みに耐えきれず大きくたるんでいる。
それを見て、やっと理解した。
その音は、蜘蛛の巣から落下した石の音だったのだ。
そうだとすると、レイナが気づかなかったのも、音が前後から聞こえたのも説明できる。
偶然、俺たちが通りかかったときに石が落ち……これまた偶然にも俺たちが通り過ぎた後にも石が落下したのだ。
蜘蛛の巣のさらに上に目を向けてみると、タイルが敷き詰められたかのように平らだった天井がそこだけえぐれている。
きっとその瓦礫が蜘蛛の巣に乗ったのだろう。
ともかく、謎の透明化できる生物などいなかったわけだ。
それがわかり、入りっぱなしだった体の力が自然と抜けていく。
それに釣られ、安堵の息が漏れた。
「で、いつまで剣を持ってるんだ?」
「あれ? ほんとだ……」
結果がわかり安心したせいか、はたまた先ほどの押しつぶされそうなほどの緊張のせいか、すっかり剣が握りっぱなしだったことを忘れていた。
力を入れっぱなしの上に汗ばんでいて、意識してしまうと少し気持ち悪い。
急いで剣を腰に付けた鞘へとしまった。
「別に、警戒しておくのに越したことはないぞ?」
「いや、さすがに疲れるから……」
もちろん、警戒は重要だ。
俺が大声を出してしまったのもあり、いつまた敵が襲ってくるかもわからない。
だが、レイナが槍をしまっているように、それらには必ず前兆的なものがある。
気配だとか、音だとか。
俺が感じ取れるものはせいぜい音ぐらいだが、レイナのように経験が深くなってくると気配なものを感じ取れるらしい。
大体の異世界物にとどまらずかなりの作品、その他にも競合なスポーツ選手などもそれらを感じ取るらしいから、実に不思議なものだ。
いつか、俺も強くなれたんなら、それを感じることができるのだろうか?
まぁ、強くなったとしても敵になど会いたくないが。
歩いていても不自然な音もなく、聞こえてくるのはせいぜい虫のカサカサ音や隙間風が引き起こす空洞音だけだ。
少し不気味に感じる半面、先程の音たちと比べると大分平和に感じられてしまう。
変わらず長方形の中のような空間を進んでいるが、その光景に少しずつ変化が表れてきた。
所々にひびはあったものの、平らな面がずっと続いていた天井や壁が、捲れ上がっているように洞窟の岩肌がむき出した箇所が現れてきた。
それは、へこんでいるものや岩が突き出してきたかのように出っ張っているものなど、様々だ。
さらに足を進めると、いつの間にかこの四角い空間そのものが歪んだようにねじれ始めた。
壁大きなひびが地面に大きな溝を作り、右下にあった壁と床との角が真下に来て、正方形の断面図がひし形のようになった。
まるで、俺たちが傾いているかのように錯覚してしまう。
それほど見慣れない光景であり、進むだけでも一苦労だ。
また、それらに伴って地面に落下した瓦礫も、その歩きに拍車をかけている。
まだ、小石のような細かい破片が集まっただけだが、それがあるだけでもかなり歩きづらい。
特に、体で陰になる部分の足元はかなり注意が必要だ。
足場が安定しないーーそれだけでも、周りへの警戒がおろそかになってしまう。
ーーそういえば、こんな足場の悪い場所を、さっきのグイムリーターはどう突破したんだろうか?
そんなことを疑問に思いながらもさらに進んでいくと、それらを乗り越えるとねじれていた空間が元に戻り、やっと平衡感覚が戻ってきた。
まるで、この空間を逆戻りしているかのようだ。
それでも、タイルのような壁はひび割れ、不自然にへこんでいる。
瓦礫も多いままで、マシになったとはいえ進みやすくなったとはとても言いずらい。
しかし、この進みづらい狭い空間が、確かにだんだんと広がってきていた。
この空間が歪んでいたのも、それらを裏付ける証拠だろう。
そして、前を歩くレイナの先ーー光がわずかに灯る暗闇から、この紺色の壁が見えなくなった。
ーーいや、見えなくなったんじゃない。
そこから先に、壁が続いてないのだ。
長方形の平らな壁も、ごつごつした岩肌も。
この狭い通路の先、そこにはここからだと壁も闇に隠れて見通せない、広い空間だ。
そこへ、レイナに一歩遅れてたどり着いた。
「着いたぞ。とりあえず、周りを確認する」
そう言い切って、彼女は俺の返事も待たずに来た方向から続いている壁に沿って歩き出す。
あのランタンでも全体を照らせないほど、この空間は広い。
しかも、俺たちが来た狭い直方体の場所から一気に広くなっていて、道どころか柱すらも見当たらない。
それなのに、壁はあの紺色のタイルのままだ。
つまり、さっきまでの通路をそのまんま拡大したような場所だ。
この四角い空間を柱無しでどう支えているのかは分からないが、それこそが遺跡と呼ばれる所以なのかもしれない。
ーーと、立ち止まって考えていると、だんだん周りが暗くなっていく。
見ると、レイナが先に進んでいるせいで、明かりとなるランタンが離れていた。
周りが暗いおかげですぐに彼女の場所は分かるが、この暗闇で一人にはなりたくない。
急いで、彼女の元に駆け寄る。
「別に、そこで待ってても構わない」
「いや、この暗い中だとさすがにきつい」
「なら離れるな? 一応、特に気配は感じないけど、念のためな」
そう言って、暗闇へつながる壁に沿って進んでいく。
すると、光を反射していた壁が逆に光を吸収しているのが見えた。
ーー洞窟だ。
いや、厳密にはここも洞窟の中なのだが、正方形の空間に不自然に穴が開いている。
しかも、そこだけ紺色の壁ではなく、自然によってできた岩肌だ。
まるで、遺跡の壁に穴が開いたみたいになっている。
レイナは気配を感じないとか言っているが、この穴の先は光が届かず、何が襲ってきても不思議じゃない。
黒一色の闇を見つめ続けていると、おかしくなりそうだ。
だが、そんな穴を通り過ぎても、彼女の足は止まらない。
「なあ、休むんだったらこんないろんなとこに繋がってる広い空間よりも、さっきみたいな一本道の方が良かったんじゃないのか?」
「一般的にはそうだな。ただ、ここはまだ浅いおかげで敵が近寄りにくい。それに、入ってきたところ含めてここには4つの穴があるが、そのうち1つは腐ってる」
「へー、そうなのか」
腐ってる、というのは埋まってしまったということだろうか。
そんな会話を繰り返して、2つ目、3つ目の穴の横を通り過ぎる。
この空間も立方体の中のような形をしていて、その壁の4面にそれぞれ出入り口のような通路がくっついているという感じだ。
しかも、その2か所はさっきのように岩肌が剝き出しなのではなく、来た道のような紺色の四角い空間が続いていた。
「よし、問題なさそうだな」
そんな声が聞こえた時には、いつの間にか一周して入ってきたところまで戻ってきていた。
ここまで、特に生物の音や気配はない。
見たのは小さい蜘蛛ぐらいだった。
「できるだけ砂利のないところを探せ。そこで一旦休憩だ」
「わかった」
ここの地面は、小さい砂埃から大き目の瓦礫までもが地面を埋め尽くしている。
普通の洞窟なら、地面の隙間に挟まったりするのだろうが、この平らな場所ではそんなことは起こらない。
そのため、積もり重なっていってーー本来紺色のはずの地面がほとんど隠れてしまうほどになっている。
特に、砂埃のような故赤井砂利は滑りそうになるので、かなりいい迷惑だ。
ーーと、明かりに入る中の地面を見ていると、少しだけ紺色の地面の露出度の高い場所が目に入った。
「レイナ、ここは?」
そう聞くと、無言のまま俺の指さした場所を見つめる。
「そうだな、ここでいいか」
満足いったのか、地面の砂埃を払うことすらせずに彼女は腰を下ろした。
一方俺は、入念に手で砂埃を払ってから座る。
こういう違いは、やはり冒険者としての経験からきているのだろうか。
……そういうのを気にしないっていう文化だったら嫌だな。
だが、何しろこっちは希少な地球産の服を着ているのだ。
もうこれ以上汚したくない。
そして、このまましばらくの間、腰を下ろして休憩は終わりかと思ったが、彼女がポーチを漁りだしーーいつぞやに狩った小動物を取り出した。
今、このタイミングで取り出したということはきっとそういうことだろう。
……俺にも分けてくれるだろうか?
想像より、少しだけ贅沢な休憩時間になりそうだ。
ちょっとだけタイトル変えました。誤差です。




