処刑間際の闖入者
「……!」
ウォルトは目をキラキラと輝かせて、辺りを見回していた。
マルヴァースの森。鬱蒼と木々が生い茂るこの森は、迷い込んだものは二度と出ることができないと言われている魔の森だ。
ウォルトをここまで連れてきた男達は、森の入り口に生えていた木に糸を結びつけ、ここまで糸玉を解いていくことで森に迷うことを防いでいた。
「すごい……! これが木。これが草。あそこにいるのは虫で、あれが雲……。死ぬ前にこんな綺麗な景色に出会えるなんて。……ありがとうございます。僕の死に場所を、こんなに素晴らしい場所にしてくれて」
本の中でしか見たことのない景色を実際に見ることができた幸せに感謝して、男達へとウォルトは笑いかける。
「……こんな薄っ暗い森のどこが綺麗なんだよ」
「全くだ。世間知らずにも程がある」
それを男達は鼻で笑う。が、ウォルトはそれすらもありがたいことだと感謝して先へ進もうとした。
「ひゃわっ」
手枷から伸びる鎖に引っかかり、コテン、と十何度目の転倒をするウォルト。鉄格子の中でしか動けなかった青年がいきなり外界に放り出されたのだ。こうなるのも致し方ない。
ただ、何度も転ぶウォルトの姿に痺れを切らしたのか、男の片方がウォルトの足首を掴んだ。そのまま引っ張り上げられ、宙ぶらりんになるウォルト。
「おい第一王子様。アンタこれから死ぬんだよな?」
「……はい。僕はこれから皆さんに置き去りにされて、餓死するのでしたよね」
自らの結末を笑顔で話すウォルト。気味悪がった男が手を離す。
「きゃあ!」
「なあ第一王子様。実は俺たち、神子様から処刑方法の変更を仰せつかってきたんだ」
「いったた。……そうなんですか。分かりました」
いつも通りの微笑みを浮かべるウォルト。その顔が、目の前に突きつけられた剣の切先によって怯えた表情に歪む。そのまま後ろに下がろうとしたが、もう一人の男に鎖を掴まれて動きを制限され、そのまま羽交い締めにされた。
「アンタを誰にも見つからない場所で殺して、首を持ってくるようにってなぁ!」
「……はひぇ!?」
「逃げるなよ。首を一発で撥ねるから、楽に死ねる。森を彷徨って餓死するより何万倍もマシだ。この方法に変えてくださった神子様に感謝するんだな」
耳元で囁かれた言葉に、怯えが少し収まる。
そうか。これはシラヌイ様とこの人たちが自分のためを思ってやってくださっていることなんだ。なら怯える必要はないんだ……。
体を男に預け、ゆっくり目を閉じる。剣が風を切る音が聞こえてきて−−。
「ダメーーーーーーーーー!!!!!!」
誰かの叫び声が聞こえてきたところで、ウォルトの意識は暗転した。
「−−ウォルト、ウォルト!」
「……う、うぅ……」
女性の声に導かれるように、ウォルトの意識は徐々にはっきりとしていった。
パチパチと何度かまばたきをして目を覚ます。丸太で組まれた天井が見えた。そして、自分を覗き込む金髪の美少女も。
ウォルトはゆっくりと柔らかい感触から身を起こすと、まず自分を包み込むベッドと毛布を見た。
(確かこれがベッドで、これが毛布。こんなにあったかいんだ……)
ひとしきり、初めての寝具の暖かさを体感して、それから自分を起こしてくれた金髪の美少女に目を向けた。
「あの、ここは天国でしょうか?」
「いいえ。違うわ。貴方はちゃんと生きているのよ」
「えと、僕はシラヌイ様の命令で殺されたんじゃ……」
「シラヌイ様? 貴方を殺そうとした二人組なら、私がちょちょいっとやっつけたわよ。息子に手を出されたんですもの。森の中を一生彷徨うのがお似合いだわ」
美少女は何故か『シラヌイ様』という単語に眉をピクリと動かしたが、すぐに元の表情に戻って状況を説明した。その中の言葉の一つに、ウォルトは疑問を覚える。
「そうなんですか。……息子?」
「ええ」
美少女はウォルトを力一杯抱きしめた。そのままベッドに押し倒し、愛らしさたっぷりに頬擦りする。
「会いたかった、ウォルト。私の息子!」
「ふぃえぇ!?」
ウォルトは初めての女性の肌に戸惑いながらも、この美少女が自分の母、アレクシアであるということを必死に理解しようとした。
***
「父上。兄上はどうなったのでしょうか? ……長く生きていてほしい気持ちと、少しでも楽に逝ってほしい気持ちが混ざり合ってしまっていて、気分が悪いです」
「そうだな。我も同じような気持ちだ。……ウォルトの処刑が決まった時、我が口を挟めたのはただ一つだけだった」
「そう、なんですか」
「だが、我はそこに全てをかけた」
「?」
「我が口出ししたのは、ウォルトが連れて行かれた場所だ。——マルヴァースの森。我がアレクシアと出会った場所になら、ウォルトを置き去りにしても良いとな」