遠征軍の帰還
カリカリカリカリ……
次の日の早朝。無事に帰還した私たちは、待っていた説教もほどほどに机に向かってペンを走らせる。
もちろん勉強じゃないわよ? 始末書という名の反省文を書かなきゃならないのよ。
「ふぁ~ぁ。座りすぎてお尻が痛いわ。早く解放してくれないかな~」
「書き終わるまでは無理っしょ。というか、オクモ司令の説教が予想より短くて驚いてるくらいだよ。理由は知らないけど、ウッチらにとってはラッキーだったね」
しっかり文句は言われたけどね。お前がついていながら何事か! って感じに。
だいたいね、私は2人の保護者じゃないんだし、何事かって言われても――
ん? もしかして信用されてる?
いや、出会って数日なのにそれはないか。
「それにしても遅いですわね。そろそろ様子を見に来てもよさそうなものですが」
「それそれ。お茶くらい用意しても罰は当たらないっしょ~。ついでに茶菓子もプリーズミー!」
「リズィは全然書いてないじゃない。連帯責任問われてるんだから、お茶にするのは書いてからよ。というかね、私とマシェリーはリズィが書き終わるのを待ってるんだけど?」
「いいじゃんケチ~、アイリのドケチ~、ケチケチ~、姉ちゃんいいケチしてんな~」
「いいケチって何よ……」
――に、してもよ。もう1時間近く経つかな? 警報が鳴ってないから敵襲ではないだろうけど、だ~れも来ないのは退屈――じゃなかった、ちょっと変よね。
プシューーーッ!
「いたいた、ペナルティ三人組。このフレディアちゃんがコーヒーを入れてきたから感謝しながら味わいなさい」
「お、気が利くね~、サンキュー♪」
「わたくしも頂きますわ」
オクモ司令が出ていってから最初に現れたのがフレディアとか、他のクルーはなにをしてるやら。
「ねぇフレディア。クルーは来ないし司令も戻らないし、何か問題でもあったの?」
「そうだよ、茶請けがないのはおかしいよ?」
「違う、そうじゃない!」
「それにこのコーヒー、入れたのはセバスチャンですわね?」
「そんな事はどうでもいい!」
――という感じに場が茶化されたところで、フレディアが口に指を当て「シィーッ」とジェスチャーをすると、ミジンコよりも小さいんじゃないかってくらいの小声で話し出した。
「実はね、アイリたちへの説教が始まった直後にね、遠征に出ていた部隊が戻ってきたらしいのよ」
遠征軍の帰還か。
前にアイカから聞いたけど、ワーテール共和国に向けて侵攻している部隊がセキレイから出ていたらしいから、それが戻ってきたのね。
「な~るほどね~。つまりアレだよ。オクモ司令とアゼルバイン将軍の意見対立が再燃しつつあると。だから説教が短かったんだ~」
「うん、正しくリズィの言う通りの展開になってるわ。何せ出撃の際に護衛艦隊をごっそり引き抜かれたからね。お蔭で海賊に苦戦する羽目になったんだし、オクモ司令の怒りは相当なものよ」
そのアゼルバインとやらが原因で海賊に隙を見せてしまったと。そりゃ怒るのも無理ないわ。
「おまけにね、遠征先ではロクな成果は上げられなかったらしく、怒りの矛先が司令に向いてる感じ。だからもうしばらくはここに籠ってた方がいいと思うわ。じゃ、フレディアちゃんは居住区に戻るから。あ、コーヒーを入れたのはセバスチャンで正解よ」
「分かったっての」
しかしまぁアレね。アゼルバインっていう将軍は一言でいうと戦略性がないって感じね。護衛艦を引き抜くとか正気とは思えないもの。
「将軍という地位にいるのも親の七光りのお蔭であり、軍の間でも評判が悪いのですわ」
「そもそもの話さ~、そんな奴に指揮権与える方がおかしいじゃん? そりゃ成果をあげるなんて無理っしょ~」
そこはリズィに同意する。部下は上司を選べないし、どっかで討ち死にしろとか思われてるかもね。
「――ません!」
「――う気か!?」
「「「!?」」」
部屋の外から怒鳴り声が聴こえる。1人はシモザワ指揮官の声で、もう1人のは聞き覚えがない。
「どうする? ちょびっと覗いてみる?」
「そう言って始末書から逃れるつもり? 書き終えてないのはリズィだけなんだけど?」
「いや、あんなえらい剣幕の声が聴こえたら集中できないっしょ。あ~も~気が散るな~」
「じゃあ私とマシェリーが見てくるわ」
「ケチーーーッ!」
抗議するリズィを引っ込めゲートを開いてみたところ、すぐそこの通路で2人の男が対峙していた。
片方はシモザワ指揮官で、アムールを後ろに庇いつつ目の前の男を睨みつけ、その周囲ではオクモ司令やクルー、帰還した軍人らが成り行きを見守っている。
「たかがコスモタクターが将軍の私に楯突くというのか?」
「コスモエリートを管理するのはコスモタクターであるボクの勤め。規約に従って行動しているまでです」
「だが非常時には現場の最高責任者に従えと教えられてるはずだ。ならば私に従うのが筋であろう?」
「今は非常時ではありません。それに彼女は――アムールは娼婦ではありません!」
「チッ、生意気な……」
規約を盾にしてアムールを護ってる感じね。
しかも娼婦ですって? このアゼルバインとかいうやつ、アムールに夜伽を命じやがったのね! こんなゲス野郎を生かしておくのは我慢ならない。
「フン、そこまで言うからには――ん? なんだ小娘。部外者は引っ込ん――」
無言で間に入ると、透かさずゲス野郎が手で払いのけようとしてきた――
ガシッ!
「「「!」」」
――ところを素早く手首を掴み上げる。
周囲も本人も驚く中、腕を引き寄せ転倒させた。
ドスン!
「ぐぉ!?」
「部外者じゃないわ、アムールの友達よ。ゲス野郎から友達を護ろうとするのは当然のことでしょ?」
「き、貴様ぁ……この私をゲスと罵るか! 挙げ句このような暴力を振るうとは、覚悟はできているのだろうなぁ!?」
覚悟ねぇ。あるとすれば、この艦星から立ち去る覚悟かな。
せっかく楽しんでたのにこんな形でバイバイは悲しいけれど、お怒りになったゲス野郎が私を断罪しようとするなら、コイツの首を跳ねるくらいはするつもりよ。
「やれるもんならやってみなさい」
「フン、いいだろう。ならば――」
「急報、急報ーーーっ!」
一触即発のタイミングで軍人の1人が割り込んできた。
「前線より急報! 共和国の艦星――ハシボソがアンノウンとの戦闘に突入! 多大な被害を出した後に戦闘終結! 攻め落とすなら絶好のタイミングとの事です!」
「そ、それは本当か!?」
「はい! 至急増援を乞うとの事です!」
「フハハハハ! よいぞよいぞ、これこそ天に愛されし男である証拠。やはり私には神の加護があるのだ!」
さっきまでの怒りがどこへやら。アゼルバインが立ち上がり、バンザイを繰り返す。
『お姉様、昨日召喚したブラックウルフ・シューターですが、退却した遊撃隊を追撃して敵の艦星に到達したので、証拠隠滅のために自爆させました』
どうやら私が好機をプレゼントしちゃったらしい。カーマインとかいう遊撃隊を追い払うのに召喚してたの忘れてたわ。
ちなみにアゼルバインを鑑定したけど神の加護はなかった。恐らく脳に重大な欠陥があるんでしょうね。
「出撃の準備だ。昼前には出るぞ!」
「「「ハッ!」」」
有頂天になってるのか、私を放り出してドタドタと走り去って行く。
「アイリ君、さっきは助けられたが随分と無茶な事をする。気持ちは有りがたいが、もっと自分を大事にしてくれ。さすがのボクも肝を冷やしたよ」
「ごめんね指揮官。どうしても我慢ならなくって」
――と言いつつ、首を斬り飛ばす機会を失ったのが残念。
「俺もシモザワに同意するぞ。アゼルバインは俺と違って甘くはない。下手をすれば物理的に首が飛ぶ。よく覚えておくことだ」
はいはい分かってますよ。真面目な分だけオクモ司令の方が百倍マシってことがね。
「シモザワ、俺はあの無能な将軍を見送りしてくる。ソイツをケアしてやれ」
「は、はい!」
そうだ、アムールの事を忘れてた!
「大丈夫かいアムール君? 将軍はいなくなったからもう大丈夫だよ」
「…………」フルフル
「ア、アムール君?」
「近付かないで!」
ドンッ!
「うぉっ!?」
「「アムール!?」」
「アムールさん!?」
指揮官を突き飛ばして走り出した!
「ま、待ってくれアムールく――」
「ちょっと待った!」
追いかけようとした指揮官を手で制する。
「アイリ君?」
「恐らくね、男の人に対する恐怖心が芽生えてるのよ。さっきの将軍、アムールに対して性的な接待をさせようとしたんでしょ?」
「……うん、その通りだよ」
やっぱりね。娼婦という単語が出てきた時点で気付いてたけど。
「なら男の指揮官が近付くのは逆効果になりかねない。ここは私に任せといて」
「……分かった。ボクじゃ無理そうだしお願いするよ」
「よし、手分けしてアムールを捜しに行こう!」
「うん、そうね――」
「――ってリズィ、アンタ始末書は?」
「それどころじゃないでしょ。仲間のケアは重要だよ。ほら急ごう!」
「あ、こら!」
「わたくしも捜しに参りますわ」
★★★★★
「……ハァハァ……ハァハァ」
無我夢中で街の方まで走って来ちゃった。本当はお礼を言わなきゃいけないのに……。指揮官は悪くないのに、なぜか急に怖くなった。
「ハァ……ハァ……」
あの将軍から――悪い人から護ってくれたのに。でも男の人だと認識したら、怖くて怖くてどうにもならなかった。
「ハァ…………」
どうしよう、このままじゃ指揮官に合わせる顔がない。
スッ――――ポチャン!
投げた石が水路の底に沈んでいく。まるでボクの心のように浮き上がることはない。
スッ――――ポチャン!
石のように感情を殺せればどんなに楽だろう。ボクは石には成れないよね。
スッ――――カチッ――ポチャポチャン!
「?」
「フフ、中々のコントロールでしょう?」
「マシェリー……」
ど、どうしよう。ボク、この子も苦手。また怒られるのかな……。
「そんなに警戒なさらなくても怒ったりはしませんわ」
「……え?」
「確かにわたくしもシモザワ指揮官を好いてますが、トラウマを抱えた貴女を叱る気にはなれませんもの」
おかしい。いつもなら獣人なのをバカにしてくるのに。もしかして悪い物でも食べた?
「そういえば……こうして話し込むことはありませんでしたわね。よい機会ですし、貴女のこと、教えてくださらない? 共和国から亡命なさった理由とか」
知ってどうするんだろ。
ハッ!? まさかボクの弱みを握ろうとしてる!?
「マズイ、どうしよう。マシェリーに弱みを握られたら、末代までイビられ――」
「そんなことしませんわよ!」
「あ……」
声に出しちゃった。
「何か勘違いしてるようですが、貴女をイビるつもりはありませんわよ? 今までは亡きお兄様の遺言に従い、イキってただけですもの」
不思議なお兄さんだね。でもそれを話すってことは、今までとは違うってことだよね。なら少しだけお話してみようかな。
「ボクのいた艦星はね、無理やり婚姻を結ばされるんだ。それこそ未成年のうちからね」
「許嫁――ですか?」
「ううん、そんなんじゃないよ。複数の男の人と関係を持って、子孫を増やしていくの。戦争のために人員が必要だから」
「で、では生まれた子供は……」
「女なら子作りの道具。男なら兵士として鍛える。生まれた時からそう決められていたし、親が誰なのかすら分からないんだ」
「まぁ、なんて酷い!」
だからボクは兵士になりたいと志願したんだ。子供を作る道具になんて真っ平ごめんだったから。
そして目論みは成功した。女性兵士の存在も悪くないと思われたらしく、男の子に交ざって戦闘訓練を受けてきたんだ。
やがて戦闘機の操縦にも慣れ、頃合いを見計らって艦星から逃亡。スパロウ帝国に亡命することに成功した。
「だからかな。男の人のああいう発言を聞くと共和国のことを思い出して、震えが止まらなくなるんだ」
「そうでしたか。随分と苦労したのですわね。そうとは知らず、見下すような言動をしてしまい申し訳ありませんでしたわ」
「…………」
ど、どうしよう。あのマシェリーが頭を下げるとか、天変地異の前触れ……。
でも不思議なお兄さんの遺言だったと言ってたし、実はいい人なのかな?
「さ、早く戻りましょう。何か有っても指揮官やアイリが護ってくれますわ」
「そう……かな」
指揮官はともかくアイリも不思議な子。とても同世代の女の子とは感じない。困ったことがあったら相談に乗るとも言われたし、あの時は凄く嬉しかった。
こうしてマシェリーも気にかけてくれてるし、亡命して正解だったかも。
「頼っても……いいのかな」
「よろしくてよ。これからも良き関係を築きましょう」
気付けばソッと差し出された手を強く握り返していた。
マシェリーの兄「自分、泣いていいッスか?」
アイリ「うん、号泣しても許されると思うわ」