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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

死者の声

作者: 所見ナノハ

つまみを回し、周波数をあわせる。

ザーー

っで…

ザー

[…りです。こんにちは松下さん。こんにちは!

私は昔、ホラーなものが心の底から苦手だったのですが、ある映画を鑑賞したことをきっかけに、最初こそはひぃひぃと怯えていたのですが、見終わった後の開放感が癖になり、今では心霊スポット巡りまで行うほどにホラーにはまっております。是非、松下さんもホラーにはまってみてください…。

カモメさん。はしゃぎすぎないようにしてくださいね…!凄いですねぇ。心霊スポット巡りまでしているんですか~。私は心霊のお話を聞く分には好きなんですけどね、写真とか実際に足を運んだりとかまでは怖くてできません!では次の…]

ザー


「えー!なんで?いけたと思ったのにどうしたんまじで!なんでこんなに電波悪いん?」


つまみをぐるぐると回しもう一度声を探す。しかし探せど探せどいつもの松下ラジオに繋がってくれない。ザーという音が大きくなったり小さくなったり…それだけだった。

ラジオを聞き流しながら勉強をする習慣が身についたもんだから、いざ、勉強するぞと生き込んだとしても、そわそわと気持ちが落ち着かず、集中できなかった。


足下で身体を丸め眠っている愛犬を撫でる。愛犬のかわいさは何年経とうが劣ることを知らない。むしろ愛くるしさが加速する一方だ。


「あんこー。寒ないか?もっとストーブに近づいていいんやで。」


オレンジに照らす電気ストーブに椅子を進め、身体を近づける。しかし近づけども身体は満足するほどに温まってくれなかった。なんだか今日はすごく寒い。


「あんこー」


私は愛犬の腹の隙間に手を突っ込み、抱っこする。相変わらず重たいなこの子は。

椅子から降りてカーペットの上であぐらをかき、あんこを抱えてもう一度ストーブに近づいた。

やっぱり寒い。安定の柔らかさと犬臭さに顔をうずくめ、顔をわしわしと撫でる。あんこ大好き。


ザー


何故か音が聞こえる。あれ?電源…消してなかったっけ?


ザー

[自我得佛來 所經諸劫數 無量百千萬 憶載阿僧祇 …]


えっ


[…我常住於此 以諸神通力 令顚倒衆生 雖近而不見…]


「お経?止めて止めて。こっわ。怖い怖いっ。」

慌てて電源を消す。しかし、ボタンを連打しても連打しても、カタカタとむなしく鳴るだけで、ちっとも電源を消すことができない。


[…我復於彼中 爲説無上法 汝等不聞此 但謂我滅度…]


…これはラジオのイベントなんだ。きっとそうだ。夏といえば心霊。だから、これは断じて怪奇現象などではない!!何度も強く言い聞かせる。大丈夫。大丈夫。

っせ…せめて音量を小さくしよう。震える手でダイヤルを掴み、音量を下げようとしてみたが、音量はますます上がっていく。


[…我見諸衆生 没在於苦海 故不爲現身 令其生渇仰…]


どちらに回しても音は大きくなり、私は焦り散らかす。

「あんこ。なんでそんな落ち着いてるん?笑ってまうわ!…な、なぁ。あんこ…助けて…。」

老い故に耳が遠いせいなのか、あんこは私のリアクションを観察するようにこちらを見つめていた。


[…っだ。な…っでな……]


声らしきものが聞こえる。愛犬を腕いっぱいに抱え、身体を強くこわばらせた。


[…いや……い……ねえね行…んとい……]


ダイヤルを回すように声が繋がっていく。女の子の声が聞こえる。


[…したっていうねん!私の愛情不足やったからなんか?これは私への当てつけなんか!?]

[ごめんなさいい。ごめんなさい!]

[もう嫌や。私のせいなんやろ…そら。勝手なことしてほんまに気持ち悪いわ。ほんま…。]

[ねえね行かんといてよ…。ねえね…。ねえね!…っう。ううううう!]

[やよい!!うるさい!!]

[うわああああああん!!]


うーんと。母親と子どもかな。遺族か何かかな。どういうことなんだろう。凄く聞き覚えのある声だ。

怒号と哀しみに空間が揺れる。音量を上げすぎた。もう一度ダイヤルを回してみるが、再度声が大きくなっただけだった。どうやらこの声からは逃げられないらしい。


「あんこ。ここうるさいな。犬やから私より耳いいもんな。ごめんよ。いや、別にそんなことはないんかな?」


どうしたのだろう。あんこは白くなった瞳でこちらをじっと見つめていた。私は思わず目を背ける。


「どうしたん。あんこ。…どうしたんよ…。」


私は今何に怯えているんだろう…。すると、「さようなら。」そう、声が聞こえた。

え…?

私は振り向いた。

今のは、あんこが喋ったの?しかし、そこには身体を丸めて眠る懐かしい愛犬の姿があった。


「あんこー。今のはあんこが喋ったんかー?ははは。…あんこ?」


安心感に包まれ私は愛犬にもう一度触れる。

…っえ?っああ!!

瞬間に感じたのは泥のような感触。たちまち触れた部分が大きくへこんでしまった。愛犬をあらぬ姿にさせてしまった恐怖と絶望感に手が大きく震える。


[ねえね。私も死にたい…。]


…やめて。やよい。そんなこと言わないで。首をかくかくと動かし、声の聞こえるラジオを睨む。

そんなつもりはなかってん。ロープに頭を通してみただけやってん。椅子が…。椅子がバランスを崩してしまって…さ。…そのまま…。ち、違うねん。


ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。


涙を流す。頭を抱えながら私は涙を流し続ける。そうだ私は…。私の馬鹿のせいで…。



…私も時期に泥になるのだろうか。それともお迎えが来るのだろうか。

…どうすれば…この部屋から出られる?

ラジオから聞こえるのはザーという音。

声が消えて、しばらくしたが私はいつまでたってもこの部屋から出られる気配がない。


許さない。許さない。許さない。許さない。


あんこ…。君は何を知っていたの?私も連れていってよ…。私の大好きなあんこ…。


許さない。許さない。許さない。許さない。

私は私を許さない。


そしてもう一度

あの日と同じように

ロープを…


ロープを。


乾いた瞳であの日と同じように。私は。


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― 新着の感想 ―
[良い点] なんだか切ないお話ですねm(_ _)m こういう場合、どのタイミングでお迎えとか来るのだろう─と、考えてしまいます汗 読ませてくださりありがとうございました!
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