一日目(4):悪党、ご飯を食べる
「メサイ?」
石みたいなパンをスープにひたして柔らかくしながら、俺は神殿女の言葉に首をかしげた。
場所は雰囲気からして、廃村といったところか。かつて村があったところをキャンプ場代わりに使っているのだろう。まだ朽ちてない建物なんかも多少見えるが、基本的には開けた場所だ。
それはともかく、俺にその言葉を投げかけた神殿女はうなずいた。
「そ、この隊商はメサイのものなの。メサイって言葉、知らない?」
「一応知ってはいるぞ。なんか神殿とやり合ってる連中だろ?」
「やり合ってないよ。まあ、過去にはいろいろあったみたいだけど」
「でもうちの教区の司祭は、日曜礼拝のときにメサイをボロクソ罵倒してたぞ」
「過去にはいろいろあったからね。そういう人もいるよ」
「そういうもんか……」
なんだかわかったようなわからないような、へんな話だった。
メサイ。守銭奴の高利貸しでどうしようもないクズども、と司祭は言ってたが、俺は少なくともそういうメサイはあまり見たことがない。
いや、金貸しが多いっていうのは事実だけれども。ただ、一見して金持ちではあっても、普通人よりだいぶ税金が高いらしく、それに加えて神殿にも多額の喜捨をしているらしい。だから俺も、実入りが少なそうだと思ってターゲットからは外していたのだが……
と、そこで俺は気づいた。
「じゃあアレか。この夕飯も喜捨の類か」
「んー? 言われてみればそうなるのかな。悪いことしちゃったかな」
「おまえら神殿ってホントそういうとこ無神経に取って行くよな。だから嫌いなんだよ」
「そこは否定できないけど、でも金持ちが喜捨したもののおかげで孤児院とかが経営できてたりするんだよ。あんまり頭ごなしに否定しちゃダメだよ」
「……まあ、それは知ってるけどさ」
俺は小声で言った。
と、
「ははは、まあまあ。メサイが喜捨するのは実物的な理由もありますので、そう否定したものでもないですぞ」
割り込んできたのは、中年の小太りなおっさんである。髪はだいぶなくなっているが、残っている部分はまだ白くないので、そこまで高齢ではなさそうだ。
「実物的な理由って?」
「定期的に喜捨として収入を得られるなら、神殿もむやみに我々を攻撃できますまい?」
「ああ、そういう……でもメサイ、なんであんな嫌われてんの? 俺、日曜礼拝ほとんどサボってたからよく知らないんだけど」
「愚者という魔術師をご存知ですかな?」
「聞いたことはあるような……世界を滅ぼそうとしたとか、そんなんだっけ?」
「彼の動機はともかく、実際世界は滅びそうになったのです。二千年ほど前に。
そして彼はメサイの出身で、当時のメサイたちはそれを支援した。いわば罪人の一族なのですよ、我々は」
「二千年も前のことなのに?」
「たった二千年、と言う者もおりますな」
達観したように笑うおっさんの上着には、独特な文様が刻まれている。
メサイに特有の文様である。普段はともかく、神殿関連の行事では、メサイはこの文様の入った衣服をつけなければならないことに、法律で決まっていた。
「ふうん、大変だな。おまえらも」
言って俺はパンにかじりつき、
「こらっ」
ごつん、と神殿女からげんこつを食らった。
「いてえ! なにすんだこの暴力女!」
「挨拶がなってないっつってんの。食べさせてもらってる人にぞんざいすぎるでしょ、その態度」
「ああ?」
俺がいぶかしげにおっさんを見ると、彼は笑って、
「初めまして、ですな。わたくし、本隊商のオーナー、クラン・メーヤと申します」
と言った。
「オーナーだったのか……まあ、なんだ。ごちになってるぞ」
「だからなんでそんなぞんざいな態度なの!? 食べ物もらってる相手なのに、キミ、それでよく神殿を非難できるね!」
「うるせえな。物乞いより物盗りになれってのがクラックフィールド家の家訓なんだよ。しかも神殿に助けられて喜捨で飢えをしのぐとか、すげえ不本意だ」
「お名前はクラックフィールドでよろしいので?」
「ライだ。ライナー・クラックフィールド。ライで通ってる」
俺は自分を親指で指して、言った。
横にいる神殿女があわてて、
「あ、ちなみにわたしはリクサンデラだよ。リクサンデラ・メザロバーシーズ=キルキル・ポエニデッタ」
「なんか名前長いので略称とかないの?」
「リッサって呼ばれてたこともあるけど……いや、キミ、ホントに遠慮ないねえ」
言って、リッサは苦笑。
名前が長いのは、小人族だからだろう。彼らは自分の名前に、部族名と氏族名を必ず入れるしきたりがあるんだとか。
さっきの名乗りだと「メザロバーシーズ」が部族名、「キルキル」が氏族名だろう。……両方ともこのへんでは聞いたことがないけど。遠くからの移民だろうか。
「ま、ともかくライ殿。実際的に言いますと、明日の朝の食事までは神殿への喜捨として提供しましょう。ですが、そこから先は話は別ですぞ」
「というと?」
「我々も、ずっとただ飯を食わせて進むわけにはいきませんのでな」
クランは言った。
「もしこの隊商に残るのであれば、その間は働いていただきます。
次の街までの区間は数日ほど。そこに居着く気がないのであれば、さらに我々についてくるもよし。我々も人手がそう足りているわけではありませんのでな。きちんと給金もお出ししましょう」
「なるほど、そういうことか」
「ええ。明日の朝までには、ご決断ください。
私から伝えるべきことはそれだけです。では、失礼」
言ってクランは、その場を離れてべつの場所へと去っていった。
俺はううむと考え、
「そっか。隊商で数日か……南側ならもうちょっと近くに街があったはずなんだが、北に来ちゃったんだな、俺」
「それすら把握してなかったの? ていうか、ホントになんで街飛び出したりなんかしたのよ。さっきは魔物に追われたとか言ってたけど」
「俺が知りたいよ……ホント、ここんとこついてねえなあ」
スープを飲みながら俺がぼやくと、ごちん、とまたげんこつが降ってきた。
「いたっ。なんだよ」
「そんな情けない顔でため息つかない。あの状況で命拾っただけでもめっけもんでしょ?」
「まあな。それについてはリッサに感謝してる」
「そ、そう? なら、まあいいけど……」
「が、殴り倒されてとどめ刺されたのは忘れないからな」
「な、なにをっ! それ言うならキミがへんなとこ触ったのがいけないんでしょ!」
「いや、あれ不可抗力だろ」
「ともかく!」
ごほん、とリッサは咳払いでむりやりごまかして、
「天運が与えてくれたせっかくの更正の機会! 無駄にしないようにね! なにがあろうと結局、最後には真面目に生きるのが一番楽なんだから!」
と言って、やはり去って行った。
俺は、残ったスープを一気飲みして、それから誰にも聞こえないようにつぶやいた。
「そんなことは知ってるさ。……そんなことはな」