一日目(7):悪党、修羅場をくぐる
森に入った俺はすぐ後悔した。
「なんっ、じゃっ、こりゃあああああああ!?」
夜の森をナメてた。
マジでなにも見えない。月明かりとか届くはずもないので、足下が見え、とか思った次の瞬間、くぼみに足を取られて俺は派手に転倒した。
「ぐべちゃ!?」
顔面から地面にぶっ倒れる。超いたい。
やば、追いつかれる、と思った直後、きいいー、という叫びとともに俺の頭の上を通過していく夜走りたちの気配。
……あれ?
(ひょっとして、くぼみになってるのと暗いののせいで、俺の姿が相手に見えてない?)
らっきー。このままやりすごそう、とか思って頭を上げると、目の前になんかよくわからないのがいた。
「あん?」
子犬のようだった。尻尾をはふはふ振りながら、こっちをじっと見てる。
「なんだよ。ここ危ないぞ。おい、どっかいけって」
小さく手を振ると、子犬は、おん、と短く吠えた。
そして、その声に惹かれて木の陰から出てくるいくつもの獣。
「は?」
――あー。これ、犬じゃないわ。狼だわ。
しかもどうも子供狼を狙われてたのでは疑惑と、うまそうなおにく案件が混ざって、大人狼たちの殺意がすごいことになってるっぽい。
「あ、あははは……」
光る剣を手に愛想笑い。が、相手から当然、反応は返ってこない。
ええい、こうなりゃやけっぱち!
「おら、かかってこいや狼ども! この強きをくじき弱きを助ける世紀の大悪党、ライナー・クラックフィールド様が相手どぅわ!?」
見得を切った直後、むんずとえり首をつかまれ、俺の体は軽々と宙を浮いた。
そしてぽん、ぽん、とリズミカルにはねて、遠く離れた森の中の地面に着地。
「敵を増やすのはやめて。これ以上複雑な状況にしたくない」
俺をひっ捕まえて離脱したサリは、ちょっとぶすっとした顔でそう言った。
「わ、悪い。……けど、なんか俺を追ってるみたいなんだよ、夜走り。それで森の中に逃げざるを得なくて」
「うん。それはファインプレー」
「……ファインプレー?」
「おかげで隊商を襲う敵は激減した。後はここで決着をつければいい」
「いや、決着をつけるのはいいけど、あんな大群どうやって――」
「構築」
俺の言葉をさえぎって、サリはつぶやいた。
とたん、サリの近くに、いくつもの人魂のような青い影が浮かび上がる。
「うええ!? なんだよこれ!」
「機構『千手観音』準備。
ライ。わたしのそばから離れないで」
「お、おう」
少し雰囲気が変わった感じのサリに、気圧されるように俺はうなずいた。
と、そこにばきばきばき、というなにかが割れるような音。
「! 危ない、ライ――!」
「うどわあ!?」
ばがっ! と飛び退いた俺の横に大木が折れて倒れてきて、俺とサリの間の経路を塞いだ。
「くそ、なんだ!?」
「ライ、気をつけて! 敵が来る!」
サリの声にあわてて俺は剣を構えようとして……
(剣、ないな)
木の下敷きか、それとも他のどっかか。ともかく、剣はどこかへと消えてしまった。
うん。ええと、待って。
「ってどわあ!」
とっさにのけぞった俺の顔の前スレスレを、夜走りの長くて太い腕が砲弾みたいに抜けて、奥の木に当たって爆音とともになぎ倒した。
あー……この威力なら木も折れるわ。ていうかこれ、アレか。俺とサリを分断するために木をわざと折って倒したのか。
夜走り、見かけによらず頭がいい。
「くそ、ならどうする……!?」
つぶやいた俺はまた気配を察知し、慌てて回避動作を取ろうとして。
そして、ぎー! という悲鳴と、血しぶきが上がった。
「え?」
気がつくと俺の手には、光り輝く剣が。
そしていままさに拳をたたきこんできたはずの夜走りが、切れた腕を押さえて悲鳴を上げていた。
とっさによける動作が、たまたま持っていた剣の切り払いになってしまった……のか?
…………
まあいいや。疑問は後だ。
「よし、かかってこい魔物ども! 強きをのぅあああ!」
名乗りの途中で砲弾の嵐のように周囲から一斉に夜走りの腕が伸びてきてたたきつけられ、俺は情けなく悲鳴を上げてその場から逃げた。
ていうかこれ、完全に囲まれてるじゃん!
むしろ剣の光が手元に生まれた分、敵から見てよい的になったまである。
「くっそ、突破するしかねえか!」
俺は覚悟を決め、前に向かって思いっきり突進。
ぎー、と鳴きながら手を振りかぶった夜走りの胴を剣でなぎ払うと、ほとんど抵抗なくあっさり両断された。
「いける! ってぐはあ!?」
次の瞬間、俺の首を横の夜走りの腕がひっつかみ、俺は背中から側面の木に思い切りたたきつけられた。
(あ、やば、これ、息、できな……)
じたばたあがくが、びくともしない。剣はどっかに落としてしまって、それで腕を切ることもできない。
(あ、が、ぐ……)
これは、シャレにならない――と、思った瞬間。
「迅雷! いっけぇー!」
ばちばちばち! と紫電をまとった矢が、俺を押さえつけていた夜走りの胴に直撃。夜走りはなすすべなく身体が四散し、俺は地面にぼとっと落ちた。
「げほっ、げほっ……」
「大丈夫、ライくん!?」
「ああ、なんとか……って、リッサ。おまえか」
「なによう。助けてあげたのに微妙な反応ね」
「いや、感謝はしてるけど。
それより、まわりにまだいるぞ夜走り。早く逃げないと!」
「え? もういないと思うよ?」
「え?」
言われて俺は、あたりを見回した。
あれほどたくさんいた夜走りの気配が、きれいさっぱりなくなっている。
……えーっと。
「さっきまで少なくとも十体はいたんだけど」
「見間違いじゃない? わたしが見たときには、もうあの個体しかいなかったわよ」
「いや、でもあいつ以外にも、俺が剣で腕を切ったやつとか、まだとどめを刺してなかったし……」
「うん。追撃して倒しといた」
「うわっ!?」「きゃああ!?」
いきなりにゅっと暗闇から湧いて出たサリに、俺とリッサはそろって悲鳴を上げた。
「いま、どこから出てきた?」
「横から」
「……うん。まあいいや。で、倒したって?」
「うん。いま魔法で哨戒してるけど、見落としがなければこれで全部」
「参考までに、何体いた?」
「50体弱だと思う」
……それをこの時間で皆殺しにしたのか、こいつは。
魔女やべーな、と俺が思っていると、サリはすっ、と一振りの剣を俺に差し出した。
「?」
「ライが抜いた剣だから、これはライのもの」
「あ、ああ。拾ってくれたのか。さんきゅ」
改めて見ると、それはとても不思議な剣だった。
刀身が透き通っているようにも、鋼の色のようにも見える。そしてやわらかい光を放っていて、柄の部分は俺の手にとてもしっくりくる。重さは、このサイズの棒としては驚くほど軽い。
しかし、それにしても。
(どうにも、変なものを掘り当てちまった気がするな、この剣……)
その、俺の予感が正しかったことを知るのは、もう少し後のことになる。
このあたりからあとがきで、本編に出てきた用語の補足説明をちょいちょいしていきます。
今回は出てきた技・魔物の紹介を。
『迅雷』(ライトニング・ボルト)
種別:秘儀 習得難易度:20 知名度:A 普及度:A
雷を手のひらから打ち出す術……なのだが。
それ単体ではたいして強い術ではなく、殺傷能力もいまいち。よって工夫して、リッサのように矢に雷をまとわせて攻撃威力と速度を強化して打ち出すために用いるやり方が一般的である。
その場合、実は媒体が矢である必要はなく、そのへんの木の棒でも矢の代わりに打ち出せる。ただし、ちゃんとした矢でない場合には攻撃力が下がる。また、弾道が普通の矢と違うので少し慣れが必要である。
習得難易度がそこそこの割に使いやすく、狩りだけではなく戦争にも使えるため、使用者は多い。ある程度以上レベルの高い弓の使い手はだいたい使用できると考えてよい。
秘儀なので魔物に対して特に効果が高い。
『夜走り』
種別:魔物 危険度:13 知名度:B 発生率:B+ 棲息地域:森林
森によく現れる猿のような魔物。異常発達した片方の腕でいろいろと悪さをする。
うっかり至近距離で出会ってしまうとそこそこ危険。大の大人でも、武装していない場合は死を覚悟した方がいい程度には強い。
狩人からは害獣扱いで、発生を確認され次第ベテランが殺している。