第27話 確認と会話
ーーまぶしい。
意識が覚醒してきた時、まず思ったことはそれだった。
全身を照らしてくる光が、朝だということを知らせてくる。
まだ眠気が残っているが、こんなに眩しいと二度寝もできそうにない。
既視感があるな。
ちょっと前にも、全く感じたことを思った気がする。
確か、あの時はーー
この後に森に投げ出され、獣に襲われて……
思考回路がそこへと至った瞬間、急いで手で地面の感触を確認する。
だが、そこは岩のように硬くはなく、体重が乗るところが沈み込んでしまうぐらい柔らかかった。
……よかった。
思わず、内心でそんな声が漏れる。
この世界に来て最初の悲劇、あんな体験はもう2度としたくないものだ。
ふと、光の入ってくる方へと目を向けた。
ベッドの上ということは、室内のはずだ。
なのに、光が入ってくるということは……
視線の先には、光を通す大き手の窓と、閉めていないカーテンが映っていた。
やっぱり、カーテンを閉め忘れていた。
この窓からは、城正面にある庭園がよく見えるのだが、こうなってくると大きい窓が付いているのもなかなか考えものだ。
ーーまぁ、ここ2階から見える景色なんてたかが知れてる上に、そもそもは閉め忘れた俺が悪いわけだが。
……朝から勝手に焦り、とてももう1度寝れるような気分ではなくなってしまった。
とりあえず、近くにある時計を確認すると……6時42分。
異国の文字だが、ちゃんと読むことができる。
何とも中途半端な時間だ。
学校があるなら確かにちょうどいい時間だが、あいにく俺はこの世界に学校があるのかすら知らない。
いつもなら、こういう時は即座に2度寝をするのだが、今は再び眠る気にはなれなかった。
ーー昨日、あんなことが無ければ、
そもそも、生物の授業でやった生き物の肝臓の解剖などですらビビッて手が震えるというのに、目の前で血しぶきをあげながら……俺が手を下したのだ。
流石に、よほど疲れてない限り、そう簡単に眠れやしない。
少し肌寒い空気の中、布団をめくってベッドから出る。
地面には、昨日汚してしまったーー汚させてしまったミルナの結婚は見当たらない。
国の中心となる城ということあって、かなり清掃は行き届いている。
また、洗濯も同じだ。
当然、いきなり飛ばされたので着替えなど持っているはずもなく、このままだと一生同じ服を着続ける不清潔人間になってしまうところだった。
だが、昨日、メイドさん的ポジションの人が、わざわざいい官神保着替えを部屋まで届けてくれた。
昨日着ていたパーカー諸々は選択してくれているらしい。
まるで、高級ホテルにいるようだ。
ー事実、あまり変わりはないが。
そして、それを通し、早くも一つの疑問が生まれつつある。
ーー俺は、いつまでこの城に居座っていてもいいのだろうか?
グレイルが言うには客人としてまかり通っているらしいが、これではただの居候だ。
何とかして宿ぐらいはとれるようにならなければ……。
おまけで、同時にわかったことも1つある。
どうやら、この世界には、メイド服は存在しないらしい。
最近では、異世界物にメイド服は付き物というような風潮だったが、残念なことにそんなものなかった。
実際は、かわいさというよりも目立たずともしっかりとした礼装という感じで、かなり地味なものだった。
異世界に来て、どんどん知っている異世界から遠ざかっている。
いや、正確には俺が何も知らなかっただけか。
誰かの理想で作られた世界と、現実が違うのは当然のことだ。
その結果、残ったのは理不尽な化け物や、使い勝手の分からない魔法だけ。
……泣けてくる。
そんな悲壮感を紛らわすため、唯一の連絡手段でたった一人の仲間に連絡を取る。
手鏡のように開き、話しかける。
「もしもし、レイナ。起きてる??」
完全に寝起きの乾燥している声だったが、それでも十分聞こえるものだっただろう。
しかし、それからいくら経っても返事は返ってこない。
そもそも、これは電話のようにコールとかは鳴っているのだろうか?
もし、そうでいないなら……気づかれない可能性が高い。
…………。
残念ながら、留守電機能もないため、そっと通話鏡を閉じた。
レイナがいないとなると、かなり行動が制限される。
何せ、この城の中ですらこの部屋と出口ぐらいしかわからないのだ。
しかも、バカなことをしようものなら権力者達に袋叩きにされるというおまけ付きだ。
それでも、この部屋に居ても装備のメンテナンスぐらいしかやることもない。
スマホはーー使えないこともないが、残り50%も残っていないのにこんな無駄な時間潰しに使うわけにはいかない。
しかも、現状では充電する手段がないのだ。
長考の末、扉の前まで足を動かす。
城を探検してみよう。ホテルみたいに。
そして、扉をわずかに開き、人がいるかの確認。
ひとまず、見える範囲には誰もいなさそうだ。
……最初の方に会った、貴族と思われる男。
俺に対して何かと悪く言ってきたが、俺は余所者だ。
全員が全員そうというわけではないと思いたいが、少なからずそういう人がいるのは事実だろう。
それが、ただの好奇心での外出となれば尚更だ。
束の間の平和を確認し、恐る恐る外に足を踏み入れる。
できるだけ、誰にも見つからないようにーー
「ケイトではないか。こんな朝早くからどこに行くんだ?」
と、聞こえてきた声とともに、早くも俺の計画が崩れていく音がした。
特徴的な青髪に赤い瞳、そしてそれをさらに引きだたせる顔立ちーー間違いなく、騎士団副団長ことセレシア・アーネットだ。
いつもの青と銀の鎧ではなく、ドレスのような服を身にまとっていて、ザ・女騎士のような見た目から上流貴族のような見た目に変わり、その可憐さをより引き出している。
……知ってる人だ。セーフ。
そんな彼女は、開いた外開きの扉が死角となり、ちょうど隠れてしまっていた。
こんな偶然が起きるのだったら、もっと他のことにその運命を使ってほしいところだ。
「えっと、ちょっとトイレに行こうと思ってーー」
「そうだったか、すまない。時間を取らせてしまった」
さすがに、暇だったので城を探検しようとしてたなどいうことはできない。
ありがちなその場限りの嘘をつき、どうにか乗り切る。
「ところで、セレシアさんはどこ行くところだったんですか?」
「名ばかりの副団長という肩書でも、いくつか仕事は回ってきてな。そして、今朝からやっていた隊の編成が終わり、ちょうど休憩に入ったところだったんだ」
「お、お疲れ様です。こっちこそ、引き留めてしまってすいません」
「いや、大丈夫だ。また、何かあったら言ってほしい」
そう優しく言って、彼女はその場から歩き出す。
一方、俺の方はというと、また新たに疑問が生まれていた。
日本ーーいや、地球全体でも挨拶というものがあった。
出会った時、別れる時、食事の前まで様々だ。
だが、この世界に来てからそれといったものを特に聞いていない気がする。
強いて言うなら、ミルナのやっほーぐらいだが、この世界の人たちが全員そんな挨拶をしているとはとても思えない。
出会いが突然すぎて、俺が聞き逃したり覚えていないだけという可能性も高いがーー
少なくとも、レイナには言われてないはずだ。
レイナが挨拶ーー言ってみると、全くイメージが湧かないものだ。
それはともかく、せっかくまともな人と会ったんだ。
ここで確かめておこう。
そう思い、少し先を行くセレシアへと追いかける。
「セレシアさん、おはようございます」
「あぁ、おはよう。そうか、私としたことが……挨拶をしていなかったな」
「こんにちわ」
「確かに、今の時間だとこんにちわでもいいかもしれない。改めて、こんにちは。ケイト」
ひとまず、日本語はしっかりと通じるようだ。
そして、律儀にも返事を返してくれる。
だが、問題はここからだ。
時々、会話の中で英語などの固有名詞が出てくるが、それはちゃんと通じるらしい。
なら、英語や他のの国の挨拶はどうだろうか?
「ハロー、ボンジュール」
「え……は、ハロー……?」
お、なんか戸惑ってる。
困らせているのは申し訳ないが、もう少し続けてみよう。
「アロハー、ニーハオ」
「…………」
どうやら、かろうじて通じるのは英語だけらしい。
さすがに、全ての言葉が通じるのであれば、それこそ革命的なことだったが、そう上手くもいくまい。
短い実験の結果が出たところで、両肩に少しの重量が加わった。
正面に立つ彼女が、俺の肩に両腕を置いたのだ。
そして、どこか不安そうな顔で口が開かれる。
「だ、大丈夫か……? 先程から、何度もおはようと……。 もしかして、私のせいで……、恨みがあるなら言ってほしい。可能な限り尽力すると約束しよう」
……あれ?
もしかしなくても、全部通じてた?
いや、そうとか考えられない。
それなら……俺が言った言葉は全てこの世界の言語になっているーーってことなのか?
あまりに想定外のことで、言葉を失ってしまう。
その合間にも、彼女は俺の肩を揺すり続ける。
「あの……お二方は何をしていらっしゃいますのでしょうか?」
突然聞こえてきた方を振り返ってみると、顔に深く刻まれた皺の目立つ人物が立っていた。
年は……お世辞にも若いとは言えない。60歳以上だろうか?
最も最悪なタイミングでの、第3者が登場した。




