二日目(23):決戦! 草原の弧竜-4
少しだけ前、丘の頂上にて。
「あ、ああ、ダメだよライ! そんな近くにいたら狙えない!」
弓を持ったまま、リッサは悲鳴じみた声を上げた。
そう、狙えないのだ。
もう一回。一回だけならば、まだあの技が使える。もう一発あの炎の魔法が入れば、さすがに竜もとどめを刺されるだろう。だが、問題は、どこに当てればいいかということだ。
単に竜の身体に当てればいい、というような問題ではない。攻撃魔法がそこから再生される以上、へんなところに当て直したら味方側に戻ってきて全滅する可能性すらありうる。
さっきはサリの短剣が誘導の補助線を引いてくれたし、まわりには人が誰もいなかった。だからなんとかなったのである。しかし、いまは誘導もなく、また魔人たちやライが近づいてうろちょろ攻撃している。ここでうかつに撃ったら、まわりの全員を巻き添えで殺しかねない。
だが、サリから聞いた悪い予知が覆っていなさそうな現状、リッサがやらないとライが本当に死ぬ可能性が極めて高いのだ。
やるべきことはわかっているのに、できる環境がない。それが、リッサをパニックに陥らせていた。
「どうしよう。どうしよう……!」
「ふう。よいしょっと」
どしゃっ、という音がした。
振り向くと、そこには。
「いやあ、お待たせして申し訳ないポエニデッタ神官。なんとか間に合いましたな」
「スタージン神官……?」
リッサは不思議そうに、その大男と、その前に展開された巨大な機械を見た。
機械仕掛けの弓である。
大きい。手で持つものではなく、据え付けて撃つ攻城兵器の類に見える。矢はすでにつがえられていて、いつでも撃てる状態になっていた。
「いや、普段は分解して運んでおりますからなあ。使うのも久しぶりですし、組み上げるのに手こずりまして。こんなにも出遅れてしまいましたよ、はっはっは」
「そもそも、それはなんです?」
「手前の得物です。まあ、『石弓』なんて名前で呼ばれてますな」
平然とスタージンは言った。
それから、遠くで戦っているライたちを見て、目を細めた。
「あの方々を救いたいのでしょう?」
「……はい」
ためらいがちにリッサは答える。
その顔に、自信のなさがある。自分の生きる道はこれだと信じてはいるが――それを同じ神職からとがめられたときに、堂々と反論できる自信がないのだ。
「サフィートさんに言ったら、また怒られますかね。つまらない問題に首を突っ込んで自分たちを危険にさらして、とか」
「ありそうですなあ」
「スタージン神官は怒らないんですか?」
リッサの言葉に、スタージンは笑って答えた。
「怒る理由がありませんので」
「でも、お二人とも、わたしのへまに巻き込まれて左遷されて、それでいつも迷惑をかけてしまっていて……」
「はっはっは。それは確かに、パリーメイジ神官補は言うかもしれませんな。手前からすれば、巻き込まれる迂闊をさらした側の責任も問うべきだと思いますがね」
「えっと……」
「そして誤解されているようですから正しておきますが、手前はべつに巻き込まれてはいませんよ?」
「え?」
ぱちくり、と目をしばたたかせる。
スタージンは肩をすくめて、
「そもそも手前は、特に左遷されるようなことをしておりませぬので」
「え、でも、じゃあなんで……」
「まあ、こう思ったのですよ」
スタージンは言った。
「異邦から来た賓客に正当な待遇も与えず、導くこともせず、ただ疎んじて異端として遠ざけるだけの神殿に、誇れるものなどなにがあろうか――とね」
「…………」
「だから、せめて手前だけはその責を果たそうとしたのですよ。この旅に同行したのは、ただの身勝手というわけですな」
「じゃあ、スタージン神官は……」
「はい。――この身はいまは、あなたを導くために」
スタージンは、丁寧に礼をしてそう言った。
「やりたいことがあるなら、遠慮なくやればよろしい。パリーメイジ神官補は怒るかもしれませんが……手前は付き合いますとも。
とんでもなく正道を外れた場合には諫めさせていただきますが、杞憂でしょう。あなたは正しい方だ。手前の鉄拳が必要な手合いとは、思えませんな」
言ってスタージンは、豪快に笑う。
――迷いが、少しずつ晴れてきた。
「ボクは、ボクの好きなように」
「ええ、はい」
「ライを助けたい。手伝ってくれますか」
「無論。この身を賭して」
言ってスタージンは、『石弓』の引き金に手をかけ、言った。
「さあ、あなたの秘儀を! 手前も聖戦士のはしくれ、神話の力を見る能力には自信があります! 点火する場所はお任せあれ!」
「はい!」
うなずいて、リッサは詠唱を開始する。
「理気を司る神ザイタイ・マーフィンケルの御名において宣言する! 我は天命に応ずる者――」
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「回帰! いっけえ!」
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空に浮き上がろうとした弧竜の身体の真下から、火柱が上がった。
ただの火柱ではない。
この日、三度目の『始原の炎』。ハルカの『レーヴァティン』によって打ち出されたそれは、またも竜の身体に食らいついた。
竜が、今度こそ断末魔の悲鳴を上げる。
炎は、金属質な音を立てて竜の身体に食い込むと、その身体を両断して、空の向こうへと消えていった。
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「うおわあっ!」
どしゃああああっ! と、真っ二つになった竜の身体が地面に落ちてくる。
だが、まだそれでも死なない。
下半身はびったんびったんと尻尾と後ろ脚を跳ねさせて暴れ回り、上半身はなおも苦しみながら前脚と翼で動こうとする。
「うおお、こいつさっきよりやべー動きしてるぞ!」
「全員、いったん逃げるぞ! どうせこうなったら長くない、距離を取って息絶えるまで待とう!」
「ちょ、ちょっと待っ……」
あわてて退避しようとする魔人たちの中、俺はふと気づいた。
弧竜の上半身、あれは闇雲に動こうとしているわけではない。
その証拠に……
(こちらに、向き直りやがった……)
せめて道連れにしてやるという執念だろうか。その殺気に怖気が走る。
弧竜がゆっくりと口を開く。
勝負が決まったと思った魔人たちは、誰もそれに気づいていない。
いや。
「ライ……お願い……!」
ただ一人。
バグルルに抱えられて退避しようとするサリの声が聞こえて、俺は覚悟を固めた。
「うおおおおおおおっ!」
「ライ!?」
声をかけたのは、誰の声だったか。
俺は、いままさに火炎の吐息を吐こうとした、竜の口に剣を振りかぶり、
「くたばれクソ竜! これがこの世紀の大悪党、ライナー・クラックフィールドの餞別だ――!」
名前を唱えたことにより、ふたたび力が剣に向けて収束していき――
光が爆炎を吹き飛ばし、竜の顎を粉砕した。




