第28話 会話と旅立ち
「これはこれは、失礼致しました。どうも昔から、空気を読むのが苦手でして……」
目の前に立つ、歳を重ねた男は控えめな口調でそう言った。
ーー空気が読めないと言うよりも、タイミングが悪いというのは確かに少し思うとこがあるが。
「そういえば、お客様と会うのは初めてでしたな。私はセンドロバート・フォルゲルツというものです。微力ながら、宰相を務めさせていただいております」
「よ、よろしくお願いします。三河恵斗です。数日前に、なんやかんやあってここまで来ました」
「聞いておりますよ。早速依頼を達成してくれたと……なんとお礼を申し上げればいいのやら」
「いや……俺は何も。ーーほとんど、レイナに頼りっきりで……」
「いえいえ、戸惑いもある中、我々の力になってくれただけでも光栄です。あぁ、どうしてレイナの奴はケイト様と違い、ああも勝手なのでしょうか」
「フォルゲルツ様も、そうおっしゃらずに。確かに、レイナにはいくらか思うところはありますがーー優秀な仲間なのには変わりませんよ」
「その思うところが深刻なのだがな……。騎士団に入っていれば楽だったものを……」
言われてみれば、レイナは冒険者という立ち位置にいるのだ。
手伝っている形であり、正式な騎士団ではない。
ただ、今のところ騎士団と冒険者の違いがはっきりしないままなのだが。
「では、時間もありませんので私は先に失礼させていただきます」
「そうかそうか。セレシア殿も大変ですな」
「フェルゲルツ様ほどではありませんよ。そして、時間を取らせてしまってすまなかった、ケイト。そのーートイレの方は、大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫になりました……」
「そ、そうだったか。それなら良かったのだが……」
セレシアと会ったとき、テキトーな嘘をついてたのを忘れてた。
最後の最後まで騙してしまって……若干申し訳ない。
すると、会話を終えた彼女は、俺と宰相に軽い会釈をするとゆっくりと背を向ける。
服が違うだけでも、凛々しい印象から可憐なものに変化してしまう。
こうして考えてみると、やはり文化の芯は変わっていない。
ーーこれで終わりだったら丸く収まったのだが、この場には俺以外にもうひとりの人物がいる。
彼とは初対面であり、いわばセレシアという共通の知り合いで繋がっていたわけだ。
こういった、残された他人同士がどのような結末を迎えるのかは、元の世界で何回か味わってしまった。
……それはそれは恐ろしいものだ。
ここは、またテキトーなことを言って乗り切ろう。
そう思いながら、再び何をいうか考えているときだった」
「それで、どうしてあのような嘘を?」
「へ?」
まるで、考えていたことすべてがお見通しのような言葉が耳に入ってきた。
嘘ーーと言うの紛れもなくトイレのことだろう。
ただでさえ気まずい空間は苦手だというのに、これ以上空気が悪くなってしまってはもう耐えられなくなってしまう。
しかも、宰相というまぁまぁやばそうな立場の人にたいしてだ。
よし、正直に話そう。
「す,すいませんでした……! 好奇心で出歩いていたのがバレたくなくて……」
「おっと、そうでしたか。すいませんね、ちょっとばかりからかってみただけですよ」
「え……」
「これでも、この役職も長いものですからね。それぐらいは見破れますよ」
そう言って、彼は穏やかな笑みを見せる。
残念なことに、話の内容は全く穏やかではないが。
「ところで、セレシアさんと同じで、こんな時間から仕事ですか?」
「いえいえ、ただの散歩ですよ。この歳にもなってしまうと、周りのかすかな変化も楽しみになってしまって。ただの老いぼれの楽しみですよ」
「すいません、お邪魔でしたか?」
「とんでもない。こんな私の話に付き合ってくれてありがとうございます。そして、偶然にしてはできすぎていますが、少しケイト様とはお話がありまして」
「あ、やっぱり怒られますよね……」
「そんなことありませんよ。それに、こんな私には怒るほどの力など残っておりませんよ」
「じゃあーー」
「報酬の件です。どうぞ、お部屋まで」
そう言って、右手で進む方向へ添えて、歩き出した。
俺もそれに続くが……
普通に歩くと、少しずつ距離が空いていく。
また、早歩きで進んでも、引き離されなくはなったものの、距離はなかなか縮まらない。
この人、歩くペース速すぎる。
しかし、時々後ろを振り返っては少し待ってくれるので、どこかの誰かさんとは大違いだ。
それでも、気を抜くとどんどん距離が空いてしまう。
そんなやりとりを何回か繰り返しているうちに、ようやく彼の足が止まった。
その正面には、今まで通り過ぎた扉と比べ、僅かに大きい扉がある。
遅れてたどり着いた俺を確認したのか、両手を使って両開きの扉を開けた。
「どうも私はペース配分が苦手なようでして。どうぞ、お入りください」
「お、お邪魔します」
開いた扉の脇に立ち、手のひらを部屋へと向けてくる。
おそらく、客は先に入るのが礼儀とかなのだろう。
部屋の中は、かなり質素なものだった。
ぎっしりと、それでいながら整頓された両端の本棚。奥には朝日が取り込まれる窓があり、部屋の中心にはいかにもな茶色い木製の机と高そうな椅子が置いてある。
どこか、漫画とかで見る幹部の部屋そのものといった印象だ。
俺が部屋を見渡していると、遅れて入って来た宰相が素早く椅子に座った。
これで、俺と彼が椅子を跨いで向き合う形となる。
報酬についてーーとは聞いているが、具体的にどんなことを言われるのかはわからない。
その僅かながらの不安が、体を重くする緊張へとつながる。
「そうか、ケイト様は受け取りに関しては初めてでしたか」
「そうなりますね」
「それでは、今回エトレイク森林第2大橋周辺の探索ーーその依頼達成を確認しましたので、ここに報酬を授けます」
慣れた手つきで机の中から巾着袋を取り出した。
それが、机に置かれた時の音、そして形の崩れない袋が、中身が少なくないことを表している。
「これは俺の分ですか?」
「いえ、レイナ様とご相談の元お取り分けください。それが二人分の報酬となります」
「あ……そうですか」
「そう残念がらないでください。これだけでも、かなりの額ではありますよ。それが命と同じ重みかはともかく」
そうだ。一応、ほとんどレイナに任せっきりではいたが、いつ命を落としてもおかしくなかったのだ。
安全に気を使い、上の判断に従う騎士団。それに対し、全て自身の判断で行い、責任も全て持たなければならない冒険者。
どっちの方が安全かなんて、言うまでもない。
それでも、レイナとなら……。
「ところで、レイナには俺から渡せばいいんですよね?」
「お願いしてもよろしいでしょうか? 本来なら、我々が直々に渡した方がいいのですがーー、本当に、レイナのやつには困らされてばかりですよ」
「えっと、何かあったんですか?」
「それがですね、本来、この話は昨日のうちにする予定だったのですが……彼女にお会いした時、ケイト様に渡してくれとーーそう言い逃げられてしまいまして。いやはや、お見苦しい限りです」
確かにその行動はレイナっぽいと言えばそれで片付いてしまうが……それはどうなんだ? 大丈夫なのか?
性格とか、それ以前な問題な気がする。
クビにならないのか?
いや、それ以上の実力ってことなのか……
「じゃあ、渡しておきます」
「お願い致します。では、今回の依頼もご検討をお祈りいたします」
「頑張ります……」
「ええ、それと依頼を達成できたら、ケイト様がこの部屋へお越しください。彼女はご自分から来られないことが少なからずありますのでーー」
「あ、そうですか。わかりました」
「それでは、どうかご武運を。こんな年寄りの話し相手になっていただきありがとうございます」
そう言いながら、小さく手を振ってくる。
俺も、軽くそれに返して部屋を出ようとした時ーー気づいてしまった。
今、ここで聞かなければ……知っておかないことを。
出口へと向けていた体を戻し、再び宰相へと目線を合わせる。
「あの……レイナってどこに住んでるんですか?」




