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誰もが憧れるこの異世界で、無力な俺は主人公になれない  作者: 赤め卵
一章 別れがあるということは、出会いだってある
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第22話 訓練と躊躇い


 飛び上がったオオカミが、近づいてくる。


 少しずつ歩いて近づいてくるような、そんな生半可な物じゃない。

 明らかな殺意を持ってして、俺へと迫ってきている。

 空中へと飛び上がった獣は、もう止まることを知らない。


 距離は少なくとも3メートルはある。

 そんな距離を飛び越え、俺を捉えようとしているのだ。

 次、地上へと降り立つ時には、俺はもう餌食にーー


 急いで剣を構えるーー


 ーーが、間に合わない。

 直感的に、それがわかってしまった。


 こんなとこで、今まで反射に頼っていたツケが回ってきた。

 あの姿、そして迫り来る大きく開けられた口、そこから覗く牙。

 それが、反射よりも先に恐怖を呼び起こした。


 鼓動が激しく鳴り始め、傷を負っていないはずなのに体が痛む。

 また、動き出す前に。


 ーーあ、死ぬ、


 目と鼻の先にオオカミが見えた。

 口から出された獣の涎が飛び散ってくる中、目も閉じれる時間すらないまま終わりへと向かう。


 その時、何回か当たった水滴が、いきなり大雨のように体へと降り注いだ。

 赤く、何も透き通さない濃い液体が、空中で降り注ぐ。


 推進力を失ったオオカミだったものが、グシャっと潰れるような音をして、すぐ目の前の地面へと落下した。


「このままだと、お前の墓はここになるぞ」


 そんな声がすぐ近くで聞こえてきた。

 見なくてもわかる。

 彼女が、倒してくれたのだ。


 助けて、もらった……。


「次、来るぞ! その剣は何のためにある?」


 その言葉を残して、彼女は前方から迫り来る次のオオカミの元へと走り出した。


「危っーー」


 そんな、短い言葉を言い終わる前に、彼女は剣を振るった。

 舞い散る花びらのように、真紅の液体が舞い散り、次のオオカミから片方の前足が切り飛ばされた。


 一瞬だ。

 目で追えないほどの速度で横から振られた槍先が、狙いをいち早く捉えた。

 そのまま、自身の前足を失ったオオカミが、バランスを崩して着地し、勢いにつられ転がっていく。

 それを逃すことなく、見えたその腹部に槍を貫通させた。


 これで2匹目。

 彼女の実力は分かってはいたが、実際に目にしてみるとかなり違って見えてくる。


 ……オオカミは今のところ、全て俺の元へ届く前に絶命してる。

 俺が戦わなくてもいいのは確かに安心できるが、俺だってただ突っ立っているわけにはいかない。


 そして、いまだに震えている腕で、しっかりと剣を握り直した。

 

 その間にも、彼女は襲ってこようとするオオカミに負けて槍を振っていた。

 いつの間にか攻撃される対象が、俺から彼女へと移り変わっている。

 やはり、俺なんかよりも彼女が脅威になりゆるからか……


 次、大きく視界に飛び出してきたのは2匹だ。

 右、左それぞれから襲いかかっていく。

 それを薙ぎ払うかのように、両手で力強く握った槍を当て、1匹の首筋を、そしてその肉片をぶつけてもう1匹を行動不能へとする。


 こんな状況でも、的確な判断で動けている。

 それに比べて俺は……


 その時、視界に新しく影が入り込んだ。

 吹き飛ばされるオオカミのすぐ隣を飛び越え、……まるで前のオオカミがやられるのがわかっていたかのように、突然姿を現した。

 

 その矛先はーーもちろん俺だ。


 仲間の死を利用して、渾身の一撃を入れようと迫ってくる。

 レイナはーーいや、間に合わない。

 

 剣を構えられずに、その瞬間が来るのを見てることしかできない。

 今度こそ、守ってくれるものは何もない。


 とっさに、その大きく開かれた口の前に、空いている左手を突き出す。

 開いている手は動けたのに、剣を持ってる手が動かなかったーーが、それを後悔するにはもう遅すぎる。


 ついに、手首に巻かれた革製の防具にオオカミが嚙みつく。

 それにとどまらず、慣性に釣られ大きく後方へ吹き飛ばされた。

 無論、オオカミは離れてくれない。


「うっ、がっ!」

 

 口から情けないうめきがこぼれ出る。

 腕にはオオカミの牙が刺さり、背中は衝撃が響く。


 だが、そんなのが湧かないぐらいに目の前に広がる恐怖に圧迫される。

 嚙み千切ろうとするほどの勢いで力を籠めるその口、それでいてその目は明らかに俺の方を向いている。

 鋭く、獰猛な視線が、弱い獲物の姿を捉えて離さない。


 馬乗りのように体に乗せられた前足が、服を、その奥に広がる肉を切り裂こうと爪を食い込ませる。

 すぐに服は破れ、肌に食い込んでいき、血が滲む。


「ちっ……!」


 すぐ近くで舌打ちがしたが、もはやそれすら耳に入ってこない。

 

 死ぬ。

 死ぬ。


 ーー死ぬ。


 前に見た時と同じ光景。

 俺はただの獲物でしかなく、あの獣の腹を満たす役割でしかない。


 怖い、怖い……

 牙が、爪が、視線が、血が、肉が、死が、


 死ぬのが、殺されるのが、食われるのが、


 殺すのがーー


 痛々しく刺さる爪の先が、どんどん奥へと入っていき……血が、溢れ出し…………

 死が、死が、すぐ傍へとーー


「あああああぁぁぁああああ!!」


 ついに耐えられなくなり、手元に落としていた剣を拾い上げる。


 その行動が予想できなかったのか、オオカミは一瞬だけ力を抜いたーーが、再びその攻撃的な部位全てに力を入れる。

 それが、命取りだった。


 握られた剣の剣先をオオカミ肉体へと向け、勢いよく刺す。


 一瞬、弾力のある皮に遮られたが、すぐに剣先が皮膚を破り、肉へ向かっていく。

 剣が刺さった場所からは、血が滲んでオオカミの皮膚に大きい血溜まりを作っていく。


 何とも言えない柔らかい感触が大きくなっていく中、どんどん奥へ深く刺さっていく。

 その中に、何かが潰れる感触、破れる感触と、入り混じっていく。


 いつの間にか、俺の腕を噛んでいた力は弱くなるどころか、血と泡を吹いている。

 鋭かったはずの目が、暗く濁っていき、正気を感じられない。


「ひっ……」


 それが怖くなって、力任せに刺していた剣を抜きとる。

 すると、その傷口から少しずつ血が溢れていく。


 刺すのに比べ、あまり力を必要としなかった。

 そのせいか、かなり勢いよく抜けてしまった。

 そこから、さっきまでの比にならない量の血が噴き出た。

 噴水のように、勢いよく飛び出した。


 次第に、力を失ったオオカミが俺の上で倒れた。


 ーー殺した。

 俺が……殺したのか。


 ゲームなんかとは違う。

 しっかりと感触も、音も本物だ。

 

 常に、生き物の死とは隣合わせだったはずなのに、ここまでーー、ここまでエグいものだったなんて……


 再び、倒れたオオカミに目を向ける。

 いつの間にか、完全に白目を剥いており、痙攣してるのかわからないがピクピク動いている。

 

 これしか手段がないのも、しょうがないのも分かる。

 それでも、あの感触は残ったままだ。


「随分派手な戦い方するもんだな」


 隣から、声が聞こえた。

 見てみると、奥には残りのオオカミが地面に血溜まりを作って倒れていた。

 俺が、いつまでも躊躇っているうちに……


「やばいのが近づいてる。逃げるぞ」

「…………」

「おい、死にたいのか?」

「……ぁ、いやーー」


 虫だったなら、微かな罪悪感しか感じなかったかもしれない。

 別に人を殺したわけでもない。

 それでも、肉が、血が……同じものがあるだけで、より生々しく、重い。

 例えそれが何であれ、命を奪った。

 

「俺が、殺ーー」

「死にたいならそう言え!!」


 突然、今までの彼女に似つかわしくない声がした。

 怒っているようで、それ以外の感情も感じられるーー


 いや、俺がその声を流していただけで、彼女はずっと必死だ。


「生きたいなら逃げろ! 立て!!」


 そう怒鳴られ、返事も忘れて足に力を入れる。

 脱力したようにフラフラする足で、どうにか立ち上がり彼女の元へ進む。


 その間にも近くの草木は揺れ、足音が聞こえるまでになっていた。

 姿こそ見えないものの、明らかに近づいている。

 それに、足音から考えてもオオカミとは比べ物にならないほどのやばいやつだ。

 やばいーー


 やっと事態の深刻さを理解して、どうにか急ごうとする。

 持っていた剣をすぐさま納め、足を……足を、動かして、

 

「ちっ、」


 急ごうとしてもなかなか早く走れない。

 そんな俺の姿を見かねたのか、聞こえた舌打ちの直後、左手首が握られた。

 噛まれた跡が痛むが、そんなことも言ってられない。


「とっとと来い!」


 そう言われ、痛いぐらいに引っ張られる。

 それでも、彼女は俺の腕を離さない。

 掴んだまま、俺と一緒に走っている。


 これでも十分速く、足元がおぼつかないが、きっとこれでも彼女からしたら遅い方なのだろう。


 木々の隙間を抜けて、できるだけ地面が平坦な道をひたすらに彼女と走っていく。

 バランスを崩しそうになりながらも、彼女のペースにどうにか着いて行く。

 

 そして、完全に木々が密集した森の中に入り込むと同時に、後ろの方で、落ちていた肉片が潰される音が聞こえたーー。


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