一日目(6):悪党、剣を抜く
などという戯言は当然無視し、俺はごく普通に宝物満載とおぼしき馬車に忍び込んでいた。
(俺は世紀の大悪党なんだ。こんなところでちょっとグレたガキの更生プランみたいなの提示されたくらいで、いまさら正道に戻れるかっての)
あたりは夜。暗がりは俺の姿を隠してくれていたが、当然ながら俺の視界も悪かった。
なんか貴重なものがわんさかありそうな気配はするのだが、なにがどれだかわからない。
金目のものを持ち出して売っ払って食いつなぐために、ここでの選択肢だけは絶対に間違えてはいけないのだが。
(これなんだ? 陶器? よくわからんな。こっちは杖?)
なんかザラザラした器をポイして棒みたいなのを手に取る。が、やっぱりよくわからない。
感じからして、鷲かなにかだろうか。鳥の形をした彫刻がしてあるようだが、それがどれくらい見事なものなのかがさっぱり。
やはりポイして、手を伸ばすと今度はぷにゅっとした感触があった。
(なんだこれ。馬のフンじゃねえだろうな。……お、でも匂いが香ばしいぞ。ひょっとして食えるのか?)
がぶり。
げほっ。
ぺっ、ぺっ。
(期待した俺が馬鹿だった……珍味って言うにしても限度があるぞ)
「くそっ。もうちょっとこう、わかりやすい金目のものとかないのかよ、ここ」
「これとかどう?」
「ん。ありがと。
って、これ剣か? なんか妙に重い――」
ぴたり。俺の動きが止まった。
「……なあ。サリ?」
「うん。なに?」
「おまえ、なんでここにいるの?」
「夜の見回りに出たら、ライがここにいるのを見かけたから。
なにしてるんだろうって思って」
サリは顔色ひとつ変えず、ぼーっとした顔で言った。
俺は、んー、と少し考えた。
(おーけー、落ち着こうライナー・クラックフィールド)
まだ大丈夫。かなり真っ黒に近いが、サリはこちらがやろうとしていたことに気づいてない。
「いやあ、ほら、なんかすげえお宝ばっかだなって思って。なあ?」
「うん」
「ほらこの剣とかも照り返しが見事で、なかなかこう――」
言い訳を適当に考えつつ、俺は剣を鞘から途中まで引き抜いてみせた。
月明かりを浴びて、剣の刀身が鈍い鋼の光を返す。
と、サリが首をかしげた。
「その剣、抜けるの?」
「え?」
なにを言われたのかよくわからなかった。
「普通に抜けるけど。なんでだ?」
「……おかしい。理屈に合わない」
「なにが?」
「その剣は、抜けない剣」
サリが断言した。
「抜き方があるんだけど、誰にもわからないから抜けない剣。神話呪物としての格がとても高い貴重品だけど、その価値の根拠は「どうやっても抜けない」ことにある」
「え、でも……」
俺は困惑した。
「普通に抜けてるけど。これ」
「びっくり」
「そうだな」
会話がそこで途絶えた。
……気まずい。
「なあ、これって」
言おうとした途端、剣がまばゆい光を放った。
「って、なんだあ!?」
「……! ライ、なにかが隊商を襲ってきてる」
「はあ!? なにが!?」
「わかんない」
言いながらサリは立ち上がり、厳しい目で外をにらんだ。
「けど、このままじゃ人が死ぬ」
「どうするんだ?」
「わたしは言うまでもない」
サリはじゃきん、とどこから出したのかもわからないナイフを構えて、言った。
「戦うから、ライも手伝って」
「俺が!? なんで?」
「その剣、たぶんとっても強いから」
サリは言った。
「手伝って。人死にが出ないために」
「……仕方ねえなあ!」
俺は腹をくくった。
どのみち、この後で俺が盗っ人の汚名を着るのはほぼ確定。だったらここで少しでも活躍して、その後の展開に温情判定を期待するのが得策だろう。
「よっし気合い入れた! 行くぞ!」
「お、おい。おまえらいつの間に馬車に――ぐは!?」
さっきまで寝てた馬車の見張りを蹴倒して外へ。
そして、俺はあんぐり、口を開いた。
「――は?」
きい、きいきい、と叫びながら隊商を襲っている魔物に、俺は見覚えがあった。
つまり、「夜走り」である。
そのうちの一体が、ぐるん、と俺の方を向いて、ぎー! と大きく叫んだ。
「ひょっとして……俺を追ってきたの? ってあぶなっ!」
どごっ! と長い腕の大パンチが俺のいた地面をえぐり、かろうじてかわした俺はそのまま脱兎の勢いで逃げ出した。
「くっそ! どこまでしつこいんだおまえら! ていうかもしかして、目撃者はどこまでも追って消せ的な命令でも受けてるのか!」
びっかびっか光っている抜き身の剣をたいまつ代わりにして、俺は走る。が、まわりにいる夜走りがとても多い。
だから俺に、選択の余地はなかった。
「うおおおーっ!」
街道を外れ、森へ。俺は勢いをつけて、一気に飛び込んだ。