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道連れ

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 時刻は午後22時。艦星セキレイでは定例会議を終えた幹部たちが自室へと戻る時間。

 巡回する警備員も居るには居るけど、目を盗んで侵入するのはさほど難しくはない。

 そもそも侵入者が現れることは滅多になく、同じルートを行き来する彼らは緊張感も薄くアクビをしながら歩いてるくらいよ。


「――でよ、ソイツが言うには以前振った女が立ってたんだとよ」

「マジかよ、ちょっとしたホラーじゃねぇか」


 暗がりで全く気付かない警備員が、すぐそこを通り過ぎて行く。談笑しつつの警備をご苦労さん。お陰で楽に進めるわ。

 仮に見つかったとしても、極秘で相談事があったためと言えば厳重注意で済ますはず。だから難易度としては低いくらいね。


 ササッ!


 ターゲットの部屋に着いた。念のため上部のプレートを確認する。


【ゲンゾウ・オクモ】


 うん、司令官の部屋で間違いない。後は中に居るかを確かめるため、ゲートに耳をあてて様子を(うかが)う。

 意外かもしれないが、ここのゲートは防音機能が搭載されておらず、むしろ響く仕様になっている。

 なんでも部屋で争いが起きた場合に、素早く他者が気付けるようにとの配慮らしい。ここはありがたく利用させてもらうわ。


「…………」


 声は聴こえない。時おりギギギ――という何らかの(きし)み音が聴こえ、一定のタイミングで紙がめくれる音がする。さしずめ机に向かって1人で書類整理ってとこかな。


 邪魔者はいないし、()()なら今ね。

 後は伝令を装い、司令官にゲートを開けさせさせたところで――



「何してんのリズィ?」

「ヒッ!?」


 しまった! まさか見つかるなんて――



「――って、アイリじゃない。もぅ脅かさないでよ……」

「脅かすつもりはなかったんだけどね。それよりクソ司令の部屋の前で何してんの?」

「え……い、いや、その……」


 どうする? 事前策の通りに相談事だと言うべきか? けれど司令に相談とかアイリ目線なら逆に怪く見えるだろうし、一度怪しまれたらそっちの方が面倒になる。


「……リズィ?」

「あ~~~、まぁ、その、つまりね……」


 あ~もぅ、どうしてよりによってアイリに見つかったんだろ。これなら警備員に見つかった方がマシだったわ。しかも気配を感じさせないとか、いったいどういう動きをしてるわけ?

 戦闘でも並のパイロットを遥かに凌ぐし、絶対ただ者じゃないわ。


 プシューーーッ!


「おい貴様ら、ここで何をしている?」

「「あ……」」


 そうだった。ゲートは音を通しやすいんだから、こっちの話し声も聴こえるに決まってるじゃない! あ~もぅ最悪……。

 あれ? そもそも何でアイリはここに?


「別にアンタの顔を見にきたわけじゃないわ。()()を渡しにきたのよ」

「……何だこれは? 悪趣味なペンダントにしか見えないが」

「そのドクロマークの裏側に名前が彫ってあるでしょ? 襲ってきた海賊の親玉が持ってたやつよ」

「「!?」」


 まさかアイリ、海賊のお頭を捕まえたっていうの!? 追い払うことはできても捕えるのは難しいって言われてるのに!


「デューク・マウンテンか。ここらでは有名な海賊だな。昨日の連中か?」

「そうよ。アンタは気に入らないけど、報告くらいはしておこうと思ってね。拘束できれば良かったんだけど、残念ながら消し飛んじゃったわ」

「……そうか、ご苦労だったな」


 け、消し飛んだ――って、いったい何をしたの!? いや、それより司令が冷静に受け止めてる!? これ、普通なら表彰されるくらいの快挙なのに、アイリも司令も淡々とし過ぎ!


「じゃあ私()()は帰るわ。――ほら、行くわよリズィ」

「あ、ちょ、ちょっと……」



 結局うやむやになり、フロアから連れ出される羽目に。アイリは部屋に戻ったけれど、ウッチまで戻るわけにはいかない。

 ()()をとられたウッチには時間が残されていないもの。



~~~~~



「ス、スパイ!?」

「そうだ。スパロウ帝国の艦星の1つ――セキレイに潜入し、そこの最高司令官を暗殺してくるのだ」

「暗殺……」


 ワーテール共和国の艦星の1つにて、カーバー司令から直々に命じられる。


「すでに手筈は整えてある。貴様はコスモエリートの新人として潜り込み、任務を遂行するのだ。期間は今から3週間とする」

「3週間!? それはあまりにも短すぎる!」


 潜り込むまでにかかる日数は早くても1週間。潜入初日からは動きずらいし、怪しまれずに動くには更に1週間は要する。そうなると実質的な猶予は1週間も残されていない。


「だが貴様はやらなければならない。貴様に与えられた選択肢などないのだからな」

「…………」

「んん? なんだその反抗的な目は。まさか人質がいることを忘れたわけではあるまい?」


 そう。コイツの言う通り、たった1人のウッチの家族が人質に取られているのよ。

 当時スパロウ帝国に属していた両親は、攻めこんできた共和国軍によって殺された。残された家族はウッチが護らなきゃならない。


「血を分けた弟はかわいいだろう? んん? 貴様が成果をあげるのが弟の生命維持に繋がるのだ。更なる成果を叩き出せば待遇の改善も考えてやる」


 フン、よく言う。そんなこと微塵(みじん)も考えてないくせに、このカバ野郎!


「ああ、1つ言い忘れてたが、暗殺が不可能と判断したなら、政治介入できそうな要人を拉致してこい。それで任務達成と見なそうじゃないか。では健闘を祈っておるぞ、グッシッシッシ!」



~~~~~



 ウッチの弟マルク。たった1人の家族。絶対に助けてあげるからね!


「す~~は~~」


 一度大きく深呼吸をし、落ち着きを取り戻す。時間はない、けど焦ってもダメ。

 考えなきゃ。もう一度指令部に戻るか、それとも別の機会を(うかが)うか。


「――もぅ、今日は散々でしたわ!」


 ん? マシェリーがブツブツ言いながら居住区に戻っていく。


「おのれアイリ……、今に見てらっしゃい!」


 よく分からないけど、アイリにやられたらしい。さしずめ模擬戦でコテンパンにされたってとこかな?

 ――あ!



『暗殺が不可能と判断したなら、政治介入できそうな要人を拉致してこい。それで任務達成と見なそうじゃないか』



 マシェリーの家は伯爵家。貴族だから一応の影響力はある。当主はマシェリーを溺愛してるって噂もあるし、これなら……


「おやおやおや、マシェリーじゃな~い。暗~い顔しちゃっても~。な~にかお困り事か~い?」グイッ!

「あ、貴女はリズィ? もぅ、馴れ馴れしく腕を回さないでくださる?」

「まぁまぁ堅いことはなしなし。それよりアイリがどうとか聴こえたけれど~?」

「フン。貴女には関係ありませんわ!」


 手を振りほどいて再び歩き出した。語気も強めだし、よほど悔しい思いをしたに違いない。

 これならいけるかな?


「ありゃりゃ~、そ~れは残念。せっかくアイリを困らせる面白~い話があるんだけどな~」

「…………」ピタッ!

「ウッチ1人じゃ難しいし、誰かが手伝ってくれたらな~」

「……その話、詳しく聞かせてくれませんこと?」

「フフ、いいよ~」



★★★★★



「はぁ? マシェリーが戻らない!?」

「そうなんだよ。模擬戦の後からずっとイライラしっぱなしで、気分転換するからって別れてから部屋に戻らないんだよ」

「もしかしたらまたアイリに挑みに行ったのかと思ったんだけど……」


 取り巻きの二人が不安そうに尋ねてきた。もうすぐ日を跨ごうとしてるのに、戻らないのは異常らしい。けれど私もあれっきり見てないのよねぇ。


「私のところには来てないわよ」

「そう……」

「もしかしたら事件かもしれないし、手分けして捜しましょ。私も手伝うから」

「「ありがとう!」」


 他のコスモエリートたちへの聞き込みは2人に任せて、私は他を捜してみよう。


『アイカ、マシェリーの居場所を探って』

『ああ、あの生意気なお嬢様ですか。それならリズィと共に艦星を離れていきましたよ?』

『離れたぁ!? しかもリズィまで一緒に?』

『はい。緊急脱出用の小型機を使用したみたいですね。一応追跡はさせてますが、いかがいたしましょう?』


 あの二人が一緒の理由が分からない。特に共通点らしいものはなかったはずだし。

 身柄を確保した上で問いただすしかないか。


『後を追うわ。今そっちに向かうから』

『了解です』


 こんな真夜中に――しかも緊急脱出用の小型機を使用してなんて、絶対におかしい。


「ん? なんだ、アイリじゃねぇか。こんな時間に1人でトレーニングか?」

「ダニエル、すぐに出撃するから射出口をあけてちょうだい」

「え? 出撃って――」

「緊急脱出した小型機が艦星から離れていったのよ。後を追うから早く!」

「わ、分かった!」


 半ば強引に出撃し、アイカが示す座標へと向かう。


『こりゃ帰ったら始末書ものね。あのクソ司令に頭を下げるのは避けたいんだけどなぁ』

『話せば理解してくれるかもしれませんよ? 端末の情報によりますと、生真面目で他人思いな人物らしいですし』

『他人思い~? いったいいつの話よ』

『あ、失礼。これは2年前の情報でした。妻と娘を亡くしてからは他人に冷たくなったとあります』


 なるほど。根っからの偏屈野郎じゃなかったと。それでもまともに相手をする気にはなれないけど。


『お姉様、目標地点の輸送船が跳躍を開始しました』


 チッ、厄介ね……。


『共和国領に入られたら面倒なことになる。一気に詰め寄って!』

『了解です』



★★★★★



「この役立たずが!」


 バシッ!


「キャッ!」


 マシェリーを薬で眠らせ、共和国軍の輸送船に着いたウッチを待っていたのは、作戦指揮官による叱責と暴力の二つだった。


「貴様の任務は司令官の暗殺だろう? それを小娘程度で補おうというのか!」

「で、でも暗殺が無理そうなら要人を拐ってこいとカーバー司令が――」

「やかましい!」


 ドゴッ!


「ガフッ!」

「カーバー様が仰ったのは影響力のある要人だ。伯爵ごときでは微塵(みじん)も影響せんわ! まさかここまで使えんとはな。貴様の弟は()()()()()()()正解だったなぁ」

「……え?」


 い、今何て言ったの? 始末したって……何を……


「ねぇ、弟は……マルクはどうなったの?」

「ああん? 聞こえなかったのか? 貴様の弟は始末したって言ったんだ。確か2週間前だったか? 貴様が潜入してすぐにカーバー司令の命令でな」

「そんな! 約束が違うじゃない!」

「フン、知るかそんなこと。こっちはガキに食わせる飯だって馬鹿にならんのだ。今まで生かして置いただけでも有り難いと思え!」


 騙された! 言う通りにすれば命だけは助かると思ってたのに!


「さて、任務を遂行できなかった貴様は用済みだ。この意味も分かるな?」


 チャキ!


「ウッ……」


 顔に拳銃を突きつけられる。至近距離――しかも狭い部屋じゃ逃げ場はない。

 弟を助けられなかっただけじゃなく、無関係なマシェリーまで巻き込んだ挙げ句にこんな終わり方なんて……。


「サラバだ。あの世で弟と仲良くな」




 ドジュッ!




「ガ…………ア……アァ……」

「!?」


 指揮官の口から剣が生えてる!?


「アンタこそ、喋り終わるまで待っててあげたんだから、有り難く思いなさいよね」

「ゴホッ!」


 ドサッ!


 剣を引き抜かれた指揮官は、口から血を吹き出しながら倒れ込む。

 何事かとパニクりそうになるところをグッと堪え、素早く視線を動かすと……


「ア、アイリ!? どうやってここに! 何でここが分かったの? いや、それよりも白兵戦までできるの!?」

「いっぺんに聞かないでよ。質問には後で答えるから、マシェリーを連れて脱出するわよ」

「で、でも……」


 いったいどの面下げて戻ればいいんだろ。

 スパロウ帝国を裏切り、ワーテール共和国にも不要とされ、唯一の肉親まで失った今、もう生きていく意味なんて……


「あ、もしかして、生きていく意味なんて無いとか思ってたりする?」

「え!? そ、それは……」

「よく聞いてリズィ。弟のことは辛いでしょうけど、貴女は生きている。だったら弟の分も生きなきゃダメよ」


 弟の……分も……


「私もね、転生前は病弱で不運で苦労したけれど――」

「転生?」

「あ~何でもない何でもない、今のは忘れて」

「う、うん……」

「……コホン。え~とね、多分だけれど、私がここに来れたのもリズィの弟が導いてくれたからだと思うのよ。だったら弟に感謝しなきゃでしょ?」


 そっか……うん、そうだよね。弟の思いは無駄にはできないよね!


「ありがとうアイリ、頑張って生きてみる。既に帝国を裏切っちゃったから、帰還したら独房行きだろうけどね」

「はぁ? そんな面倒なことさせないわよ。スパイのことは黙ってればバレないでしょ」


 今さらかもしれないけれど、アイリってば本当に不思議な子。

 善人なのかそうじゃないのか……

 

「じゃあマシェリーのところまで案内して。あ、もしもマシェリーが報告するって言ったら一緒に脅してあげるから、その辺は安心していいわよ」


 少なくとも善人には見えないかな~。

 だけど……


「本当にありがとう!」

「その台詞は脱出に成功してから言ってね」

「どうせ成功するでしょ? 単機でここまで追跡してくる時点で普通じゃないもの」

「まぁね普通じゃないわね」


 そしてこのビッグマウスになぜか安心してしまう。アイリと居れば、いつかは復讐する機会に巡り合えるかもしれない。


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