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夏至の夜

作者: 佐々宝砂

夏至の夜なのに

どこかでバンシーがすすり泣いている

火のように赤いときくあの瞳は

いま誰のために濡れるのだろう


夏至の夜なのに

不安が両肩におちてくる


夏至の夜

神さまにお祈りしないでいる限り

一年にいちどだけ

人の姿に戻れる一夜


安宿の硬そうなベッドのうえ

軽く寝息をたてるあなたの額を

そうっとなでてみる

いつもはできないこと

今夜のわたしにはできること



あなたの必要なものになりたかった

あなたの役に立ちたかった

あなたのもとに寄り添っていたかった

でも渡りの傭兵を村にひきとめておけるとは思わなかった

だからわたしは


あの夏至の朝いつもそうするように野原で花を摘み

花で飾った柱のまわりをみんながまわった

それから夜こっそりと泉にでかけて花束を投げた

水鏡には未来の恋人がうつるはず

妖精はお願いをきいてくれるはず

夏至の夜は特別だから


それはささやかなかわいい魔法だったけど

やっぱり魔法であることに変わりはなくて

わたしはわたしでなくなった

わたしの願いが叶ったから



バンシーの泣き声がひときわ大きくなる

気づけば部屋の北の隅に

白い服に赤く長い髪のバンシーがうつむいて

うつろな風のような声で

つるぎ と三度さけんで消えた

途端


たくさんのひとが階段を駆け上がる音

怒声 悲鳴 何かが落ちて壊れる音

蹴破られるドア


あなたは盗賊の襲来に驚いて

肌身はなさず身に付けているはずの

愛用の剣をとろうとする

でもそれは見つからない

見つからないの

だって今夜は夏至の夜なんだもの


あなたはベッドサイドの椅子を盾に応戦する

盗賊たちの松明の炎が椅子に燃え移る

盗賊の剣が振り上げられる

振り下ろされる

そして血飛沫が


ああ神さま

あのひとを助けてください

助けてください

神さま



夏至の短い夜は明けて

宿のおかみさんが礼を言いながら

あなたの肩の刀傷に膏薬を貼る


わたしはあなたの膝のうえで

ふたりの会話をきいている


そういえばあんたの部屋に女がいたって

盗賊が言ってたけど

あんた女を連れ込んだのかね

おかみさんがほんの少しとがめる口調で言う


いや何かの見間違いだろうよ

俺の恋人はこいつだけさ


あなたは磊落に笑って

血の染みをふきとったばかりの剣にくちづけする

物言わぬ一本の剣に


二度とふたたび人の姿には戻らぬわたしに

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