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誰もが憧れるこの異世界で、無力な俺は主人公になれない  作者: 赤め卵
二章 たった一つのきっかけで、物事は変わってゆく
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第35話 迷宮と奇襲


 ずっと目を向けていたのにも関わらずーー 

 ずっと構えていたのにも関わらずーー 


 その姿を捉え切れなかった。


 暗闇の中、わかりやすくむき出しになったクリーム色の牙が見え、ようやくそれが何かの生き物だと理解するーーが、間に合わない。

 脳の理解と、体の動きが遅れている。

 

 狭い通路の中、構えていた剣のさらに上に向かって飛んでくる。


 今ばかりは、あの不快な音も気にならない。


 剣を上に持っていこうとするが、明らかに遅い。

 姿が見えるようになってから、僅か一秒しかたっていないのに、目と鼻の先には凶暴な口がある。


 そこでようやく光が当たったことで、茶色の毛をまとった赤い瞳がわかった。


 オオカミの時ですら少しでも考える時間があったのに、今回はそれすらない。

 反射的にしか動けず、そのまま何も分からないままーー


 その生き物が真っ2つになった。


 それらは空中で左右に分かれ、濁った赤い液体をまき散らしながら飛んでいく。

 

 向かってくるものは、いつの間にか大量の血液になっていた。

 思わず、反射的に目を閉じる。


 だが、視界からの情報が無くなったおかげで、より鮮明に耳からの音が聞こえるようになった。


 ーーペタ、ペタペタペタ


 いまだに続く不快な音の中、またその音が聞こえてきた。

 ーーまた、向かって来てる。


 それがわかった瞬間に目を開け、再び剣を構えた。

 今回は、さっきよりも少し高い位置だ。


 そして、暗闇の中、次は赤い瞳が浮き出てきた。

 口の中に牙をしまっているのか、クリーム色の牙が見えず、視認しにくい。


 だが、さっきのことのおかげで、ある程度の速さは分かった。

 次こそーー


 そう思ってる間にも、目では追いつけないほどの勢いでそれは迫ってきている。


 レイナの槍先は右側を向いているーーが、今回迫ってきているのは左側からだ。

 ーーつまり、俺が……俺が仕留めなくてはいけない。


 ようやく明りに当たり、茶色い体が目って見えるようになった瞬間ーー剣を振り下ろす。


 イチかバチか、そんなタイミングだ。


 ーーだが、振り下ろした剣からはまったく手ごたえがない。

 

 そのまま、剣を完全に降り下ろす直前ーー痛くなるほど響いていたあの声が突然途切れた。

 自らの剣先を見つめていたため、何が起こったのか分からないまま、剣を床につける。


 この空間に、叩きつけられる金属音が響いた後、何かやわらかいものが落ちたような音が続いて響いた。

 それに続き、次は悲鳴のような汚い声が、前方から聞こえてくる。


 そこで、何が起こったかが何となくわかった。


 レイナだ。

 きっと、彼女が槍の柄の方でそれの動きを妨害してくれたのだ。


 ーー聞こえた音からして、それが落下したところは近い。


 そう判断し、剣を振ったときの前への重心を利用して、一歩踏み出す。

 すると、すぐに視界に、茶色い体毛をまとった生き物が映った。


 その生物は、犬のような頭をしているのにも関わらず、長い腕は人間のようで……足も、人間の手に近い形をしている。

 しかも、体の後方から生えている尻尾は、異様に細く、どう見てもバランスよくは見えない。

 昆虫とかとはまた違った気持ち悪さがある。


 そんな生物が、仰向けになってジタバタと藻掻いている。

 ぶつかった衝撃からか、片方の腕が変な方向に曲がっているが、この暴れ具合からするとすぐに起き上がってきそうだ。


 だが、させないーー


 地面から少しだけ持ち上げた剣を体の勢いに乗せて、素早くその生物の真上まで持っていく。

 直後、その生物が抵抗のためか、折れていない方の腕を剣にかけようとしたが、さすがに間に合わない。ーー間に合わせない。


 剣を持ち上げるのに使っていた力を抜き、逆に剣を押し付けるように力を入れ直す。


 野菜を切るときのような感触を感じた直後に、地面の硬い感触が伝わる。

 うるさかったあの音が鳴り止み、静かに、ーーコツン……という音が響いた。


 見てみると、その生物の首と胴体が別れており、折れていなかった方の腕も手首から先が別のところに落ちている。


 そこから漏れる汚く濁った血が、段々と地面を汚していた。


 なぜか、今回は……殺すことに抵抗がなかった。


「その剣は鞘にしまうなよ。血を拭いておかないと病気にかかるかもしれない」

「……わかった」


 レイナの声が聞こえたことで、一気に緊張が解けた。

 体に籠った力を抜き、深く息を吐く。


 あのうるかった音は、この生物の鳴き声だったらしい。


 敵に襲い掛かるとき、泣き叫んで威嚇しながら素早く襲い掛かってくる。

 体に対して手足が異様に長く、それに対して尾は小さい。

 そんな見てきた部分だけでも、事前にレイナから教えてもらっていたグイムリーターという生物まんまだ。


 醜く、不完全な生物に見えるが、動きが素早く繁殖力が高い。

 それらが低い知能を補なって、種の繁栄を手助けしているらしい。


 そのうえ、栄養が入らなくてもしばらくの間は生きていけるのだという。

 その分、今回のように突進した時に骨が折れやすくなってるようだが。


 再び、その姿を見てみると、いまだに切断された部分からは血が溢れていた。

 真っ二つに割られた方は、原形が分からない肉の塊へと変わり果てている。


 栄養があまりなく、この黒に近い血を流すということは、赤血球とががあまり無いんだろうか?

 生物の体には詳しくないのでこれ以上は分からないが、結構恐ろしい敵だった。


 あの頭が犬のようで、手足が人っぽく、短い三角形の耳を持つ生物。

 それは、空想上の生き物ではあるが、4足歩行のグレムリンに似ている。

 

「ほら、これで拭いておけ。特に肌に着いた血は早めに落とした方がいい」


 俺がまじまじと死骸を観察していると、タオルのようなものが手渡された。


「あ……ありがとう」

「見張りはやっておくから早くしろ」


 せかされてしまったので、素早くタオルを広げ、指にこびり付いた血を拭いていく。

 まだ乾く前だったので、軽く拭いただけで取れた。

 だが、問題は服だ。

 

 あの真っ二つになったグイムレーターは、置き土産として俺の服を派手に汚していった。


 ーー地球からの数少ない思い出の品を、こんなところに着てくるんじゃなかった……。


 来る前の自分の判断を呪いつつ、染みついた血を頑張って落とす。

 だが、当然染みついているので落ちない。


 しばらく試してみたが、やっぱり無理だ。

 といっても、さすがにこんなところで限られた飲み水を使うわけにはいかない。


「はい、レイナ。助かった、ありがとう」

「まだ顔についてる。それと、そんなもの返されても困る。持っておけ」


 その言葉を聞き、ようやく自らの頬に何かついているような違和感を感じた。

 持ったいたタオルで拭ってみると、べったりとした血がタオルに付いた。


 てっきり、レイナが親切心でタオルを貸してくれたのかと思ったが、荷物を押し付けてきただけなのかもしれない。

 ……それでも、彼女が助けてくれたのは事実だ。


 助けてくれたと言えば、今回も彼女のおかげで剣を当てられた。

 俺一人では、グイムリーターに剣が当たるかも怪しいし、何なら当たったとしても、2体を一気に仕留めることはできなかっただろう。


 また、俺一人では何もできなかった。

 

 ……やはり、経験の浅い俺は、この迷宮という場においては足手まといでしかなくーー


「さっきの、剣の振り方。2匹目を倒す時は良かった」


 短く、そんな言葉が彼女の口から漏れた。


 …………?

 あれ?


 もしかして、褒められたのか?

 レイナに。


 勝手に、いつものイメージで、彼女はそういうことを言わないと思っていたーー思い込んでいた。

 

 たとえ、役に立っていなくても、彼女から見て良かったなら、

 近いうちに役に立てるかもしれない。


 ただ一言でも、それを言われるだけで、良かったとーー

 

 彼女の隣に立てていて良かったと思える。

 緊張で硬くなっていた肩がほぐれ、疲れが少しだけ吹き飛んだ。

 

 多少なりとも褒められるぐらいにはなったのは、いい成果だろう。


「ここから少し進んだところに、広い空間がある。そこに着いたら、一度休憩だ」

「りょうかい」


 拭き終わり、役目を果たしたタオルをカバンの中に押し込んで、歩き出した彼女の後に続く。

 地面は、ようやく血が止まった2つの死骸が転がったままだ。


 どうやら、これらには全くと言っていいほど栄養がないため、食用にならないどころか蜘蛛ぐらいしか寄ってこないらしい。


 初めてしっかり倒すことができたという達成感を感じつつ、殺すことに抵抗が無かったことが少し怖くなる。

 確かに、虫を殺してしまうことには、あまり罪悪感が湧かない。

 だが、それはきっと姿かたちがかけ離れすぎているからだ。


 だが、このグイムレーターという生物はどうだろうか。


 手足と言い、頭部といい、きっと哺乳類だ。

 大雑把に分けると、同じカテゴリだ。

 それを気持ち悪いという理由だけで、俺はためらいすらしなかったのか……?


 もし、そうだとしたらーー


「ひとまず襲い掛かってきた奴は倒したが、油断はするな。敵はこっちの都合なんて考えてくれない」

「わかった……」


 そうだ。

 そんなことは、また帰ってきてから結論を出せばいい。


 ここは、少しの油断すら命取りになる。

 そういう世界だ。


 襲い掛かってきた2匹を倒したからと言って、もう敵が出てこないなんてことはない。

 いつまでもゲームの感覚ではダメなんだ。


 状況は変わらず、先の見えないーー周辺しか明るくない闇の中。

 さっきはうるさいほどの鳴き声を出してくれたから良かったものの、あれが無音で突っ込んできていたと思ったら……レイナですら危うかったんじゃないのか?

 


 目を凝らしたところで、先は見えない。

 見えたところで、対応できるかも分からない。


 それでも、やらなければ近づいてくるのは目的地なんかではなく……『死』だ。


 戦闘があったせいか、前よりも闇の中がうっすらと見えるようになった気がする。


 そうして、また先を見つめ、地面を見て、後ろを振り向きーー


 この狭く、暗い空間を再び進んでいく。


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