表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三題噺  作者: 月島 真昼
1/6

シロツメクサ


お題

 ・風呂

 ・爪

 ・月


 背中に爪痕を見つけた。三日月みたいな形をして赤くなっていた。私のものではない、大きくて広い、筋張っていて硬い背中。「誰の?」訊いてみるとああ、あいつのだなと彼は簡単に言う。結婚してるのは知っていた。でも奥さんの写真は見たことがなかったし、それは実感として私を捉えなかった。私はただ魅力的だと思っていた仕事の上司、年上の男性に誘われて、舞い上がっていた。遊ばれているのは知っていたしそれでいいとも思っていた。一貫して勉強ばかりでお堅かった私にとってはじめての火遊びはとても楽しくて可笑しかった。

 彼はその爪のあとに対して気を払っていない。いつもどおりに手慣れた調子で私の包みを取り払い、中身を撫でる。しゅるりと、ただの布切れが床に落ちる。唇をあわせながらバスルームのドアを開ける。大きな手がボディソープを擦り合わせて泡立てる。私の身体に触れる。いつもと同じ手の感触に、でも私はいつもほど夢中になれない。背中の爪痕の意味なんて女ならわかる。“見たよね? 気づいてるよ”という顔も知らない人からのメッセージ。

 浮気の慰謝料の相場は少なくて五十万、多くて三百万だという。

 私は誘われた側だ。けれどすでに何度も会っていてこの関係を楽しんできた。被害者だ、と言い張るのは無理があるだろう。警告に留めてきたあたり、おそらくいまの関係を清算するなら許してやると言われている。私を撫でるこの手に最大三百万の価値はあるんだろうか。ない、と言いたい。言い切りたい。

 でもいまさら一人はさみしくて私は私を撫でる誰かの手を必要としている。

 こんなにも不誠実で、心を乱す。

 大きくて筋張ったこの硬い手のひらと背中を。

 


お題見た瞬間にこういうシーンしか浮かばなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 良い雰囲気出てました。 縦書きで読みたい作品ですね。 好きです。
[良い点] >はじめての火遊びはとても楽しくて可笑しかった。 可笑しかった、が月島さんらしいなと思いました(*´-`) [一言] あー、こっちかぁ!と思いました(笑)確かにお題を見返すと、情事っぽい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ