第25話 信用と報告
乗っていた龍車が止まり、その龍が小さく鳴いた。
乗った時はまだ日が出ていたのに、今では沈み始めて鮮やかな橙色に空を染め上げている。
黒みがかった雲さえなければ完璧だったが、それでも写真を撮りたくなるぐらいには綺麗な空模様だ。
「着きやしたぜ、お客さん」
窓を見ながら感情に浸っていると、前方から声が聞こえた。
当然、この龍車の操縦士だ。
出発の前、行きの龍車を操縦したおっさんの隣にいた痩せ気味の男。
この人が、変わって俺たちを迎えにきた。
「すいやせんね。先輩……ポレカータさんが午後から外せない予約が入ってしまってて」
「こっちとしては送ってさえくれるなら誰でもいい。助かった」
そう言って、レイナは料金を渡す。
「毎度ありー、またのお越しをお待ちしてやす」
その言葉に返事をすることもなく、彼女は背を向けて歩いていく。
「ありがとうございました」
そんな彼女の代わりに、素早く感謝を伝えて彼女を追った。
まだ数日しか経っていないはずだが、置いていかれるのにも慣れてきたものだ。
嫌でも怪しく見える程暗い通路を明るくなっている先へ向かっていく。
いまだに俺の思考は、この通路のように暗く濁ったままだ。
殺されかけ、そして殺した。
今まで避けて通ってきた、命の重みが弱い心を押し潰そうとしてくる。
避けては通れないはずなのに、ずっと避ける方法を考えている。
ゲームやアニメの世界で見た、敵を倒すという行動が……ここまでのことだとは思わなかった。
今までは、実際に倒してるのではなくーーただ見ていただけで……
見ているだけーーその言葉に、かなり引っかかった。
俺は実際にオオカミを殺した。
だが、殺したのは全体の内1匹だけだ。
ーーまた、俺は……ほとんど見ているだけだった。
あの一瞬で、レイナは俺の何倍もの……
そこで、ふと疑問が生まれた。
俺が躊躇っていた間にも、彼女は行動していた。
つまり、端的に言ってしまえば、彼女には命を奪うことに躊躇いがないことになる。
……文化の違いと言ってしまえばそれまでだが、レイナはどんな思いでやってるのか。
正直、聞くのを躊躇われる。
きっと、彼女にも彼女なりの覚悟がある。
そこに触れるのだ。
……聞くに聞けないまま、ひたすらに行きに通った道を通っていく。
少しずつ人通りが増え、だんだんと賑やかになっていく。
この人通りの多い道を越え、少し歩いたら城だ。
聞くなら……今この瞬間しかない。
一度、大きく息を吸って、声を発した。
「レイナは、どうして躊躇うことなく、殺せるんだ?」
口から出た言葉は、とても人に聞いていいようなものではなかった。
もう少しいい聞き方があったかもしれない。それでも、これしか思いつかなかった。
一方、レイナは少し間を空け、いつもと変わらない口調で答える。
「他の誰かがーーいや、何が死のうと関係ない。だいたい、何であろうと遅かれ早かれ死ぬんだ。それが私の手かどうかなんて些細なことだろ」
「……そっか」
「逆に、こっちからしてみれば、殺されかけたのにそう思い詰めるのかがわからないな。今回みたいな軽い傷のじゃなく、深い傷を負われたら治せないからな?」
きっぱり言い切られてしまった。
彼女なりの命の哲学。
かなり屁理屈めいてはいるが、しっかりと筋は通っている。
これは、一種の割り切りだ。
彼女のように、関係ないとバッサリ切り捨てるのがーー
「どうせ、世界は何かの死で成り立ってるんだ。手段なんて選んでられるわけないだろ? 向こうが生きるのに必死なら、こっちだって同じだ。もし、そのバカな考えが消えないなら、殺す前にごめんとでも言っとけ」
そんな彼女の言葉を聞いて、正直驚いた。
勝手な想像で、俺がいつまでも悩んでいるのにたいしてイラついてると思っていたのだが……彼女の考え方と、さらに助言までしてくれた。
もしかすると、彼女だって考えないようにしているだけで、何かを感じているのかもしれない。
それに、彼女の言うとおり、そんなことで手段を選んではいられない……。
命に向き合って、それで、慣れていくしかない。
内臓の感触を感じなくなるほど強力に、一発で骨まで断ち切れるように。
ふと、周りの景色に視点を戻すと、いつの間にか見覚えのあるところまでたどりついていた。
先程の通路とは対照的に、明るく広い場所だ。
歩くたびに人とすれ違い、周囲からいくつものにぎやかな声が聞こえてくる。
いつぞやにご飯をおごってもらった商店街のようなところだ。
相変わらずいい匂いが対込めているが、悲しいことに、今もまだ何かを食べる気分にはならない。
城のだだっ広い庭園に入ってからもそうだ。
さすがに多くの人で賑わっているわけでもないが、ところどころに人がいる。
行きには見られなかった光景だ。
朝早くから好き好んで外に出ないのは、どの世界でも同じのようだ。
文化こそ違えど、そこに住んでいる人たちには大きな差はない。
それは、城の中でも変わらなかった。
夕方近くには城の中でもそれなりに賑わっている。
白銀の鎧を纏った騎士から、大量の本を抱えた謎の役職の人、さらに通路で世間話をする人などとさまざまだ。
そんな賑わう場所を俺たちは無言で進んでいく。
走りこそしていないが、ペースはかなり早い。
城に入って、少しの時間が経ったところで、ようやく大きな扉の前まで辿り着いた。
この広さだと、城を1周するだけでもいい運動になるかもしれない。
そんな風に場違いなことを考えていると、扉の前に立つ2人の騎士に止められた。
彼らは、持っている槍を扉の前でクロスさせる。
「ご要件を」
「レイナだ。偵察の報告に来た」
「レイナ様ですね。国王がお待ちです」
短くそんなやりとりを交わすと、両開きの扉が奥へと開く。
その様子を見届けることもなく、完全に開き切る前に彼女は部屋へと踏み込んだ。
先には、高級そうな赤い絨毯が引かれた通路、そしてその奥には玉座がある。
部屋の中に立つ柱すら、完璧に整えられた空間の中では芸術のようにも思えてしまう。
その赤いカーペットの中央を進んでいき、玉座とある程度の間隔が取れた場所で、彼女が跪いた。
慌てて、俺も合わせる。
玉座ーーそこには、腕を組んだグレイルが座っている。
そして、なぜかその隣にはミルナが立っていた。
あ、目が合った。
その直後、手を振られた。
自由気ままなミルナとはいえ、王室の中でーーそれも国王の隣でそんなことしていいのか?
「報告します。エトレイク森林第2大橋前に大型生物を確認。
体高は少なく見積もっても5メートル以上、2足歩行です」
「なるほど、心当たりはあるか?」
「あそこまで大型の2足獣は初めてですね。しかも、速度もかなりありました」
「そうか、それは苦労をかけたな。怪我はしていないか?」
「王様ー、流石にそれは見ればわかりますよー」
そんなやりとりを口を割ることなくひたすらに聞いていた。
少し、レイナがしっかりと敬語を使っているのが不自然だが、ちゃんとした報告だ。
「ケイトの方は、何か気づいたことはあったか? 前例がないからな、どんなに些細なことでもありがたい」
そんなことをぼんやりと考えていたら、急に話の矛先が向いた。
王室にいる上に、レイナと一緒に行動していたために当然と言えば当然なのだが……
記憶を呼び起こし、何があったかを正確に思い出していく。
木に迫る大きさーーは、レイナが言ってくれた。
あの歪な鳴き声についても同じだ。
何か、何かーー
すると、逃げる直前に聞いた、肉の潰れる音を思い出した。
思い出したくはなかったが……。
これはまだ彼女が口にしていない。
「逃げ帰てる時に、俺たちが倒したオオカミみたいなのを倒したんですけど……あのバケモノ、その肉には目もくれませんでした」
「オオカミ?」
「ウルフェイルのことだ」
「ああ、なるほどな、草食……ってのは望み薄だが、少なくとも狩りが目的ではないな。縄張り……水分補給、いや、近寄ってきたものを遠ざけただけか?」
俺が言い、レイナが補正すると、グレイルは顎に手を当てて考えだした。
というか、この世界じゃオオカミだと通じないんだな。
しばらく経ってからグレイルは隣に立っていたミルナに肩を揺すられ、ハッと我に帰ったように姿勢を戻す。
「と、ともかく、2人ともご苦労だった。しばらくの間は第2大橋周辺は立ち入り禁止にする。次の依頼もよろしく頼むぞ」
「そーそ、こっからは騎士団(私たち)の仕事だからねー、2人は自由にしててね」
そう言うと、跪いていたレイナが立ち上がった。
俺もそれに続こうとした時ーー
「あ、すまん。ケイトは少し残ってほしい。2人で話したい」
と、聞こえた声が行動を静止させた。
緊張と、恐怖がドッと湧いてくる。
ーーあれ? もしかして、なんかやらかしたか?
この世界に来て、まだ日数は浅い。
当然、やったことも未だ多くはない。
城で寝泊まりをし、ミルナに血を流させ、レイナと決闘し、王であるグレイルにいい礼儀をしなかったぐらいのはずだ。
…………。
ーーやばいかもしれない。
すると、入ってきた扉が再び開く音が聞こえーー
「じゃーレイナー、まったねー!」
そう、緊張感のない声が響くのだった。




