第20話 魔物と自然
30分程移動したところだろうか。
一定に近い速度で進んでいた龍車が、徐々に減速を始めた。
勢いよく通り過ぎていた窓からの景色が、少しずつはっきりと見えるようになっていく。
間もなくして、慣性に引っ張られることもなく、わずかな揺れすら感じないほど緩やかに止まった。
すると、のぞき窓が開き、おっさんの顔が見えた。
「到着です。長旅ご苦労様でした」
「いや、別にそこまで長くなかったと思うんだけど」
そんなやり取りをしながら、龍車の飛を開けて、飛び降りる。
だが、思っていた以上に高さがあり、足の裏と地面が接した瞬間にじんわりと痛みが走った。
「早くどけ、邪魔だ。降りられない」
いきなり辛辣な声が上から聞こえてきた……。
見てみると、彼女は梯子を伝って降りている最中だった。
すぐに数歩下がって、彼女が降りれるスペースを作る。
……さすがに、俺みたいに飛び降りたりはしないか。
そんな、多分失礼になることをを思いながらも彼女の進む後を続く。
相変わらず、目の前にあるのはデカい龍車だ。
だが、その前方には巨大なトカゲが付いている。
さっきは上から見下ろしただけだったが、こうやって全体像を目にしてみると、また印象が変わってくる。
馬よりも一回り大きいトカゲが目の前にいるのだ。
迫力がすごい。
それに、出発前に吠えられたこともあり、恐怖心すら湧いてくる。
もっとよく見てみたい好奇心に対し、あまり近づきたくないという恐怖心とで葛藤している間に、怖がることもなく彼女はトカゲへと近づいていく。
「それでは、どうぞご武運をお祈りいたします」
そう言うとおっさん、もとい龍車は再び緩やかに進みだしーーすぐに、視界の外へと出て行ってしまった。
いや、正確に言ってしまうと、横を向けば全然見えるのだが、目の前に広がった景色が、それを許さなかった。
「すご……」
思わず声が漏れてしまったほどだ。
いや、実際にこの景色を目にすると、誰でも同じようなリアクションになってしまうだろう。
そこには、見たことのないっほどの大きな巨木が立ち並ぶ森林があった。
……それだけじゃない。
その森の木々が、手前にある川で遮られ、くっきりとした境界線ができている。
そんな、大規模な自然の中にある不自然さが、より一層目の前の景色を神秘的に仕上げていた。
よく見てみると、巨大すぎる木々が立ち並ぶだけにも見えたが、それらの隙間にはしっかりと成長途中の小さい木、そして別の植物もある。
見える景色だけではなく、音はどうだろうか。
風に揺られるかすかな羽音に虫が鳴くような声。
そして、定期的に鳥の鳴き声のようなものまでも聞こえてくる。
住んでいた都会じみた場所からは、なかなか見られない光景だ。
一応、この世界に来た時にも森は内側から見はしたが……あの時は恐怖心の方が勝っていて、景色を楽しむどころではなかった。
「あの規模のものを見るとそうなるのもわかるが、一応依頼なんだ。行くぞ」
そんな声が隣から聞こえ、返事の代わりとして彼女の方を向き直りーー再び足を止めてしまった。
いや、だってしょうがない。
前に広がるかなり幅のある川、そんな背全の中に、直線だけで作られた橋が架かっていた。
しかも、驚くことに、その橋は長いのにも関わらず途中に柱が1本もない。
地面の土と同じ色をした橋が、地形をそのまま変えてしまったかのように自然に、それでかつ不自然に立っている。
これだけでも、さっきの大森林とは全く引けを取らない。
むしろ、この異様さは自然界の何よりも気になるものかもしれない。
これを前にして無視しろというのは、なおさら無理な話だ。
「どうかしたか?」
「あ、いや、橋がすごかったから」
「そうか。それなら早くしろ」
「……というか、もしかして、あの橋渡るの?」
「当たり前だろ、じゃなきゃどうやって森に入るつもりだ?」
確かに、森に入るならあの橋を渡らないといけないし、なんならさっきレイナはそんなことを言っていた。
見ている分にはかなりすごい。
造形から構造まで、見たことないものだ。
だが、それは見るのに限る話であり、実際に渡るとなるとお話が変わってくる。
そもそも、柱が一本もないんだったらいつ崩れてもおかしくないはずだ。
その上、下の川は流れが急だ。
もし、落ちたりしたら……
そんな不謹慎なことを考えながら、少しずつレイナの後を続く。
本当に大丈夫なのかという不安を頭に浮かべながら歩いていたら、すぐに問題の橋の一歩手前へと着てしまった。
だが、こうして、俺がためらっている間にも、レイナは気にすることなく進んでいく。
まぁ、不安は残るけど、レイナが渡っているなら大丈夫だろう。
そう判断して、恐る恐る足を踏み出した。
足の裏が柔らかい地面の感触から、硬い人工物のものへと変化していく。
そのまま、足を少しずつ踏み出していく。
そこで気づいた。
どう見ても不安定な構造の橋。
一つの大きい板を乗せただけにも見えてしまうその見た目とは違い、足をつけてみるとかなり安定していた。
不思議なことに、少しの揺れすらも感じられない。
本当に、地形の一部であるようだ。
「この橋も魔法で作られたのか?」
「話によるとそうらしいな。というか、こんな常識はずれな橋を作り出すなんてまず魔法以外だったらできないだろ」
魔法……恐るべし。
もしや、魔法って本当に何でもできるのでは?
ーー俺がこれまでに見てきたのは、治癒魔法や生成系の魔法だ。
これだけでもかなり万能だが、それに加えて建造物まで作れるなら、それこそもう完全無欠の存在だ。
聞く限りだと、この世界では洗濯なども魔法を頼っているらしい。
もちろん、練習は必要だろうが、逆に言うと練習さえすればほとんどのことができるようになる。
もし、そうならーー
「魔法にも、できないこととかってあるのか?」
「……勘違いしてるようだけど、魔法はそんな万能なものじゃない」
「え?」
「魔法は、存在してる物質と、一部の生命に干渉できるがーーそれだけだ。物を生み出したり、ある物を消したりとかはできない」
存在してる物に干渉できる……か、確かに言われてみるとそういう気もしてくるが、それだけじゃ説明できないこともある。
「なら、水とか火を生み出してるのはどうなってるんだ? あれこそ生み出してるんじゃ……」
「詳しくはわからないが、大気中の物質を集めてるらしい。火は……どうなんだろうな。ともかく、しっかりとした原理に則ってる」
「なるほど、なんとなく理解はできた」
そうこう話しているうちに、橋の終わりが見えていた。
だが、視線はさらにその先を映していた。
川が近いのにも関わらず、そこにはしっかりと植物が生い茂っている。
遠目から全体像が見渡せた巨木も、見上げない限り上が見えないほど近くに来た。
そんな、木が生い茂った森の中は、想像よりも暗くなかった。
背の高い木が多いから光を通しやすいのだろうか。
そのため、かなり奥まではっきり見える。
しかし、残念なことに明るいだけだ。
道が舗装されていたりなどは全くしない。
木の幹を中心に草が元気よく生い茂り、軽く湿った土には苔らしき植物が生えている。
一方、レイナの方は俺が周りを見渡すのと同様に、何かを探すようにキョロキョロしていた。
俺たちが受けた(俺は着いてきただけ)はここ周辺にやばい怪物がいないかの調査。
つまり、何かしらの証拠を探す必要があるのだ。
彼女は、ここに来てから早くもやらなければいけないことをこなしている。
なら、俺もーー
「これがちょうどいいな」
そんな声が耳に入った。
目を向けると、成長途中であろう小さめの木に触れている彼女の姿があった。
小さいと言っても周りと比べてなので、十分にでかい。
実際には、日本の桜並木の木1本と同じぐらいのサイズだ。
その木に触れながら次は俺の方へと目を向けた。
……嫌な予感。
「始めるぞ。剣を抜け」
その声が、開始の合図となった。
もしかすると、嫌な予感を的中させる能力を身につけたのかもしれない。
そう思えるぐらいには、突然のことだった。




