七日目(2):悪党、突入準備
その後、突入前の最後の休憩を取ることになったため、俺は集団をこっそり離れて、気になっていた相手に話しかけることにした。
「なあ、ハルカ」
「なんですか少年」
「おまえ、なんか考えでもあるの?」
言われて、ハルカは少し沈黙して、
「……まあ、そうです。少年に看破されるとは思いませんでしたが」
「さっきから一言もしゃべってないからな。で、なによ?」
「いえ。単純にリスクとリターンを量りかねていただけです。
今回突入するアジトが妖術師の『本丸』であるという確信があるのなら、いかなる犠牲を払ってでも突入するべきなのでしょう。ですが、ただの罠、あるいは囮である可能性もあります」
「そうだな」
たしかに、その可能性はあるはずだ。
今回の敵アジトの場所は、カシルから聞いただけの不確定情報である。その後に卜占による追調査がされて、アジトらしきものがたしかにここにあることまではわかっているのだが、それが相手の本命かどうかまではわからない。
それに関連して、俺には気になっていることがあった。
「なんか魔人たち、みんな焦ってないか? もうちょっとのんびり攻略作戦を立てても問題ないような……」
「焦りますよ」
けっこう強い口調で返されて、俺は驚いた。
「焦りますよ。相手がなにを企んでいるか、まではわかりませんが、『魔王』を一体、すでに支配下に置いている。しかも不思議なことにこちらの情報が相手に漏れていて、その漏れるルートの特定もできていません。
この状況が時間と共に改善することはないと推定できます。つまり、時間が経てば経つほど敵に有利になっていく。それでも、サリがどうやっても破滅の未来を回避できないと言い出せば、時間をかけようという話になったでしょうが……」
「見えないって言ってたからな。けど……」
「はい。見えないのは「破滅が確定していない」というだけです。後から見たらものすごい綱渡りで、かろうじて全員が無事な『可能性』があったというだけのこともあり得ます。その場合、我々が綱を渡りきれる保証はまったくないのです」
ハルカは言って、ふー、と深いため息をついた。
「とはいえ。困難な仕事であることは、引き受けたときから承知していることです。
やれるだけのことをやるしかない。ライナー少年、あなたも肝に銘じておくように。特にあなたの場合、我々を踏み台にしてでも生き残るように行動するべきです」
「けっこう過激なことを言うな……」
「元々、あなただけは仕事でもないのに付き合わされている。当然でしょう」
ぶっきらぼうに、ハルカ。
やはり、こいつは専門家である。思慮深さとプライドを併せ持っている。ちょっと見ただけでは気難しい変人なのだが、その裏にはこいつなりの論理があるのだ。
などと思っていると、
「なーにを暗い顔付き合わせて賢者ごっこしてるんだよおまえらは。暇なの?」
「誰が賢者ごっこですか、センエイ」
少しむっとした顔で、ハルカ。
そう、なぜかセンエイ、ハルカに対してだけは妙に辛辣である。なにか因縁でもあるんだろうか。
「どうせあれだろ。いらん不安感をライくんになすりつけてたんだろ」
「問われれば答えるべきでしょう。もちろん、なにも言われなければ黙っているつもりでしたよ」
「問われても答えるべきじゃないんだよ、そういうのは。こっちが抱えている爆弾なんて山ほどあるんだから、いちいち見てたらキリがねえぞ」
「それはそうですが……」
「まあ、今回の山場はサリとシンの対決だろ。せっかくだから予想しようぜ。どっちが勝つ?」
「……難しいところですね。
正直、我々はまだ、サリの全力を見れているとは言えません。どこかの馬鹿が一度挑みかかったときは相手にもなりませんでしたし」
「あ? おまえいま私に喧嘩売ったか?」
「とはいえ、サリにはいざとなれば幻覚の外まで逃げ出すという手がある。『直接対決』という点だけで見れば、サリに分があると考えます」
「無視すんな!」
わめくセンエイ。
俺は気になったことを尋ねた。
「幻覚の中だとシン、強いのか?」
「ああ。なんていうかあいつの技術系統には、幻覚を操作する系統の能力がものすごくたくさんあってな。
だから幻覚の中ならほとんど無敵に近い。あいつが味方でいてくれたら、誰一人として死ぬ可能性はなかったんだがな」
「そうでしょうか? 案外、侵入したその場で交渉が始まって、もっとひどいことになったかもしれませんよ」
「はあ……だから最初から爆弾だったんだよな、あいつは。王国も声をかける相手を考えろっての」
「王国側からすれば、計算外の戦力がいきなり現れるよりは最初からいた方がいいという目算もあったのでしょう」
「計算外ね。はは」
センエイが笑った。
「なにか?」
「計算外といえばライくんは完全にそうだろ。誰が計算してたよ?」
「そうですね。神話呪物の存在はおそらく敵側も把握していたのでしょうが、まさか扱える人間が現れるとは。
そのアクシデントがなければ我々にはずっと厳しい戦いが待っていたでしょう。その点は、偶然に感謝ですね」
「とはいえ、私たちにとってもまったく想定外だ。ライくんがいきなりバルメイスに乗っ取られたりしたら目も当てられんのだが、ちゃんと警戒してるか?」
「警戒はしてますよ。ですが、なにかできるわけでもないでしょう」
「おや、珍しく弱気じゃないか。さすがのハルカも、ライくんの身に関してはなにもわからずじまいか? ん?」
「…………」
言葉に、ハルカは少し表情を変えて、センエイを見た。
「……おい、どうした?」
「いえ。もしかしたら、とは思ってましたが。
センエイ、あなた。まだわかってないのですか?」
「なにがだよ」
「ですから……」
ハルカは少し言いよどんで、
「『世界の方が壊れていた』、という話ですよ」
「――……」
センエイは黙り込んだ。
俺はさっぱりわからなかったので、尋ねた。
「なんの話をしてるんだ?」
「いえ、ですから……ライナー少年の剣がいまどうなっているか、ということについての予測です。
私にも完全に状況がわかっているわけではないのですが、この愚か者は完全に見落としているようでしたので」
しれっ、とこき下ろすハルカ。それに対してセンエイは無言。
……以降、センエイは一切しゃべらず、考えに没頭していた。
俺は結局、ハルカから解説まではしてもらえなかったが、今回の一件でなんとなくわかったことがある。
(正統派の『達人』であるハルカと、邪道を極めたセンエイ。そりゃ水と油だよな)
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招集がかかったのは、すぐ後だった。
「見徹でマスがぶっ壊れた後、再生するまでの時間はほとんどない。走り抜けないと間に合わないだろう。
だから最後の幻術マスには飛び込むことになるが、その後は……」
「行き当たりばったり、だよな。アジトの位置はわかるのか?」
「そこは問題ない。刻一刻変化する幻術の中に変わらないものを置いているんだ。そうとう目立っているだろうさ。
だからマスに飛び込んだ後にやることは、一刻も早くその目立っているアジトの入り口に飛び込むことだ」
コゴネルとバグルルの会話を通じて、俺も心に刻み込んだ。
「よし! じゃあ見徹を行うぞ! マイマイ、準備!」
「はいさ! 任せて!」
「全員、構えろ! 3、2、1……走れ!」
合図と共に、突入組が一斉に走り出す。
「てめーら、絶対に無事で帰って来いよ!」
ペイの言葉を背中に受けて。
目の前のすごろくのマスがバキバキバキと音を立ててひび割れていく。
「おーら、一番乗りぃ!」
「てめ、バグルル、ちょっと待てこのやろ!」
「ほっほ、若い者は元気でいいですなあ」
「戦の風が吹いています」
「まるまる~♪」
そこに、魔人たちが一斉に突入する。もちろん、俺も。
「ライ、注意して」
「おう!」
横を併走するサリに頼もしさを感じながら、俺は目的の、壊れていないマスに飛び込んだ。




